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 蒲田から言われた言葉を思い出すと、何故だか胸の辺りがもやもやとしてしまい、理仁は無意識に手のひらでその部分を摩る。

 消化不良になった時のようなスッキリとしない感覚に、首を傾げるがフライパンを火にかけていた事を思い出し、理仁は慌てて火を消すと深皿にフライパンの中身をバサッと適当に移す。



「あー! 理仁先輩のチャーハンっす~! 俺、理仁先輩のチャーハンめっちゃ好きっす!」

 理仁が皿を手にリビングに戻ると、大分ベロベロに酔った状態の昂太が両手を上げて歓声を上げる。

「そりゃどーも」

 理仁はテーブルの真ん中にチャーハンの皿を置くと、琴葉の隣へと座る。
 二人分の体重でソファが沈み、理仁はちらり、と琴葉に視線を向けると咎めるような声をついつい出してしまう。

「飯沼、酒に弱いんですから飲ませ過ぎると厄介ですよ藤川さん」
「すみません、むしゃくしゃしちゃってつい」

 にっこりと笑顔を浮かべてそう理仁に言葉を返す琴葉に、理仁は自分の口端が引き攣るのを感じる。

 理仁と琴葉のなんとも言えない雰囲気など微塵も気にせず、昂太は理仁のチャーハンに「パラパラっす!」と声を上げ喜び、蒲田も先程理仁の元にやってきた雰囲気など微塵も感じさせず昂太と同じようにはしゃいでチャーハンを口に運んでいる。



 それからは、理仁と琴葉が気まずい雰囲気になる暇など全く無い程に、昂太と蒲田が騒ぎ暴れ、あっという間に時間が過ぎて行く。

 缶ビールを何本か空けた頃。
 蒲田がスマホの時刻を確認して「やべっ」と声を出した。

「昂太! 終電近付いてる……! そろそろ帰るぞ!」
「えぇ~、俺理仁先輩の家泊まります~蒲田先輩は帰っていいですよ!」
「っふざけんな、飯沼。さっさと帰れ!」

 これ以上、折角の週末を邪魔されてたまるか、と縋り付いて来る昂太を足蹴にしながら理仁が昂太に向かって言う様子を琴葉は笑いながら見ている。

 声を出して笑う琴葉に、理仁もついつい苦笑してしまうと、お互い先程の雰囲気など忘れて笑いあってしまう。

「あーもう、ほら昂太。そろそろ本当に帰らねえと」
「ううー……っ、理仁先輩駅まで送って下さい……じゃなきゃ帰らないっす……」
「また、面倒臭い事を……」

 昂太の言葉に、理仁が呆れたように呟き断ろうとした所で、理仁の腕に琴葉がそっと自分の手のひらを添えて来る。

「いいじゃないですか、大隈さん。少し外の空気も吸いたいし……蒲田さんと飯沼さんを駅まで送りに行きません?」
「──藤川さんが良いなら……」

 琴葉の言葉に喜ぶ昂太を放って、理仁はソファから立ち上がりスマホと財布をポケットに突っ込むと蒲田と昂太の支度が終わるのを待つ。
 琴葉はスマホだけを手に持つと、ととと、と理仁に近付いて来る。

「お待たせー、大隈、邪魔したな!」
「本当にな……。次からは事前にちゃんと連絡寄越せよな」
「お邪魔しましたっす! 理仁先輩、藤川さん!」

 けらけらと陽気に笑う蒲田と昂太を先に出してから、続いて琴葉が外に出る。
 理仁は玄関に置いていた鍵で扉を施錠すると、待っていてくれていた琴葉と自然に手を繋ぎながら先を歩く蒲田と昂太の後を追った。




 四人で夜道を歩きながら、駅へと向かう。
 深夜、と言う事もあり人の姿も疎らで通りも歩きやすく、四人で他愛もない話をしているとあっという間に駅へと着いた。

「──じゃあな、大隈! また週明けな! 藤川さん、お邪魔しました!」
「理仁先輩、また月曜日にー! 藤川さんもまた!」
「ふふっ、はい! お二人ともまた!」
「ああ、また月曜にな」

 ぶんぶんと手を振る昂太と、軽く手を上げる蒲田を見送り、理仁と琴葉は手を繋ぎ直すとゆっくりと駅に背を向けて再び自宅に向かって歩き出す。

「──飯沼さん、凄く酔っ払っちゃってましたね」
「藤川さんが飲ますからですよ。あいつ本当に酒に弱くて……厄介なんですから」
「ふふっ、あんなに陽気になるとは思わなかったんです、ごめんなさい」

 自然と普段通りに話す事が出来るようになった理仁と琴葉は、手を繋ぎながらゆっくりゆっくりと歩く。

 駅から少し離れた所にある大きな公園に差し掛かった時、隣を歩く琴葉が小さく「あっ」と声を上げた。

「──覚えてます? 大隈さん、この公園」
「──ああ、……覚えてますよ」

 二人して公園の入口で立ち止まると懐かしそうに目を細めて口元にゆったりと笑みを浮かべる。

 理仁が進めた映画を琴葉が見てくれて、その映画のように遠回りして帰る事にして通った公園だ。

「あの時、大隈さんに飲み物買って貰ったんですよね」
「あー、確かに。そんな事ありましたね」

 理仁と手を繋いだ琴葉が、その時に購入した自販機へと引っ張って歩いて行く。
 あの時は、寒い冬で。
 お互い暖かい飲み物を買ったんだっけな、と理仁が思い出していると、琴葉がくるりと笑顔で振り返る。

「あの時、お返しに今度は私が買いますって言ったのに……お財布部屋に置いてきちゃったから大隈さんにお返しするのはまた今度でいいですか?」
「ええ? そんなの、気にしなくていいんですよ。俺がやりたくてやったんですし……」
「……駄目、ですよ。私にお返しさせて下さいね。絶対、絶対ですよ?」
「──藤川さん?」

 琴葉の、何処か必死さが伝わる声音に理仁はキョトンと瞳を瞬かせると、琴葉は泣き笑いのような表情を浮かべて、「お返ししたいんです……」とぽつり、と小さく呟いた。

「早く、私に返させて下さいね」

 悲しそうに笑う琴葉に、理仁はまたざわり、と胸の辺りがざわめいて、ツキリ、と頭に痛みを覚えた。
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