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第十六話
しおりを挟むティアーリアからの言葉にクライヴは驚き咳き込むと、抱き締めていた体制から素早く体を離すとティアーリアへ視線を移す。
そのクライヴの慌てた態度に、ティアーリアはやはり何か疚しいことがあるのかと眉を下げて悲しい表情をした。
「待っ、違っ!違うんですティアーリア嬢!」
「何、が違うと言うのですか⋯⋯このように慌てる態度から、クライヴ様は知られたくない真実があるのではないのですか⋯⋯っ」
瞳一杯に涙を溜めてクライヴを責めるような視線で見つめるティアーリアにクライヴは咄嗟にもう一度ティアーリアを強く抱き締めた。
再度抱き締められた事に最初は驚きに硬直していたティアーリアだったが、我に返ったのだろう必死にクライヴから体を離そうと腕の中で暴れる。
「こうやって⋯⋯!すぐに誤魔化そうとされるクライヴ様を信じられませんっ」
信じられない、と言うティアーリアの言葉がぐさり、とクライヴの胸に突き刺さる。
本気で嫌がるように自分の胸の中で暴れるティアーリアに、それでもクライヴは自分の胸の中にいるティアーリアを逃がしたくなくて更に強く抱き込む。
「違うんです、ティアーリア嬢⋯⋯。確かに、あの場所で貴女と妹君を間違えて求婚した事を侍従と話してしまいました⋯⋯」
「──やっぱりっ、本当は妹のラティリナを伴侶に、と望んでいたのでしょうっ!」
ティアーリアの悲痛な心からの叫びにクライヴは唇を噛み締めると、ティアーリアの後頭部に回した自分の腕で更にティアーリアを引き寄せる。
縋るように抱き込むようにして、クライヴは続けて言葉を続けた。
「⋯⋯確かに、最初は貴女と妹君を間違えていました。⋯⋯昔、貴女とお会いした時は病の療養であの土地に訪れていて、名前もティー、と呼んでいました。正しい名前を知らなかった、その為に私は勘違いしていたのです。あの日、あの場所で会ったのは病弱な妹君のラティリナ嬢だと⋯⋯そもそもがそこから私は間違っていたのです」
ゆっくりとクライヴの唇から紡がれる言葉達にティアーリアは抵抗を止め、ただただクライヴの言葉を聞く。
「だから、あの日⋯⋯顔合わせ初日に病気とは無縁そうな、健康そうな見た目の貴女に⋯⋯貴女の名前を聞いた瞬間に私が間違えて顔合わせを申し込んでしまったのだと知り、とても辛くなりました⋯⋯」
「──だから、あの日クライヴ様はあんな表情をされたのですね」
「ええ。自分の愚かな間違いで貴女方の名前を間違えて記載してしまった事に絶望しました⋯⋯ティアーリア嬢が病を克服している、とはまったく知りませんでしたから」
「でもあの日、初日に間違いを伝えてくだされば妹へ改めて顔合わせの申し込みを行えたはずです。何故なさらなかったのですか」
「──失礼ながら、それも考えましたが貴女の笑顔があの日のティーの笑顔と重なったのです」
ゆっくりと体を離したクライヴが微笑みながらティアーリアの頬をゆっくりと撫でる。
「貴女の笑顔に、違和感を覚えて⋯⋯あの日会ったティーはティアーリア嬢ではないか、と」
愛おしそうに自分の頬を撫でるクライヴに、ティアーリアはただじっとクライヴを見つめ話しを聞く。
「二回目の顔合わせで貴女の口から私の瞳を、虹を閉じ込めたように輝く瞳が好きだ、と言われて確信しました。後にも先にも私の瞳をそう表現してくれたのは貴女だけです。だから、私はどうしても貴女との顔合わせを続けて、婚約を結びたかった⋯⋯探し続けた貴女と結婚したい、愛しい貴女と結婚したい、と思っていつも貴女に会いに来ていました」
「⋯⋯ならば、何故あの日あの場所で侍従の方と」
「ティアーリア嬢は、前半だけ会話を聞いてしまったのですね。あの後私達は、あの時の少女はティアーリア嬢だったんだ、と話していて⋯⋯侍従には二回も同じ女性に惚れたのか、とからかわれたんですよ」
クライヴの話しを聞いていたティアーリアの瞳にじわじわと涙の膜が張っていく。
「では、全て私の勘違いだったのですか⋯⋯?あの日ラティリナと熱く見つめ合っていたのも、私の勘違いなのですか?」
「妹君と⋯⋯?いつの話ですか?」
「あの日、私がクライヴ様に顔合わせのお話をお断りした日です」
ティアーリアのその言葉に、あの日ラティリナ嬢と会った事があるか?と思い出そうとする。
あの日はティアーリアに断りの言葉を告げられて記憶が曖昧だ。
暫し無言で考えていると、クライヴは薔薇園でラティリナと会った事をやっとの事で思い出した。
「あ、ああ!確か薔薇園で妹君とお会いしましたね。ですが、見つめ合った記憶がどうにもありません⋯⋯その、妹君にはとても失礼な事なのですが⋯⋯噂では妹君はとても儚げで美人と聞いていたのですが、私にはティアーリア嬢の方が美しく可憐で愛らしい女性だ、と考えておりましたので」
世の中の男性は自分と妹を見ると全員が全員、妹の美しさに視線が釘付けとなるのが常だった。
美しい、と賛美を受けるのは毎回妹で、自分は健康そうですね、と体の丈夫そうな面しか褒められた事がない。
それなのに、クライヴは今妹よりも自分の方が美しい、と愛らしい、と言ったのだ。
「──っ!!」
ティアーリアは嬉しさと恥ずかしさに顔に熱が溜まるのを感じた。
そのティアーリアの表情を見たクライヴはうっとりと瞳を蕩けさせるとティアーリアの頬にまた触れる。
「──分かって下さいましたか?ティアーリア嬢。私が愛しているのは、女性として意識しているのはこの世でティアーリア嬢ただ一人なのです」
まるで砂糖をまぶしたようなどろっと甘い声音に、ティアーリアもクライヴの言葉が疑いようのない事実なのだと身をもって知る。
これが演技なのであれば自分はもう一体何を信じて生きていけばいいのか分からない。
もうやめてくれ、という気持ちを込めてティアーリアは必死に首を縦に振る。
ティアーリアが分かってくれた、自分の気持ちを間違いなく理解してくれた事にクライヴは嬉しくなり、またティアーリアを自分の腕の中に閉じ込める。
縋るように、愛が伝わるようにぎゅうぎゅうと抱き締める。
そこで、クライヴは思い出したくない先日の事を思い出した。
自分の侍従と抱きしめ合っていたあの状況は何だったのだろうか。
クライヴは、抱き締めたままティアーリアに向かって唇を開く。
もし、少しでもティアーリアがイラルドに心惹かれてしまっている、と言うのであればイラルドには申し訳ないが配置換えを行わねば。
ティアーリアの心からイラルドの存在を消し去ってしまわないといけない。
「ティアーリア嬢⋯⋯、先日私の侍従と抱きしめ合っておりましたよね?あれは?」
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