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しおりを挟む「──ぱい! ……理仁先輩、着きましたよ!」
「……っ、ああ、ありがとう……」
昂太に揺り起こされて、理仁はぱちりと瞳を開けるとふあ、と欠伸をしながら窓の外に視線をやった。
いつの間に品川でバスが止まり、人を乗せたのか。
気付かずにぐっすりと眠っていた理仁は、バスの窓の外に見える景色にぱちくり、と瞳を瞬かせてからぐぅっ、と伸びをして棚から荷物を下ろした。
「随分ぐっすりだったな? 疲れてたのか?」
「いや、そんな事はない筈なんだけどな……」
後ろに座っていた蒲田に話しかけられ、理仁は首を捻りながら返答する。
どうにも、昔から長距離移動するバスに乗ると眠気が襲って来てそれに抗えない。
自分が運転している訳では無い安心感に、緊張感から解放されて眠くなってしまうのだろうか、と考えながら理仁は先を歩く蒲田と昂太に続いてバスを降り立った。
バスを降りると、会社の人間が宿の方へと歩き始めているようで、理仁が降りて来るのを待っていた蒲田と昂太が「こっちですよ!」と声を上げて手招きしてくれる。
理仁は礼を告げて二人の後を追う。
バスが止まったのは、会社で予約を取った宿泊地の駐車場で、理仁は宿の看板に目を向けるとそのまま足を進めて自動扉をくぐった。
理仁と昂太、蒲田が泊まる部屋は全員同じ階で、部屋も近い。
その事に理仁は嫌そうな表情を浮かべるが、理仁のそんな態度になど慣れっこになってしまったのだろう。昂太が楽しげに話し掛けて来る。
「理仁先輩! 夜にでも酒盛りしましょう、酒盛り!」
「おっ、いいじゃねえか昂太! 宴会の後に大隈の部屋で飲み直ししようぜ!」
「おい、勝手に決めるなよ……」
いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか。
理仁の同期の蒲田と後輩の昂太は和気あいあいと話す中にまで発展してしまっていて、理仁は戸惑いが隠せない。
昂太だけでも対応が大変なのに、そこに蒲田まで加わっては収集が付かなくなる、と理仁が重いため息を付いていると、蒲田が理仁の背中をぱちん、と手のひらで叩き明るい声で話し掛けて来る。
「まあまあ、大隈も日頃のストレスを解放して楽しもうぜ……! 夕飯と宴会がセットになってるから、それに間に合えば自由にしていいらしいし、三人で観光しようぜ」
昂太に見えない方向から眉を下げてそう告げてくる蒲田に、理仁も仕方ないと言った表情を浮かべる。
蒲田はこう見えて周囲を良く見ている人間だ。
本当に嫌がっていたらすっ、と引く事が出来る人間で、空気を読む事が上手い。
蒲田も、ストレスを溜め込んでいそうな理仁を思っての誘いだろう。
「──まあ、そうだな……。せっかくこんな所まで来たんだし……観光しないと勿体ないよな」
「そうそう、部屋で寝るなんて言わなくて安心した」
「じゃあ、俺部屋に荷物置いてきますね!」
三人は一旦部屋に荷物を置いてから一階のエントランスで落ち合う事を決めて別れた。
カードキーを差し込み、部屋の施錠を開けて中に入るとふわり、と畳の香りがして理仁は表情を和らげた。
「……和室って、何か居心地良いんだよな……」
ぽつりと呟いてから室内に足を進め、適当な場所に手荷物を置いて冷蔵庫の中に買っておいた飲み物数本を入れておく。
宴会がお開きになったら、本当にあの二人はこの部屋で酒盛りをするつもりなのだろう。
「──飯沼は、酒強くねえから……水買っておいた方がいいな」
宿泊先で粗相をしてしまったら大変な事になる。
観光した後、ここに戻ってくる前にコンビニか何かで購入しておけばいいだろう、と理仁は考えると手荷物の中からスマホを取り出して雑にコートのポケットに突っ込むとそのまま部屋を出て行った。
階段を使って一階まで降りてきた理仁は、まだ昂太の蒲田の姿が無い事を確認するとエントランスの隅の方にある喫煙室に向かって足を進める。
三人とも喫煙者である事に感謝しながら喫煙室の扉を開けて中へと入る。
ここで煙草を吸っていれば、エントランスに来たあの二人も気付くだろう。
理仁がそう考えながら煙草に火をつけた時。
「お兄さん、火を貸してもらってもいいかい?」
「──……っ、!?」
突然、真後ろから声を掛けられて理仁はびくり、と肩を揺らしてしまった。
その声は、年配のお婆さん、のような声音で理仁が後ろを振り向くと人の良さそうなほんわかとしたお婆さんがにこにことしながら立って居た。
「──あ、火ですよね……どうぞ」
「ありがとうねぇ」
理仁が手に持っていたライターをお婆さんに渡すと、お婆さんはにこにことしながら礼を言い、理仁から渡されたライターで火をつけた。
紫煙がふわり、と上がりお婆さんは理仁に「ありがとうねぇ」と声を掛けると、そのままライターを理仁に手渡して来る。
「いえ、どう致しまして」
理仁がぺこり、と頭を下げてお婆さんに言葉を返した所でエレベーターで一階に降りて来たのだろう。
昂太と蒲田の姿を見付けて、理仁はそちらの方向へ視線を向ける。
すると、理仁を探していたのだろう。キョロキョロ、と周囲を見回していた昂太が理仁を見付けて蒲田に話し掛けている様子が見える。
二人がこちらに顔を向けた所で、理仁は軽く手を上げると、二人も一服するのだろう。
喫煙室の方へ歩いて来るのが見えた。
理仁が二人に視線を向けていると、煙草を吸い終わったのだろう。
先程ライターを貸したお婆さんが喫煙室の扉に手を掛けて出て行こうとする前に、理仁に顔を向けてにこりと微笑んだ。
「お兄さん、ライターありがとうねぇ。……階段には気を付けるんだよ」
「──へ、?」
にっこりと笑いながらそう告げて出て行ってしまったお婆さんに、理仁はぽかん、としながら見送る。
お婆さんと入れ違いに喫煙室に入って来た二人に不思議そうな顔をされたが、理仁自身と何が何だか分からず、曖昧に笑って誤魔化した。
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