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しおりを挟む「鴨……! それは見たいですねっ!」
「ええ、親子なのかちっさいのと一緒にいる姿を見るのは結構癒されますよ」
その時の光景を思い出しているのか。
理仁が目を細めて微笑みを浮かべている。優しげな表情と声音に、琴葉は自分の家の隣に住んでいる人が理仁で良かった、と心底感謝した。
物騒な世の中な今、隣に住んでいる人間の顔も分からない事など普通にある。
そんな中、顔を見合わせて挨拶をして、そしてこうして共に道を隣合って歩ける事がどれだけ少ないか。
琴葉が「イケメンは性格もイケメンだ」と何処かおかしな事を考えながら歩いていると、自動販売機の目の前で理仁がピタリ、と足を止めた。
「すみません、藤川さん。コーヒー買ってもいいですか?」
「勿論大丈夫ですよ! 私もココア買います!」
寒い時に熱いココアを缶から飲むのもまた美味しい。
琴葉がそう考え、ポケットから小銭入れを取り出そうとした時に自動販売機からガシャン、と音がしてそして直ぐに続け様にガシャン、と音がする。
その音に不思議そうな表情を浮かべて、琴葉が理仁へ視線を向けると取り口にかがんでいた理仁がココアの缶を持って「これでいいですか?」と聞いて来る。
「──えっ! あっ、すみませんっ、いくらしましたか?」
琴葉が慌てて小銭入れを開けてそう口にするが、理仁は笑いながら「これくらいいいですよ」と言い、琴葉にココアを手渡してくる。
「でも、買って頂くのは何だか申し訳ないですよ……」
「んー……じゃあ、また次に偶然ご一緒する機会があれば今度は藤川さんが俺に奢って下さいよ」
カシっ、とタブを開けてこくこくと缶コーヒーを飲み始める理仁に、琴葉は何度も力強く頷く。
「──分かりました! また機会があった時は絶対私が買いますね!」
念を押すように琴葉にそう言われ、理仁は笑いながら頷く。
二人でゆっくりと歩きながら公園内を通り、新しく見付けた公園の出入口に表情を輝かせ、その出入口から出るとどの場所に通じるのか、他の場所の出入口から出ると今度はどの場所に出るのか、を確認しながら長い時間を掛けて自宅マンションまで帰って来た。
「あの出入口は、マンションの裏道に通じてるんですね!」
「ええ、あそこは俺も通った事が無かったので新しい発見でしたね」
二人で些か興奮しながらマンションのエントランスへと入り、エレベーターへと向かう。
ボタンを押してエレベーターの扉が閉まると、二人はエレベーターの壁に背を預けながらあの場所は遠回りになりそうだ、あっちから出れば近道になりそうだ、と新しい道を知ったばかりだからか、盛り上がりながら会話をする。
琴葉は、今度天気の良い日の昼間にもう一度あの公園へ行ってみよう、と考える。
夜遅い時間では無く、昼間明るい時に公園へ行けば景色も楽しむ事が出来るし、理仁から教えて貰った春先に鴨がやって来ると言う池も確認しておきたい。
エレベーターが二人の部屋がある階に到着して、扉が開く。
琴葉はボタンを押して待っていてくれる理仁にお礼を告げてからエレベーターから降りると、理仁が降りて来るのを待って揃って廊下を歩く。
買い物に出る前までは、沈んでいた気持ちが人と話す事で浮上していて、琴葉は理仁に心の中で深く感謝する。
あのまま一人で買い物に行き、一人で帰ってきたら悶々とマイナス思考で色々と考えてしまいそうだった。
二人は自分達の部屋の前に到着すると、夜と言う事もあり、「お休みなさい」と言い合って扉を開けて中へと入って行った。
玄関の扉を施錠して、理仁はキッチンに荷物を置くとリビングへと足を向ける。
「あっ。しまった。ベランダの窓開けっ放しだった……」
出掛ける前に、片付けをしている時に換気がてら開けっ放しにしていた事を思い出し、理仁は後頭部をかく。
全開では無く、薄らとだけ開けていたが、今の時期は冬。日も暮れた後は気温が下がり、冷たい空気がリビングへと入ってきてしまっており、リビングが若干冷えてしまっている。
理仁がベランダへと近付くと、微かに隣からベランダの閉まる音が聞こえたが、理仁は特に気にも止めずにそのままベランダを閉めると、着替えの為に自室へと向かった。
部屋着に着替え終わった理仁は、そのまま洗面所へと向かうと手洗いを済ませてスーパーで購入した食材達を冷蔵庫へと入れて行く。
外が寒かった為、生物もやはり冷たい状態のままだった為、そのままチルドや冷凍庫へと買った物達をぽいぽいと無造作に突っ込むと、腕まくりをして上部にある扉を開け、一人用の鍋を引っ張り出す。
キッチンに鍋をごとり、と置くと冷蔵庫の中にあるビールの残りを確認しながらぽつりと呟く。
「──結構残ってるな……今度飯沼に礼でもするか……」
夕食の時に、またビール片手に食事を楽しもうと理仁は無意識に鼻歌を歌いながら夕食の準備に取り掛かった。
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