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第五話
しおりを挟む三者三様の思いを抱きながら薔薇園のその場所には沈黙が落ちる。
(あら、お姉様とアウサンドラ公ですね。あぁ、やっぱり美丈夫ではあるけれど筋肉が足りないわ…)
少々残念そうにラティリナは瞳を細めるとはあ、と自分の唇から悩まし気な吐息を零す。
もう少し上背があって、もう少し筋肉が付いていれば安心して大好きな姉を任せる事が出来るのに、とラティリナは悲しそうに瞳を細める。
そんな事をラティリナが考えているとは露知らず、クライヴはクライヴで失礼な事を考えていた。
(この女性がティアーリアの妹君のラティリナ嬢か。確かに噂通り儚げな美人だな。だけど俺の隣にいるティアーリアの方がもっと美しいし可憐だし素敵だ。それに、妹君の顔を拝見して確信した。あの日、伯爵領で会ったのはやはりティアーリアだったのだ)
クライヴはじっとラティリナを見つめながらつらつらとそんな事を考える。
あの日、伯爵領で会ったティアーリアと顔の造形が全く違う。
妹は零れ落ちそうな程の大きな瞳が目立つ垂れ目気味の目元に薄い唇。
対してティアーリアは若干つり目気味の猫目で、唇はぽてりと厚く、艶々としている。
幼い頃の記憶で信憑性に欠けるが、自分が微かに覚えている容姿と比べると妹のラティリナではなかった事が今回初めて顔を確認した事によって判明する。
病に蝕まれていたせいで、幼少のティアーリアは瞳も虚ろで窪んでいたが、クライヴの話に瞳を輝かせて楽しそうに笑った顔は成長したティアーリアと重なる。
クライヴの珍しい瞳をまるで瞳の中に虹があるみたいだ、と褒めてくれたその言葉をあの日二度目の顔合わせで会ったティアーリアも同じ言葉を口にした。
そんな風に自分の瞳を例えてくれたのは後にも先にもあの少女だけだったのだ。
共に過ごした時間は短い期間であったが、クライヴはその少女の事を忘れる事が出来なかったのだ。
じっと見つめ合うクライヴとラティリナをティアーリアは黙って見つめ続ける。
(ああ、やはりクライヴ様はこうしてラティリナと一目でもお顔を合わせたかったのね…ラティリナも、もしかしたらクライヴ様に魅入っているのかしら…?)
まるでクライヴとラティリナ二人の時間だけが止まってしまったかのような不思議な空間にティアーリアは細く溜息をつく。
覚悟していたつもりだった。
あの日、クライヴと彼の従者が話している言葉を聞いてクライヴはラティリナを好いていると理解していたのに。
実際、目の前で熱く見つめ合う二人を見てティアーリアは自分の気持ちがどんどん萎んで行くのを感じた。
(絶対泣かない、と決めていたのに…)
どうしよう、泣きそうだ。
とティアーリアは俯くと、ティアーリアの俯いた気配に反応したクライヴがはっとして視線をティアーリアへ戻す。
「―っティアーリア嬢…!どうしました、やはりどこか具合が悪いのですか!」
「えっお姉様!」
クライヴが心配そうに俯いたティアーリアの顔を覗き込み、妹のラティリナもティアーリアの傍に来てくれる。
ティアーリアはぐっと自分の唇を噛み締めると深呼吸してぱっと顔を上げる。
「申し訳ございません、少し立ち眩みを起こしてしまいました。先程のテーブルに戻りますわね。…クライヴ様、我が家の薔薇園もとても美しいのです、是非ご覧になって下さい。ラティリナ、もし体調が大丈夫だったらクライヴ様を案内してさしあげて」
「え、ティアーリア嬢。それでしたら私がお送り致します。ティアーリア嬢を一人で戻らせれません」
「そうですわ、お姉様。お体の調子が悪いのでしたらアウサンドラ公と共にお席に戻って下さいませ」
自分を心配してくれる二人にティアーリアは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
こんなに優しい二人に嘘をつくのは気が引けるが、自分達の気持ちを大事にして欲しいのだ。
想い合う二人を、二人きりにしてあげたい。
クライヴとラティリナが引かなそうな気配を感じ取ったティアーリアは焦って周囲を確認する。
すると、離れた場所で待機している我が家の侍従を見つけ、ティアーリアはその侍従の名前を呼びこちらへと呼び寄せる。
「ティアーリアお嬢様、お呼びでしょうか」
「ええ、申し訳ないのだけれど立ち眩みを起こしてしまったの。クライヴ様とお茶をしていた場所に戻りたいので手を借りてもいいかしら?」
「もちろんでございます」
侍従はティアーリアの言葉に恭しく言葉を返すと、「失礼致します」と言葉をかけティアーリアをそっと抱き上げた。
当然のようにティアーリアを抱き上げた侍従にクライヴはぴくり、と眉根を寄せると自分がティアーリアと共に戻る事を言い縋ろうと口を開くが、クライヴが言葉を紡ぐよりもティアーリアの言葉の方が早かった。
「お恥ずかしい姿を申し訳ございません。クライヴ様、先に戻っておりますので…。ラティリナ、クライヴ様をお願いね」
にこりとティアーリアは微笑むと、従者に戻るよう伝える。
「あっ、お姉様…っ」
ラティリナは小さく声を上げるが、時すでに遅く、ティアーリアは従者に連れられて自分達から遠ざかっていってしまった。
呼び止めるように差し出した自分の腕を力なくぱたり、と落とすとラティリナはどうしようか、と隣にいるクライヴにそっと視線をやった。
「……うわ」
クライヴが嫉妬心丸出しでティアーリアを抱き抱えた従者を呪い殺しそうな程睨みつけているその表情を見てしまったラティリナは思わず引いてしまったような声を出してしまった。
そのラティリナの声に反応したクライヴははっとして笑顔を張り付けるとラティリナに視線を向ける。
「何か…?」
「……いいえ、アウサンドラ公。お姉様が心配ですわね」
「ええ、とても。」
早くこの場から離れたいです、いう雰囲気を微塵も隠しもせずそわそわとするクライヴにラティリナはおかしくなる。
自分の姉が心配でたまらず、今すぐ追いかけたいのに姉から薔薇園を妹に案内させるから楽しんでくれ、と言われてしまった手前この場を離れる事も出来ず困っている。
(なんだ、アウサンドラ公もしっかりお姉様の事を想っているじゃない…この間は気弱になってらっしゃったけど、これだけお姉様を想って下さっているなら心配いらないじゃない)
きっと、顔合わせの時間が終わりに近づき婚約の事を考えて身分とか色々な事を考えすぎてナーバスになってしまったんだわ、と考えるとラティリナはクライヴに向かって唇を開く。
「アウサンドラ公、先程お姉様を抱き上げてこの場を去って行った侍従は既婚者ですわ。とても愛妻家で、自分の妻しか見えていない人です」
「……私はそんなに分かりやすかったですか?」
「ええ、とても」
ふふふ、とラティリナは笑うとそれでは10分程庭園を案内致しますわ、それくらい時間が経っていればお姉様も何も言わないと思います。と告げてラティリナは薔薇園へと足を進めた。
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