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第八話

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この国では、女性から顔合わせの約束を断られると、基本的にその女性との縁は切れてしまう。
その為、顔合わせが上手くいかなかった両者は今後縁が結ばれることは二度とない。





クライヴは、あの後どうやって自分の邸に戻ってきたのか記憶になかった。
自室で呆然と立ち竦み、何も無い空間をただただ見つめている。
クライヴの侍従は気まずそうにただ黙って扉の前で控えていた。

自分の主人であるクライヴと、意中の女性であるクランディア嬢から少し離れた場所で待機していた侍従は、この二人の間で何が起きたのかある程度あの場所の雰囲気から察していた。
あの場所で、クランディア嬢が立ち去ってからも茫然自失した様子で立ち竦んでいたクライヴを何とか馬車まで引っ張ってきてこの邸まで戻ってきたばかりだ。

どうしてこうなった。

前回の顔合わせの時まではお互い好意を送り合っていたのに。
その雰囲気が傍から見ても分かるくらい、二人の気持ちは分かりやすかったのに。
それが、突然。今日になってクランディア嬢の態度がおかしかった。
何かを悩んでいるような、悲しむような視線を自分の主に向けていた。
だからこそ、自分の主はクランディア嬢を心配して庭園の散策に誘ったのだ。
傍から見れば仲睦まじく話しているように見えたのに。

「イラルド…」
「…っはい!」

侍従、イラルドは地の底を這うようなクライヴの声音に瞬時に反応すると、さっとクライヴの近くまで移動して控える。

「…ティアーリア嬢とは、良く話す仲だったのか?」

低く威圧感のある声でクライヴに問いかけられてイラルドは必死に首を横に振った。
クライヴの侍従である為、クランディア家へ赴く回数は多いが、自分の主であるクライヴの想い人と個人的にやり取りしたのは今日が初めてだ。
顔を合わせば目礼したり、こんにちわ、程度の挨拶はした事があるが今日程の接触はした事がない。
そこまで考えて、イラルドははっとした。
まさか、今日の"あの場面"をクライヴは見てしまったのではないか?そしてこの落ち込みよう、何かとんでもない勘違いをしていないか。と考えイラルドは顔色をさあっと無くすと慌てて自分の唇を開いた。

「クライヴ様…!もしや、今日庭園の散策から戻られた時、何か見ましたか…っ!」
「──何か、とは?」

一段と声が低くなり、じろりと睨まれて小さな悲鳴を上げる。
怒気のこもった声と、表情からやはりあの場面を見られていたのだ、と判断してイラルドは誤解です!と声を荒らげる。

「あの時、強い風が吹いてクランディア嬢のハンカチが飛んで落ちてしまったんです!私がそれを拾い、クランディア嬢にお渡ししようとした時に慌ててしまったクランディア嬢がバランスを崩し、転倒してしまいそうだったのでお支えしただけです!」

それに、私がクライヴ様の想い人にそんな邪な気持ちを抱く訳がありません!
とイラルドは必死に言い募る。
抱き留めた時に頬を染めてしまったが、あんな綺麗な令嬢と至近距離で顔を合わせてしまえば至極当然の反応だ、疚しい気持ちは自分にはまったくない。

尚も疑うような視線を向けてくるクライヴに、イラルドは両手を胸の前に上げて必死に首を横に振る。
あれは事故だったのだ、というのを必死に伝えるとクライヴは視線をイラルドから外すと、小さく声を零す。

「──と言う事は、ティアーリア嬢の片思いか…」

ぶつぶつと呟く言葉はイラルドの耳には入らず、クライヴはどうしたものか、と頭を抱える。

例えばこれが、まだティアーリアと自分がここまで親しくなる前ならば、ティアーリアが幸せになるのであれば自分は身を引き応援していたかもしれない。
けれど、この三ヶ月近くの顔合わせでティアーリアと共に時間を過ごし、人柄に触れ、あの時の少女のまま変わらない笑顔を見て、幸せな時間を過ごして来た。
幼少の頃の一週間を遥かに塗り替える程のティアーリアと幸せな時間を過ごした。
もう、諦めるなんて、ティアーリアが幸せになるなら、と自分が身を引くのは無理だ。
ティアーリアは自分の手で幸せにしたいし、これからも共に幸せで楽しい時間を作って行きたい。
見知らぬ誰かの横で幸せそうに笑うティアーリアなんて見たくない。

「だが、顔合わせを断られた以上これからどうすれば…」

クライヴは自室のソファに乱雑に腰を下ろすと、ぐしゃりと自分の前髪を握り締める。
きっと自分との顔合わせが破棄された後、ティアーリアにはまた申し込みが届き始めるだろう。
それを自分は止める事が出来ない、そんな権利も権限も何も持っていないのだ。
それに、ティアーリアが自分の侍従を想っているのであればその気持ちを自分が無理矢理横槍を入れて絶たせてもいいのか。
だが、ティアーリアには酷な事をしてしまうが自分の侍従と上手く行くはずがない。
ティアーリアは貴族令嬢だ。いくら自分に慕う男性がいても、相手は貴族の侍従。身分に釣り合いが取れない事は自分でもよく分かっているはずだ。

「ああ、だからそこあんなに悲しそうに表情を歪めていたのか…」

叶う事のない自分の想いに、想ってはいけない人物へ恋心を抱いてしまった事に胸を痛め葛藤していたのかもしれない。
だからこそ突然、顔合わせを断る言葉を伝えて来たのかもしれない。今後も自分と顔合わせを続ければ必然的に自分の侍従であるイラルドは同行する。
これ以上イラルドに気持ちを傾けたくなかったのだろう。
そして、顔合わせを行っている人物の侍従へ恋をしてしまった事への気まずさだろうか。

「前回までは、そんな雰囲気まったく無かったのに…何か、ティアーリア嬢がイラルドに惹かれる何かがあったのだろうか…」

考えてても埒が明かない。
クライヴは、後日送られてくるであろう断りの理由を確認したら一度クランディア伯爵に連絡を取ってみよう、と決めた。
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