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 事故に合った時は、周囲がスローモーションのようにゆっくりと映る、と言う事を聞いた事がある。

(──確かに、本当だ……)

 理仁は、何処か呑気に、他人事のように琴葉が理仁の名前を叫び、樹が真っ青な表情をして慌ててこちらに手を伸ばして来ているのが見えた。
 だが、樹が慌てて腕を伸ばしても理仁の腕を掴む事は叶わず、理仁はぼんやりとその様子を見ていた。

 そして、自分の体に物凄い衝撃が走り、理仁はそこでぷつり、と自分の目の前が真っ暗になった。





 理仁が階段から落ち、その後は大きな騒動となった。
 警察や救急車が呼ばれ、そして同じマンションに住む住人達が何事か、と集まり騒ぎ始める。

 階下に落ちた理仁は、出血もあった事から救急隊がやって来るまでその場から動かす事が出来ず、琴葉は自分達の事情に理仁を巻き込んでしまった事を悔いた。

 当事者である琴葉や樹達の気が動転している内に近隣の住民が呼んだ救急車が現場に到着し、直ぐに警察もやって来る。
 理仁は救急隊により病院へ運ばれ。
 琴葉と樹は警察に事情の説明を行う為、警察署へと同行した。

 理仁達がやり取りを行っていた場所付近一帯は、規制線が張られた。





 ──大隈さん、大隈理仁さん。聞こえますか? 駄目だな、意識混濁、呼び掛けに反応無し。

 ──受け入れ先は? 一番近い救急病院は? 受け入れ可能、今から向かいます。



 理仁は、頭を強かに打ち意識を失っていたが何故か途切れ途切れではあるが救急隊員の声が微かに聞こえていた。









◇◆◇

「お兄さん、火を貸して貰ってもいいかい? ──ああ、あんた。あれ程階段には気を付けな、と言ったのに。すっかり忘れちまってたのかねえ?」

 いつか、旅先の宿泊施設の喫煙室で出会った年配のあの占い師が、何処か呆れたような表情と、声音で困ったように笑い掛けている。

 喫煙室で会った筈なのに、占い師が居る場所は真っ暗で、背景を確認する事が全く出来なかった。
 占い師は「あーあ」と呟くと、煙草を紫煙を吐き出すと「しょうがないねぇ」と呟いた。






◇◆◇

「──っ、はっ、」

 がばり、と飛び起きるようにして上半身を起き上がらせる。

 季節は真冬で寒いと言うのに、理仁は全身に嫌な汗をびっしょり、とかいていて、こまかみから伝う汗をそのままにきょろ、と周囲を見回した。

「──何だ……、?」

 嫌な夢を見ていた気がする。
 酷く恐ろしくて救いの無い夢。

「あれ、何だ……? 思い出せない……?」

 だが、悪夢なのであれば無理に思い出す必要は無いだろう。
 理仁は急いでベッドから起き上がると、会社に出社する為に慌てて支度する。

「──あれ、? 冬? 何で俺冬だと思ってたんだ……?」

 理仁は自分の部屋に掛けてあるワイシャツとスーツを確認して首を捻った。
 夏用の薄手のスーツに、夏用のワイシャツがクローゼットにあり、違和感を感じながらそれでも会社に遅刻してしまうからと理仁はワイシャツに袖を通す。

 じめじめとしたこの梅雨の時期特有の湿度の高さに理仁は眉を寄せながら、コーヒーだけを喉に流し込むとそのまま慣れた様子で部屋を出た。



「──あっ、大隈さんおはようございます!」
「藤川さん。おはようございます」

 部屋を出て、鍵を閉めた所で琴葉が理仁に笑顔で声を掛けて来る。
 理仁も琴葉に挨拶を返すと、二人は自然と互いの手を繋ぎながらエレベーターへと向かって歩いて行った。
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