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 晃太は、行きたくないと渋る理仁を無理矢理クリーニング店まで引っ張って行くと、理仁と共に店内に入り受け取りのカウンターに行く理仁の後ろに着いて行く。

「大隈様ですね、少々お待ち下さい」

 理仁が受け取りの半券を見せると、店員の女性は爽やかな笑顔を浮かべて店の奥へと入って行く。

「おい、飯沼……。俺はゲーセンなんか行かないからな。行きたきゃ一人で行けよ?」
「えぇっ!? 嫌ですよ、先輩も行きましょう! ここで会ったのも何かの縁ですし、ほらっ可愛い後輩と親睦を深めると思って付き合って下さいよ!」
「可愛い後輩は自分の事を"可愛い後輩"だなんて言わないし、どうせなら俺は可愛い女性社員と親睦を深めたいわ」
「あー……俺の同期とかどうです?」
「……若いノリに着いていけなかったからパス」

 飲み会で相席した晃太と同期の女性社員の事を思い出して、理仁は嫌そうに眉を顰めるときっぱりと言い放つ。

「ははっ! 理仁先輩、俺とそんなに歳変わらない筈なのにおっさんみたいですよ!」
「おっさんって言うな。お前も社会人を二年もやってりゃあ分かる、俺だって新入社員の時は毎日元気だったわ」

 晃太の「おっさん」と言う言葉に、理仁はむっとして些か唇を尖らせながら言い返すと、そんな理仁の姿も新鮮で楽しいのだろうか。
 ケラケラと晃太が楽しそうに笑っていて、理仁は解せない。

 二人がくだらない事で言い合いをしていると、先程奥に行ったクリーニング店の店員が理仁が預けたクリーニングを持って戻って来た。

「──大隈様、お待たせ致しました。ご確認をお願い致します」
「あ、はいっ。ありがとうございます」

 営業スマイルを浮かべる店員に、理仁も咄嗟に営業スマイルで言葉を返す。

 今の会社の営業部に配属されてから営業として仕事を覚え、真面目に仕事をし続けたお陰か、理仁は最早息をするように営業スマイルを浮かべる事が出来るようになった。
 そのお陰か、第一印象で「冷たそう」と言われる事が少なくなり、今では理仁への第一印象は真反対にまでなっている。

「あれ、理仁先輩スーツをクリーニングに出してるんですね」

 店員から受け取った物を見て、晃太が後ろからひょいと理仁の手元を覗き込み言葉を掛ける。
 理仁は店員から預けていた全てのクリーニングした服を受け取ると、それを手に持ち店を出る。

「ああ。スーツは型崩れさせたくないし、長持ちさせたいからな」
「ワイシャツもクリーニングに出してるんですね?」
「商談の時とかに着ていく物はな。社内で事務仕事する時なんかは安いワイシャツだけど」

 理仁の言葉に晃太は興味深そうに「へえー!」と声を弾ませて真面目に理仁の話に耳を傾けている。

「……だから、クリーニング終わりの服が多いしスーツは直ぐに家に持ち帰りたいからお前の誘いは却下な。一人で遊んで来い」
「えぇっ俺、理仁先輩が自宅に戻って置いてくるの待ってますよ! はっ! それか、理仁先輩の家で遊ぶのも有りっちゃあ有りですね!」
「はあ? 何で俺の家にお前を招待しなきゃならないんだよ。絶対に嫌だからな?」

 スタスタと歩を進め、理仁はマンションの方向へと帰って行くが、晃太は気にもせずに理仁の後を着いて行く。

「そう言わずに……! 俺もっと理仁先輩と仲良くなりたいんすよね。仕事への打ち込み方とか、商談相手とのスムーズな話の進め方とか本当尊敬してて! 俺も理仁先輩みたいにカッコイイ頼れる社会人になりたいんですよ!」
「──そ、そうなのか」

 真っ直ぐな晃太の褒め言葉に、理仁が若干照れてふい、と視線を逸らす。
 手放しに直球に褒められるのは悪い気はしない。
 後輩が、「カッコイイ先輩」と憧れるような人物になっているのか、と理仁はむず痒さを感じながら歩を進める。

「だ、だがそれとこれとは別だろう? せっかくの休日に、仕事関係の人間を部屋には入れたく──」
「あっ、俺ビール券持ってるんです! 理仁先輩ビール好きですよね? 沢山あるんで、ビールいっぱい買いますよ! それ手土産でどうっすか?」
「……しょうがないから特別に入れてやるよ」

 そこまで言うなら仕方ない、と言う態度で理仁はあっさりと陥落した。






 理仁と晃太は、マンション近くのコンビニでこれでもか、と言う程缶ビールを買い込む。
 コンビニは、先日隣人の琴葉と偶然会ったコンビニの為、理仁は店内に入ると無意識に琴葉の姿を探してしまったが、今日は部屋で映画を観ると言っていた事を思い出し、流石にこの時間に居ないだろうと思い直す。

 男二人で両手いっぱいに缶ビールが入ったコンビニの袋をぶら下げながらマンションへと辿り着くと、理仁は晃太を伴い自宅の扉前までやって来た。

「滅茶苦茶綺麗なマンションですね! 駅からもそんなに離れて無いし、会社からも一本だしいいなあ」
「まあな。利便性が良くてここに決めたくらいだし、気に入ってる」

 晃太と会話しながら鍵を開けて中へと入ると、理仁は晃太に向かって「どうぞ」と声を掛ける。
 晃太は「お邪魔します」と弾む声を上げながら理仁の家に入って行った。
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