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 夕方、面会終了時間になり琴葉と理仁の母親は理仁に挨拶をしてマンションへと共に帰宅する事にした。

「藤川さん、ご迷惑をお掛けしますが母を宜しくお願いします……」
「よろしくお願いしますね、藤川さん」
「いえいえ……! 迷惑なんてとんでもないです! しっかりと大隈さんのお母様をご案内するので任せて下さいね!」

 理仁に申し訳無さそうに言葉を掛けられ、理仁の母親からはぺこりと頭を下げられてしまい、琴葉は慌てて自分の手をぶんぶんと振ると、荷物を持って理仁に視線を向ける。

「それでは、大隈さん。また明日お見舞いに来ますね」
「ほんと……、すみませんありがとうございます」

 眉を下げてふにゃり、と笑う理仁に琴葉も笑い返すと手を振りながら病室を出て行った。



 琴葉と理仁の母親は和やかに会話をしながら十分程時間を掛けて歩き、バス停まで向かう。
 バスに乗ってしまえば後はマンション近くの停留所で降りて、マンションまでは直ぐだ。

「お荷物は、それだけですか?」

 琴葉は、理仁の母親が手にしている小さな鞄に視線を向けて問い掛ける。
 その鞄一つと、小さな斜め掛けの鞄だけで大荷物になるだろう、と思っていたのだが少ない荷物にきょとん、としてしまう。
 琴葉の言いたい事が分かったのだろう。母親は笑顔で「送ったのよ」と琴葉に教えてくれた。

「理仁から住所聞いてたから、明日の午前中指定で他の荷物は理仁のマンションに送ったの。その方が楽ちんでしょう?」

 にこにことそう笑顔で告げる母親に琴葉も笑顔で「そうですね」と言葉を返すと二人揃って病院からバス停までの道を歩いて行く。

 理仁は母親似なのだろう。
 屈託無く笑う時の顔が似ている。
 黙っていると外見からは冷たい印象を受けるが、話すととても気さくで思いやりがあって、そしてとても優しい。
 ふ、とした時の母親の表情が理仁と重なる事があって、琴葉は時々ドキリとする。

 病院から歩いていた二人は、視線の先にバス停を見付けて並び待つ。
 始発の停留所の為、これならば二人掛けに座る事が出来そうだと琴葉が考えていると、直ぐにバスがやって来て、二人はバスに乗り込んだ。

「二人掛けの席で大丈夫でしょうか?」
「ええ、勿論。大丈夫よ」

 琴葉は理仁の母親に確認をして、すんなりとすんなりと頷いてくれた事にほっとして、二人で座席に腰を下ろした。
 腰を下ろして荷物を自分の膝の上に抱えた理仁の母親が、何処かソワソワとした様子で琴葉に向かって唇を開いた。

「──で、藤川さんはうちの息子といつから付き合っているのかしら!?」
「え、えぇっ!?」

 わくわく、とした表情で楽しげに瞳を輝かせて琴葉に顔を向けて聞いてくる母親に、琴葉は瞳を見開くと母親の言葉にぶんぶんと首を横に振る。

「つ、付き合っていません……っ!」
「ええー……。本当に? 私の勘違いかしら……」

 あからさまに残念そうに眉を下げる母親に、琴葉は若干頬を染めながら視線を逸らしながらぽつりと呟く。

「──その、私は……大隈さ、えっと、理仁さんの事が……あの、そう、なんですけど……」

 頬を染めてごにょごにょと呟く琴葉に、理仁の母親はきらきらと瞳を輝かせると「あらあらあら!」と声を弾ませ、嬉しそうに表情を綻ばせる。

「藤川さんみたいな綺麗な人に好かれるなんて、贅沢もんね、理仁は!」
「いえっ、全然私はっ!」
「ねえねえ、二人が出会ったのは引越しの挨拶でかしら? それとも何か他の切っ掛けでもあったの?」
「あ、えっと……。私が理仁さんの隣に引っ越して来まして、丁度その時に外出する為? か何かで外に出てこられた理仁さんと会って、ご挨拶したのが初めてですね……」
「へえ、そうだったのっ、藤川さんが理仁の隣に引っ越して来たのねぇっ」

 きらきらと楽しそうに表情を輝かせて色々と質問をされて、バスがマンション近くまで到着するまでの間、琴葉は理仁の母親から質問され続けて気付けば降りるバス停に到着してしまっていた。



 バス停から降りて、マンションへと向かい歩く。
 冬の季節の為、夕方の六時を過ぎればもう外は暗くなっていて、気温も低くなり冷え込む。

 エントランスを抜けて琴葉と理仁の母親は一緒にエレベーターに乗り込むと、理仁の母親が琴葉に話し掛ける。

「──藤川さん、もし良かったらお夕食作るから……一緒に食べて貰えないかしら? 理仁も、藤川さんを家に呼んで大丈夫って言っていたし、食料の消費に付き合って貰えると嬉しいわ」

 母親の言葉に、一瞬琴葉は理仁の部屋にまで上がってしまっても良いのだろうか、と考えたが何処か寂しそうにしている理仁の母親の表情を見て、自然と頷いてしまった。
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