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「──は、?」

 理仁がぽかん、と驚きに口を開けて隣の家の扉を見詰めて居ると理仁の目の前で扉がガチャリ、と勢い良く開いた。

 ──お隣の女性だろうか、と理仁は考えたがその扉からのそりと姿を表したのは理仁と同年代か、年上くらいの男性で、扉から出てきた男性もまさか理仁が居るとは思わなかったのだろう。
 隣の部屋の住人である理仁の姿に、その男性も驚いたかのように一瞬だけ瞳を見開いたがそれも一瞬で、ふいっと直ぐに視線を逸らすとそのままエレベーターの方へと歩いて行ってしまった。

「……ええ、何事だよ……」

 理仁は無意識に自分の腕時計に視線を落とす。
 時刻は夜の二十三時を回った所だ。
 先程の男性はラフな格好をしていた事から、そのまま寝る予定だったのだろう。
 だが、先程何かが割れるような音が聞こえて、男性だけが扉から出てきた。

 理仁は少しだけ心配そうな視線を隣の扉に向けたが、もし恋人同士の喧嘩などであれば赤の他人である自分が首を突っ込むべき事では無い。


 理仁は気を取り直して自分の家の扉を開けると中へと入った。

「週末に泊まりに来てるのか……? やっぱ彼氏かー……」

 何だか若干残念だ。
 理仁は溜息を吐き出すと玄関の電気をパチリ、と付けて革靴を脱ぎ、そのまま廊下を歩いて行く。

 半年前、理仁自身も当時付き合っていた彼女と面倒臭い事になり、別れて暫く女性はいいや、と思っていたが美人なお隣さんに彼氏(仮)が居た事に若干残念な気持ちになってしまう。

「まあ、あれだけ美人なんだからいるよな」

 理仁はコートのポケットからすっかり冷めてしまった缶コーヒーを取り出すと、それを飲む気にはならず、流しにそれを置いて洗面所へと向かった。





 翌日。
 理仁が、マンションの共用のごみ捨て場にごみ袋を持って現れると、丁度誰かがごみを捨てに来てたらしい。
 ガラガラ、とごみ捨て場の扉の取っ手を腕で引き扉を閉めている後ろ姿をぼうっと見詰めていると、その人物がくるりと振り向いた。

「──あれ、大隈さん!? おはようございます」
「へっ、あっ、藤川さん? おはようございます」

 理仁が眠気と戦いぼうっとしていると、振り向いた琴葉が朝とは思えない程の晴れやかな笑顔で理仁に挨拶をして来る。

 寝起きの格好の理仁の姿に、琴葉がクスクスと自分の口元に手をやって笑う姿を理仁は見て、ハッと瞳を見開いた。

 琴葉の数本の指にはぺたり、と絆創膏が貼られており、その絆創膏の傷口部分が若干血で滲んでいる。
 理仁は昨夜琴葉の部屋から何かが割れたような音を思い出して心配そうに琴葉に向かって唇を開いた。

「藤川さん、怪我ですか? 血が滲んでますけど……大丈夫ですか」
「え、あっ!」

 理仁に言葉を掛けられた琴葉は、恥ずかしそうに絆創膏が貼られた指先をぱっと後ろに隠すとへにょり、と眉毛を下げて理仁に言葉を返す。

「恥ずかしながら、昨日食器を割ってしまって……。片付けをしてる時に切ってしまったんですけど、小さな傷なので大丈夫ですよ、ありがとうございます!」

 にっこりと笑顔でそう答える琴葉に、理仁もそれ以上突っ込んで聞くことが出来ず、曖昧に返答を返す事しか出来ない。

 どうやら琴葉は理仁がごみを出すのを待っていてくれているようで、扉の外で笑顔で待ってくれている。
 理仁は慌ててごみを出しに扉を開けると、ぽいっと袋を集積所に投げて扉を閉めて出てくる。

 理仁が出てくるのに合わせて琴葉がマンションへと戻り始めると、理仁も琴葉に続く。

「先日、大隈さんが教えて下さった映画、今日見てみようと思ってるんです」
「あ、本当です? あれ、結構結末が賛否両論あるんで、今度感想教えてください」
「ええ! 勿論。……ふふ、私映画とか、小説とか読むの好きなんですけど、あまりこう言ったお話が出来る人が居なくて……だから大隈さんとこうした事が話せて楽しいです。楽しそうな映画を教えて下さってありがとうございます」

 本当に嬉しそうにお礼を言ってくる琴葉のきらきらとした笑顔に、理仁は眩しそうに目を細めると「どう致しまして」と何とか言葉を返した。

 理仁も、映画を観る事は好きだ。
 有名なハリウッド映画から、少しマイナーなB級映画まで、幅広く見る。
 休日や、仕事帰りにやっているレイトショーを一人で見に行く事もざらにあるのだが、趣味は映画鑑賞だと告げると周囲には良く「似合わないね」と言われてしまう。
 映画鑑賞が似合う似合わないとはどう言う事だ、といつも理仁は腑に落ちないが、琴葉は先日理仁が自分が好きな映画の話をした時もそんな事を一言も言わず、興味津々に聞いてくれた。
 しかも、琴葉も映画や小説が好きだと言うのだ。趣味も合って、話も楽しく出来そうだな、と理仁は思っていただけに残念だ。

 流石に彼氏が居る女性にそうそう気安く話し掛ける事は出来ないので、こうして理仁の姿を見て懐っこく話し掛けてくれる琴葉に甘えてついつい会話を楽しんでしまう。

 エレベーターに乗りながら、理仁と琴葉はお互いの好きな映画を話したりしながらあっという間に自分達の部屋の扉前に到着してしまい、二人は「また」と笑顔で挨拶をしてそれぞれ部屋へと入った。
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