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◇◆◇

 場所は変わって、タナストン伯爵邸。
 アレクによって自室に運び込まれたフィファナは医者に足の怪我を診て貰っていた。

 フィファナの足首に冷却作用のある薬草のような物をあて、その上から包帯を軽く巻き落ちて来ないように固定する。
 そして次に添え木を支えにして足首を更に固定するように包帯を巻き終えた医者は穏やかな表情でフィファナの座るソファ前から立ち上がった。

「これで大丈夫でしょう。二、三日は足に負担を掛けないよう、余り動き回らないようにして下さい。朝夕、一日二回この薬草を取り替えて足首を固定して様子を見て下さい。数日経っても痛みが引かなければ、また連絡をお願いします」
「分かりました。ありがとうございます、先生」
「骨に異常は無さそうか? 歩いて大丈夫なのか?」

 医者の言葉にフィファナはお礼を告げ、アレクは心配そうに尋ねる。
 アレクの言葉に医者は頷き、骨に異常はございませんよ。と答えた。

 その言葉を聞き、アレクは安堵からか力が抜けたように室内の壁に背中を預けた。

「タナストン夫人、気付かずすまなかった……。痛みが引かなければ遠慮無く私に連絡をくれ。近衛騎士団宛に手紙を送って貰えれば大丈夫だから、絶対に我慢や無理をしないで欲しい」
「ありがとうございます、殿下。私の不注意で怪我をしたも同然です。それなのに心配して下さりありがとうございます」
「──とんでもない。……そうだ、侍女のナナ、と言ったか? 夫人が動き回らないよう、しっかり看病してくれ」
「はい! 勿論です、殿下! 奥様の看病はお任せ下さい!」

 ふんっ、と胸を張るナナにフィファナもアレクもついつい笑顔になってしまう。

「それでは、夫人……。私はここで失礼するよ。リナリーを移送する準備にかかる。お大事にしてくれ」
「はい、色々とありがとうございます殿下」

 部屋を出て行くアレクと護衛騎士を笑顔で見送った後、フィファナはソファに深く沈み込んだ。

「奥様? 大丈夫でしょうか? やはり足の怪我の痛みが激しいですか?」

 おろおろとしだしてしまうナナに、フィファナはふるふると首を横に振って否定する。

「いいえ、痛みは和らいでいるから大丈夫よ、ありがとう。……それより、本館とは別にあるリナリーの部屋を確認出来なかった事が心残りで……。ほら、私も明日には実家に戻らなくてはいけないから、暫くあちらを確認する事が出来ないな、と思ったの」

 本当はこの話をした後、謎の舌打ちの存在もあって確認を止めておこうかと考えた。
 得体の知れない者が潜んでいるのであれば、いくら護衛を数人連れてあの場所に戻っても相手の人数を把握出来ていないのであれば危険には変わりない。
 暫くこの邸に戻る事が出来ない事からこの足の怪我と明日戻る事を考えてその調査が出来ない事に気持ちが沈んだ。

 そんなフィファナの気持ちを慮ってか、侍女のナナが先程のように胸を張って自信満々の表情でフィファナに向かって口を開いた。

「それでしたらご安心下さい、奥様! 奥様不在の間、掃除目的で私があちらに行きます! 普段掃除を担当している使用人に上手く言って掃除を一回だけ変わってもらいます!」
「──えっ!? けれど、それは危険過ぎるわナナ」

 ナナの提案にフィファナは難色を示すが、当の本人であるナナは「大丈夫だ」と笑顔で答える。

「使用人の中には怠け者もいるのです。そんな使用人にこちらが餌を差し出せば、交代する事はそんなに難しい事ではございません!」
「──いいえ、きっと危ない目に合ってしまうわ。リナリーの部屋については後日旦那様に正式に許可を取って行きましょう」

 フィファナにそう告げられたナナは眉を下げ、しゅんとしながら了承した。



 そうして、翌日。
 アレクはリナリーの移送のため、朝早くに邸を出、フィファナは実家に戻るために軽く荷物を纏めていた。

 侍女のナナに手伝ってもらいながら、自室で少ない荷物を詰めていると、フィファナの部屋の扉がノックされた。

 こんな時間に誰だろうか、と不思議に思いながらフィファナが返事をすると、扉の奥から想像していなかった人物の声が聞こえた。

「──私だ……。話がある、入ってもいいか」
「……旦那様?」

 フィファナと普段話していた時のヨードの声音とは違い、落ち着いた柔らかい声が聞こえて来てフィファナはついつい扉を凝視してしまう。
 ナナは心配するようにフィファナに視線を向けるが、フィファナはナナにこくりと頷いて見せる。

「分かりました。少しの時間でしたら大丈夫です」
「……分かった」

 フィファナの返事を聞いて、扉を開けてヨードが入室して来る。

 室内に入室したヨードはフィファナが荷物を纏めている姿を見て、何とも言えない表情を浮かべ、次いで侍女のナナに視線を向ける。

「──二人で話したい」
「お、奥様……」

 きっぱりと言い切ったヨードに、ナナは戸惑うようにフィファナを見詰める。
 ヨードの顔を見て、そして次にナナの顔に視線を移したフィファナはこくり、と頷いた。

「分かりました。……ですが、部屋の扉は開けさせて頂きます」
「……っ、構わない」

 ヨードの返事を聞き、フィファナはナナに退出するように告げる。
 ナナは部屋を退出する際に部屋の扉を大きく開け放ち、そのまま部屋から退出した。

 大きく開かれた扉の向こうは、使用人が動く気配がする。
 万が一、ヨードがおかしな事をしでかせば叫んでしまえば直ぐに誰かがやって来てくれるだろう。

 フィファナは扉の側に立ち尽くしているヨードに声を掛け、ソファに座らせる。
 自分は扉側のソファに腰を下ろし、ヨードに視線を向けた。

「──それで、何のお話でしょうか? あまり時間がございませんので、手短にお願い致します」
「……本当に離縁するつもりか」

 しゃん、と背筋を伸ばし硬い声音で問い掛けたフィファナに対し、ヨードは逆に俯きながら弱々しく声を漏らした。

 どんな話を切り出すつもりだろうか、と警戒していたフィファナは突拍子も無いヨードの言葉についつい間の抜けた声を上げてしまった。

「──えっ?」

 ヨードは俯いていた顔を上げ、真っ直ぐ縋るようにフィファナを見詰めたまま言葉を続けた。

「も……、もう一度関係を築き直して、夫婦としてやって行く事はもう無理か……?」
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