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しおりを挟む「──藤川さん、お待たせしました」
「いえっ! お休みの日にすみません!」
玄関の扉を開けて理仁が姿を現すと、扉前に居た琴葉がぺこぺこと勢い良く何度も頭を下げる。
扉を完全に閉めて理仁が一歩前に出て手に持っていたタオルを琴葉に手渡すと、琴葉は申し訳無さそうにもう一度頭を下げてタオルを受け取る。
「本当にありがとうございます! 助かりましたっ」
「いえいえ。風に飛ばされてもっと遠くに行ってなくて良かったです」
理仁がにこやかに笑顔でそう琴葉に告れば、琴葉も「本当ですね」と笑顔で答える。
「大隈さん、ありがとうございました! えっと、ではこれで」
「はい。また」
お互いぺこり、ともう一度頭を下げ合いながら自分の家の扉に手を掛け、ガチャリと扉を開けて入って行く。
自分の家の前に居た理仁の方が玄関の奥に姿を消すのが早く、琴葉はちらり、と理仁の家の扉へと視線をやった。
扉の奥へと姿を消した理仁を無意識に視線で追いながら、琴葉ははっとすると自分の頬をぺしり、と叩いてから中へと入って行った。
理仁が玄関から中に入り、リビングへ姿を現すとリビングでビールを口にしていた晃太がグラスを掲げてへらり、とした笑顔を浮かべた。
「あ、理仁先輩お帰りなさいっす! いそいそと出て行っちゃって、そんなにお隣さん美人なんですね~」
「──からかうつもりなら家から叩き出すぞ」
「あっ、ちょっ、すみません……! そんなつもりないんで!」
理仁がむすっとした表情で晃太へちらり、と視線を向けてそう言うと、晃太は慌てたようにソファから腰を上げて必死に謝って来る。
確かに、晃太の言う通りお隣の藤川さんは美人だ。
出来れば今後も仲良くしたいし、交流もしたいが恐らく彼氏が居る。
下手に近付き過ぎて、ご近所トラブル、なんて事に発展してしまっては折角居心地の良いこのマンションに居辛くなってしまう。
「さっきも言ったが、お隣の女性には彼氏が居るんだよ。あまり焚き付けるな」
「えー? でもその彼氏さんって本当にお隣の人の彼氏さんなんですか?」
理仁が冷蔵庫から新しいビールを取り出してリビングへ戻って来ると、グラスに残っていたビールをちびちびと飲んでいた晃太がなんて事ないようにそう口にする。
理仁はソファに座り直すと、新しい缶ビールを開けてグラスに注ぎながら言葉を返した。
「……夜にお隣から出てくる姿を見ているし、泊まってもいるみたいだからそうなんだろ」
「えー、でももしかしたらワンチャン兄弟かもしれないじゃないっすか? 二人で一緒に居る所とか見た事あるんですか?」
「──……確かに、二人で一緒に居る所は見た事がない、な……」
晃太の言葉に理仁はきょとん、と瞳を瞬くとそう言えば、と思い出す。
隣の家から男性が出て来た姿と、琴葉が家に入る際に扉の奥から声が聞こえただけではある。
その事から彼氏なのだろうと勝手に思い込んでいたが、晃太の言う通り兄弟の可能性もあるかもしれない、と理仁は思い直す。
「挨拶をしてくれた時も、藤川さん一人だけだったし……もし同棲なりしていたら彼氏の事も言う、よな……」
「そうっすよ、理仁先輩! まだ望みはありますよ!」
酒に酔っているからだろうか。
晃太は何処か楽しんでいるように理仁を応援しているように見えて理仁が行動を起こす事を煽るような言葉を口にしている。
理仁もアルコールが入っているせいか、普段よりも楽観的な考え方になっていて二人で騒ぎ始める。
時間が経つにつれて二人が空ける缶ビールの空き缶が増えて行き、始めは理仁の隣人である琴葉の話だったのが次第に晃太の恋の相談になり、最終的には今の相手は諦めろ、と話が飛躍して行った。
気付けば相当数の缶ビールを空けてしまったようで、リビングには空き缶がゴロゴロと転がり、晃太は何故かフローリングで寝息を立てており、理仁はソファに横になって寝息を立てている。
午前中に理仁の家にやってきたのだが、リビングのベランダの窓の外は暗くなって来ており、寝息しか響いていない室内はしん、と静まり返っている。
晃太がリビングのベランダの窓を開けた際に、完全に閉め切っていなかったのだろう。
薄らとだけ窓が開いていた。
だから、良く聞こえてしまったのだろう。
突然、ガシャン! と何かが割れる大きい音が聞こえて来て、理仁と晃太は驚き飛び起きた。
「──っ! 何だ!」
「じ、地震ですか理仁先輩!」
がばり、とその場に跳ね起きた二人は、だが室内がしん、と静まり返っている事に首を捻る。
「……大きな音が聞こえたと思ったんだが……」
「それ、俺にも聞こえましたよ……? だから夢じゃないと思うんですけど……」
二人してあれ? と不思議そうな表情を浮かべていると、再びガラスが割れる音が聞こえて来た。
「その音」は、薄らと空いたベランダの窓の隙間から聞こえて来ているようで、音の発信元はどうやら外のようだった。
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