11 / 39
第十一話
しおりを挟む「お嬢様、お客様がいらっしゃいましたよ。入りますね」
クライヴを案内してくれたメイドがある一室の前で足を止めると、扉を控え目に数度ノックすると、そっと扉を開けた。
部屋の主から入室の許可を得ていないのに大丈夫なのか?と驚くクライヴに、メイドは悲しそうに微笑むと教えてくれた。
「お嬢様は、お声を出すのもお辛い日もございますので······私達使用人共はお声を掛けた後に入室する許可を頂いているのです」
「······そうか」
クライヴはどう答えれば正解なのか分からず、短く一言答える事しか出来なかった。
メイドが開いた扉の奥、少女の室内は昼間というのに窓のカーテンが閉められ、明かりは室内に置かれた小さいランプのみだった。
その光が薄ぼんやりと室内の狭い範囲を照らしており、ベッドの上で体を横たわらせる少女が辛うじて薄い光に照らされている。
そっと室内に音を立てないように入室するメイドに倣い、クライヴもなるべく足音を立てないように入室すると、静かにメイドがお茶の準備をし終わるとそっと扉の傍に控える。
その姿を横目で見ながら、クライヴは足音を控え目に立てながらベッドに横たわる少女に近付いて行った。
「──っ」
クライヴは、自分の目に飛び込んで来た少女の姿に驚きに微かに目を見開いた。
8歳と言うには線が細過ぎて、体の成長も病に侵されているせいか、体も小さくとても8歳の子供だとは思えない程弱々しかった。
顔色も青白く、唇も血の気が失せ薄らと開いている目も窪み生気を感じない。
その開かれた目から瞳がゆっくりと動き、自分を見た。
少女の瞳に自分の姿が映った事に肩を跳ねさせるとクライヴは慌てたように唇を開いた。
「僕はクライヴ・ディー・アウサンドラ、って言うんだ。君は?」
咄嗟に自分の名前を名乗ると、目の前の彼女に話し掛ける。
クライヴは話し掛けてから、自分の失態にしまった、と胸中で舌打ちをしたい気持ちに駆られる。
先程メイドが「声を出すのも辛い日がある」と言っていたのに、わざわざ名前を聞いてしまっては彼女は自分の名前を名乗らなくてはいけなくなってしまう。
クライヴは、わたわたと慌てながら両手を自分の胸の前に持ってきて続けて声をかける。
「いや、えーっと、君を何て呼べばいいかと思って······!」
「──ふふ、」
正式な名乗りは上げなくていい、と言うように慌てて言葉を紡ぐクライヴにベッドの少女は控えめに微笑むとゆっくりと唇を開いた。
「······ティー、って呼んで下さい」
かさかさに掠れた声で少女がそう答える。
クライヴは明るく笑うと、「可愛い名前だね」と少女に向けて言葉をかける。
"ティー"というのは少女の正しいファーストネームではない事は分かった。
恐らく、家族や親しい人間から呼ばれている愛称なのだろう。通常、初対面の人物に愛称を伝える事は殆どない。
だが、正しい自分の名前を伝える程の気力や体力が無いのだろう事を察したクライヴはにこやかに少女に話し掛ける。
「ティーは、どんな動物が好き?」
「動物······」
少女がうろ、と視線を空中にさ迷わせているのが分かる。
クライヴは焦らずティーの回答を待つ。
程なくして、好きな動物──正しくは、自分が知っている動物、ではあるがティーは唇を開いた。
「鳥さん······私は鳥さんが好きです」
かさかさの声でそう答えるティーに、クライヴは笑う。
「僕も好きだな、小さい鳥も可愛いけど、おっきくてかっこいい鷲や鷹も好きなんだ」
「······大きい鳥さんは、見た事がないです」
ケホケホと咳き込みながら「見てみたいなあ」と微笑むティーに、クライヴはそっと近寄るとお水飲む?と聞いてやる。
ティーが小さくこくり、と頷くのを確認すると扉の傍に控えていたメイドが硝子のグラスに水を注いだ物を持ってくる。
クライヴはそのグラスを受け取ると、一緒に渡されたストローを差してティーに「飲める?」と聞いた。
顔のすぐ側まで持っていったグラスのストローにティーは唇を寄せると、そっと水を何口か飲み込みほう、と息を吐いた。
枕に深く頭を預けるティーの髪の毛を指先で梳いてやりながら、クライヴは今日はここまでかな、と眉を下げる。
「ティー、また明日会いに来てもいい?辛かったら頷くだけでいいよ。······僕はまたティーとお話したい」
クライヴの言葉にうっすらと目を開けたティーは、嬉しそうに微笑んでこくり、と頷いた。
クライヴはそのティーの微笑みに嬉しそうに笑うと、そっとティーの額に口付ける。
「お母様がよく眠れるおまじない、って言って額に口付けてくれるんだ。ティーもよく眠れますように」
クライヴはティーの前髪をそっと直してやると、また明日ね、と言い手を振る。
驚きに僅かばかり目を見開いたティーは、照れくさそうに笑うとそっと小さくクライヴに手を振ってくれた。
きっと、初めて会ったこの時に自分は既にティアーリアに惹かれていたのだろう。
儚げに微笑む少女に。全てを諦めたような瞳をしているのに、けれど瞳の奥底には生への執着があった。
その強い生への執着が、本当は生きたいと願う強い気持ちが隠れた瞳に惹かれた。
何か自分が少女の生きたい、と願う気持ちの後押しに、手助けを出来たらいいと思ったのだ。
だから、クライヴは自然と明日も来るよ、と伝えてしまった。
父親の了承も得ていないのに勝手にこの地に留まり、明日も会いに来ると約束をしてしまった。
クライヴはティーの自室から出たあと、父親に何と説明しようか、と頭をかいた。
137
お気に入りに追加
2,874
あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。


そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。
木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。
彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。
スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。
婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。
父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる