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しおりを挟む理仁の母親に入ってちょうだい、と言われた琴葉はいいのだろうか、と若干遠慮しつつ扉の中、理仁の病室へと足を踏み入れる。
「こ、こんにちわ大隈さん……。お邪魔しちゃって大丈夫でしたか……?」
そろそろと姿を表した琴葉に、理仁は弾んだ声音で言葉を返す。
「大丈夫ですよ、こいつらもう帰るんで」
「ええっ、何か酷くないっすか理仁先輩! 何か俺達をさっさと追い出そうとしてる感じっす!」
「あーあー……折角休みの日に見舞いに来てやったって言うのによー」
「さっきもう帰るっつってたじゃねーか。さっさと帰れよ。藤川さんが困ってるだろ」
ぎゃあぎゃあと言い合う三人に、仲が良いのだろうと言う事が傍目から見ても直ぐに分かり、琴葉はついつい笑い声を上げてしまう。
琴葉の近くにやって来た理仁の母親も、琴葉に向かって「うるさくってごめんなさいね」と笑いながら言って来て、琴葉はくすくすと笑い声を零しながら「大丈夫です」と言葉を返した。
理仁のお見舞いに来ていた昂太と蒲田は一頻り理仁を揶揄い倒してから琴葉に視線を戻すと、声を掛けてくる。
「──すみません、騒がしくして。俺達大隈と同じ会社の同僚なんです。俺が同期の蒲田と言いまして、こいつが──」
「理仁先輩の後輩の飯沼と言います!」
琴葉に向かって蒲田と昂太が挨拶をしてくれて、琴葉も慌てて挨拶を返す。
「失礼しました、藤川と言います。大隈さんとはマンションが隣通しで、良くお話させて頂いているんです」
「お隣さんでしたか……!」
「あっ! この間理仁先輩のお家のインターホン鳴らしたの藤川さんだったんですね!」
「えっ、この間?」
琴葉の挨拶に、蒲田は羨ましそうに理仁に視線を送り、昂太は「あの時の!」と言わんばかりに表情を輝かせて琴葉に言葉を返す。
会った事があっただろうか? と琴葉が首を捻っていると、昂太が理仁の方へと振り返り、琴葉の疑問に答えてくれる。
「以前、理仁先輩のお家で飲んでたんですけど、その時に藤川さんがインターホン鳴らして! ベランダに飛んできたタオル取ったの俺だったんすよ!」
「──……、ああ! あの時の!」
一瞬何の事だか分からなかった琴葉だったが、確かに以前タオルが理仁の部屋のベランダに飛んでしまい、インターホンを鳴らして取って貰った事がある。
あの時誰かと一緒に居るようで、彼女かもしれない、と思った琴葉だったが本当にその時部屋に居たのは昂太だったらしい。
「その節はご迷惑をお掛けしてしまって……」
「いえいえ! 俺は理仁先輩の部屋で飲んでただけなので!」
楽しげに笑いながらそう答える昂太に、自然と琴葉まで笑顔になる。
理仁から面倒くさい後輩がいる、と聞いていたが楽しい人で、理仁はとても昂太に好かれているのだろうな、と言う事が昂太の発言や表情から読み取れる。
(大隈さん、きっと何だかんだ言いながら後輩の飯沼さんと仲が良いんだろうな……、それに同期の蒲田さんとも)
三人の会話を眺めているだけで、雰囲気から仲が良いのだろうと言う事が窺える。
琴葉が昂太と蒲田の二人と笑顔でやり取りをしていると、理仁が二人にさっさと帰れよ、と再び二人を追い出すような事を言い出して蒲田が理仁の言葉に呆れたように「はいはい」と返事を返す。
「それじゃあ、俺達はこの辺で帰りますね。大隈もさっさと俺らに帰って欲しそうですし」
「おう、さっさと帰れ」
蒲田の言葉に、理仁は骨折していない方の腕を上げてひらひらと手を振っている。
「全く……じゃあ、また来るから大隈! 邪魔して悪かったな!」
「また来ますね、理仁先輩!」
蒲田と昂太の言葉に、琴葉は慌てて挨拶を返すと理仁の母親と共に二人が出て行くのを見送る。
二人が出て行き、病室の扉が閉まるのを見送ってから、ベッドの上にいる理仁が申し訳なさそうに苦笑しながら琴葉に笑いかけた。
「ほんと、騒がしい奴らですみません藤川さん。せっかく来て貰ったのに、疲れたでしょう?」
「いえいえ! お二人と話せて楽しかったですっ! 大隈さんは嫌かもしれませんけど、とても仲の良さそうな三人だなぁ、って思いました」
琴葉の言葉に、理仁は「マジですか」と嫌そうに、だが何処か楽しそうに笑って言葉を返した。
外はまだ寒い風が吹く季節の冬。
理仁はあとどれ位で退院出来るのだろうか、と琴葉は少し心配になりながら、理仁と、理仁の母親と三人で話しをしながら、面会時間終了の時刻を迎えた。
今日は、理仁の母親を理仁のマンションまで案内する日だ。
共にマンションに帰る時に、琴葉は理仁の母親にどれ位で退院出来そうなのか、目安を聞いてみようと考えた。
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