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第十二話
しおりを挟むクライヴがどう父親を説得しようか、と悩んでいたのが嘘のようにこの伯爵領への滞在延長はあっさりと認められた。
「え······いいのですか、父上」
あまりにもあっさりと許可をくれた父親にクライヴは驚き、思わず聞き返してしまう。
そんな息子に苦笑しながら、父親であるアウサンドラ公爵は頷いている。
「構わないよ。今の所急ぎの仕事も無いし、一週間程であれば滞在も可能だ。その間、私は伯爵と話も出来るし街を視察する事も出来るから気にしないでクライヴは自分がやりたいと思った事をやりなさい」
「──ありがとうございますっ」
一週間、一週間も時間を取って貰えた。
クライヴは嬉しさに笑顔を輝かせると、近くにいたメイドに声を掛け、絵本や動物の図鑑がないか聞いている。
その息子の後ろ姿を見ながら、アウサンドラ公爵は微笑むと自分の前にいるクランディア伯爵に笑って見せた。
「どうやら私の息子はクランディア伯爵のご令嬢に夢中になってしまったみたいだ、ご令嬢のご負担にならないように言っておくよ」
「いえ、いえ······っありがたい事です。ティアーリアの妹も体が弱く、母親は妹の体調を見る為にこちらに連れて来れずティアーリアは寂しい毎日を過ごしていたと思うんです······っ同じ年頃の、しかもアウサンドラ公爵のご子息と共に過ごす事が出来て娘も嬉しいでしょう」
くしゃり、と表情を歪めて礼を述べるクランディア伯爵にクライヴの父親はそっと彼の肩に自分の手を乗せた。
クランディア伯爵も辛い毎日を送っていたのだろう。愛する自分の子供が病に侵され、日々弱っていく姿を見るのはどれだけ辛かっただろうか。
自分の息子が関わる事で、少しでもティアーリア嬢が元気になってくれればいい、とアウサンドラ公爵はそっと窓に視線を向けた。
窓の外は夕日が落ち、夜空に煌めく星々がこの邸を見守るように輝いていた。
翌日からクライヴは、手に沢山の図鑑や絵本を持ってティーの自室へと通うようになった。
翌日ティーの自室にお邪魔した時は、前日と変わらない様子でベッドに深く沈みこんでいたので、クライヴは無理に喋らなくていい、と伝えて絵本に出てくる動物や、図鑑を広げて様々な動物を説明した。
「この動物は見た事がある?」と聞けばティーは頷くか、首を振るかのどちらかで答えて、クライヴはその後にその動物が何処で会えるかや、自分が会った事のある動物だった場合は様子を面白おかしく語ってティーを微笑ませた。
顔を合わせるようになって数日目には、ティーは少しの時間であればベッドに上体を起こせるようになったので、少しだけカーテンを開けて一緒に窓の外を見ながら鳥があそこにいる、と眺める事が出来た。
少し話が出来る時にはカーテンから差し込む光がクライヴの瞳を輝かせて、虹色に煌めく珍しいクライヴの瞳をティーは眩しそうに瞳を細めて「瞳の中に虹が閉じ込められているみたい」と微笑んだ。
クライヴが話す物語達を嬉しそうに、楽しそうに微笑みながら聞いてくれるティーに、クライヴはティーと共に過ごす毎日がとても楽しくていつまでもこの時間が続いてくれればいいのに、と願う程だった。
けれど楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
滞在期間の一週間がもう残す所あと一日となってしまった。
「ティー······僕は明日帰らないといけないんだ······」
「え······っ」
いつものようにティーの部屋で話をしていたが、クライヴはティーの手を握り会話が途切れた瞬間にそう切り出した。
肉の付いてない皮と骨だけの細いティーの手を握り、クライヴはそっとティーの甲を撫でる。
悲しそうに瞳を細めるティーの表情を見て、クライヴはくしゃりと自分の表情を歪めると「帰りたくないな、ティーのそばに居たい」と駄々をこねるように言葉を零す。
「まだ、沢山ティーに話せてない物語もあるし、この窓から雀に餌やりも続けたいし、ティーと外を散歩したいのに······」
「······そうしたら雀への餌やりも、私が続けます。お外へも、頑張って行けるようにしておきます」
決して次会う時には、という言葉をティーは使わなかった。
クライヴが居なくなってしまった後は代わりに自分が続けるから、と。だから気にするなと言うように微笑まれる。
その微笑みが悲しい程美しくて、クライヴは耐えれなくなって涙を零した。
──明日会うのが最後かもしれない。
そんな恐ろしい想像をしてしまって、クライヴは恐怖でその日眠る事が出来なくなってしまった。
そうして、クライヴは翌日ティーと共に最後になるかもしれない時間を共に過ごした。
──ガチャン、と硝子が落ちて割れる音に反応して、クライヴはのそり、と突っ伏していた自室のテーブルから顔を上げた。
懐かしい夢を見ていた。
「もう、9年も経つのか······」
長い長い9年だった。
ティー、ことティアーリアの療養する領地から戻り程なくして母親が体調を崩し、病に倒れた。
今では元気に回復したが、倒れてから2年間慌ただしい毎日だった事を思い出す。
母が回復してほっとしたのも束の間、国の貴族が他国と通じていたらしく国境で争いが起きた。大きな戦争には発展しなかったが、事後処理や、国を裏切った貴族達が複数いたらしく、その事後処理に追われ父親は慌ただしい日々を送っていたし、公爵家も慌ただしい毎日を過ごしていた。
事後処理が終わって、家が落ち着いたのが母が回復してから4年の月日が流れていて、ティアーリアと過ごした日々から6年もの月日が流れていた。
落ち着いた日々になり、あの時の少女は今も元気に過ごしているだろうか、と少女を探そうとしたが、あまりにも月日が経っていたのであの日自分が訪れた領地がどの貴族の領地で、その領地を治める貴族が誰だったのか、家名をすっかり失念してしまっていた。
覚えているのは少女の顔と、「ティー」という愛称のみ。
父親に聞けば分かるだろう、と思い確認しに向かったが、「覚えていない」と言われてしまった。
今思えば父親は自分で思い出し、思い出せたら求婚しなさい、と思い手助けをしなかったのだろう。
探し出せなかったらそこまでの気持ちだったのだから潔く諦めろ、と言いたかったのだと思う。
クライヴは、それから3年掛けてティーという少女を必死に探した。
結局は、世間の噂に踊らされ姉と妹を勘違いしてしまっていたが結局間違えて名前を書き込んだティアーリアがあの時の少女本人だった。
今では間違えて記載して良かったとさえ思う。そうしなければ、自分はティアーリアと再会する事が出来なかったのだから。
「······ティアーリア、お願いだから······もう一度会って話をしたい······」
クライヴは項垂れて再度テーブルへと突っ伏した。
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12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
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