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「──これは。……何をやっている、お前たち。手足でも縛って拘束しておけ」
「──っ、殿下! 殿下、違うんですっ! 私は殿下を怪我させてしまうつもりはなくって! 全部あの女の! あのフィファナの策略なんです! 殿下も騙されていらっしゃるんです!」

 アレクが話していると言うのにリナリーはアレクに駆け寄り、必死になって弁明する。
 だが、王族であるアレクの言葉を平民が遮る事などあってはならない。
 直ぐに護衛騎士がリナリーを捕まえ、アレクの前に跪かせた。

「大変申し訳ございません、直ぐに拘束を致します」
「いっ、痛っ! なによっ私は男爵家の娘なのに……っ、私は貴族の娘よ! 私にこんな事をしてっ、ヨードはあんたを罰するわよ!」

 意味の分からない事を口走るリナリーに、その部屋に居るアレクと護衛騎士は眉を顰めた。

 何故、ヨードのようなただの伯爵が王族であるアレクの護衛騎士を罰する権利を持っていると思い込んでいるのだろうか。
 いくら学が無いとしても、これ程の勘違いは酷過ぎる。

「……まさか」
「殿下?」

 呟いたアレクが室内に居るこの邸の使用人達を見回す。
 すると、使用人達は皆気まずそうに顔を逸らしていて、誰一人としてアレクやリナリーの居る方向に顔を向けていない。

「──ああ、成程……」
「殿下? 何かお分かりに……?」

 護衛の言葉にアレクはこくりと頷き、跪いているリナリーの前に片膝を付いて顔を合わせた。

「……これだけこの少女が傲慢な態度を取っているのは、正す者が居なかったからだろう。タナストン伯爵は現実から目を逸らし、この少女の我儘を許し、少女を諌めようとする者達を罰したのか……」
「そのような事を、あのタナストン伯爵が……?」
「ああ。それくらいしか考えられん。贖罪のつもりで唯一生き残った少女の要望を聞き入れ、少女に従わない、逆らおうとした者達を罰したか……処刑でも、したか……? 使用人達の怯え方を見れば想像は付く」
「でしたら、この平民からは大した情報は得られないかもしれませんね。話をするだけ無駄かもしれません」
「そうだな。収穫は得られそうに無い。あの男の方に話を聞きに行こう」

 アレクはリナリーから興味を失ったようにその場に立ち上がり、さっさと部屋の扉へ向かって歩いて行ってしまう。

「えっ、え? ちょっ、ちょっと待って下さい! 私はいつになったら部屋の外に! ヨードに会わせて! ヨードに会わせてよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐリナリーにアレクは端的に命令を告げて扉から外に出る。

「……あそこまで行くと哀れだな……」

 ぽつりと呟いてからアレクはヨードの居る部屋に向かって歩いて行く。

「……夫人は邸内を探る、と言っていたが……無事だろうか。やはり私も一緒に動いた方が……いや、だがあの男と対面させたくないしな……」

 自分の顎に手を当て、ぶつぶつ呟きながら廊下を歩くアレクの視界に、廊下の角から曲がって歩いてやって来るフィファナの姿を見てアレクは自然と笑みを浮かべた。

「──夫人」
「あっ、殿下! お会い出来て良かったです、お探ししてました!」
「私を?」

 何かあったのだろうか、と首を傾げるアレクにフィファナは一旦室内で話を、と近場の客間にアレクを案内した。



 客間に入った二人は、ソファに一旦腰を下ろした。

 そして、フィファナは先程マリーと話した内容をアレクに説明して聞かせる。

 リナリーが噂を流した張本人だ、と言う証拠が得られそうだと言う事を告げるとアレクはほっとしたように表情を緩ませる。

「──そうか、夫人とタナストン伯爵の離縁が成立すれば、ゆっくりと時間を掛けて例の事件を調べる事が出来る」
「はい。私の存在が事件解決の障害となっていたような物でしたから、解決出来そうで安心致しました」
「障害、などと言わないでくれ。貴女に非は無いのだからそのように感じなくていいんだ。──だが、そうか……。様々な家から抗議され、その記録にあの平民の少女の名前が記されている可能性らか……」

 十中八九、リナリーの名前は記載されているだろう、とアレクは考える。

 誹謗中傷を広める貴族だ。
 平民の名など、あっさりと吐いただろう。

「だが、そうなると……リナリーの身を預かっているこのタナストン伯爵家が何故貴族の家に知られていなかったか……疑問は残るな」
「……! 確かに、そうですわね……」
「……汚い手を使っていなければいいが……」

 だが、とアレクは目の前に居るフィファナに明るい表情で礼を告げた。

「ありがとう、夫人。これで彼とのやり取りが優位に進める事が出来そうだ。……上手く行けば、離縁の書類に署名させる事も可能かもしれない」
「本当ですか? お役に立てて良かったです」

 アレクはソファから立ち上がり、ヨードの下へ。
 フィファナは邸内を調べるために二人で部屋を出た。
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