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 お茶会の日は、リナリーを連れて外に行くと言っていたヨードが邸内に居る。
 恐らく、王弟であるアレクが参加している事から様子を確認するために出掛ける予定を変更して邸に残ったのだろう。

(二階からじっくり見られていて……何だか嫌な気分だわ……)

 ヨードの姿があるのは執務室では無い。
 あの場所は何処だっただろうか、とフィファナが頭の中で考えている間にアレクの近くに到着したフィファナは一旦考えを中断した。

「殿下、お呼びですか?」
「ああ。二、三人程挙動不審な使用人が居た。彼らの名前が知りたい」
「そ、そんなにですか……?」

 アレクの言葉に驚き僅かに上ずった声を上げてしまう。
 周囲に聞かれていないか、とフィファナはちらりと周りに使用人達がいない事を確認してほっと息をついた。

「ああ。微細な視線の揺らぎや、足取り、体のバランスで対象が焦りや不安を感じている事が分かる。よくよく観察していれば、茶器や茶菓子を用意している最中も微かに指先が震える場面もあった」
「さ、流石ですわ……殿下。友人達と談笑しながらそれらをご確認されたのですか……」

 呆気に取られるフィファナにアレクはにっこりと笑顔を浮かべる。
 誤魔化すように「それで」と話を続けた。

「その人物達の特徴を伝える、名前を教えてくれ」

 アレクはグラスを口元に近付け、周囲から自分の口元が見えないよう隠しながらフィファナにその特徴を伝えていく。
 周囲からはゆったりと談笑を楽しんでいるようにしか見えないだろう。

 アレクから特徴を聞いたフィファナはテーブルにある茶菓子を一つつまみ、それを口に入れて茶菓子の味を楽しんだ後、ハンカチで口元を拭う仕草をしながらアレクから伝えられた人物の名前を彼に伝えた。

「──流石だな。洗濯メイドの顔と名前まで覚えているのか」
「ありがとうございます。ですが、伯爵夫人として嫁いだからには使用人の顔と名前を把握しておく事は重要ですから」
「違いないな。──ああ、そこの君」

 アレクはフィファナとの会話を途中で切り上げ、近くを通った使用人に声を掛ける。
 アレクが声を掛けた使用人は、トルソンが既に買収しているこの邸の使用人だ。
 声を掛けられた使用人は「はい」と返事をしてアレクに近付いて来る。

 フィファナはアレクから離れる前に、ヨードの事を小声で報告した。

「殿下。タナストン伯爵が二階、右から三番目の部屋からお茶会の様子を窺っております。目的は分かりませんが、お気を付け下さい」
「──分かった。ありがとう、夫人」

 にこやかな笑顔を浮かべたまま、二人は離れてフィファナは友人達の下に。
 アレクは何かを使用人に告げて、使用人に邸に案内されて行った。



「フィファナ、久しぶりね」
「マリー! 久しぶり、元気にしてたかしら?」

 アレクから離れ、フィファナが友人達の下に戻ろうとした時。
 学園時代の友人がフィファナに近付いて来た。

 マリー・リンドット。
 リンドット伯爵家に嫁いだ友人で、嫁ぎ先が王都から離れた領地のため、会うのは学園卒業以来だ。

「今日はごめんなさいね。せっかく招待してくれたのに、夫に急な仕事が入ってしまって……」
「そんな、気にしないで。マリーと久々に会えただけでも嬉しいわ。皆と会うのも久しぶりなんじゃない?」
「ええ、実はそうなの。ほら、私少しだけ田舎の領地に嫁いだじゃない? だから王都のこの雰囲気が久しぶりで。今日のお茶会を楽しみにしていたのよ」

 フィファナとマリーは顔を見合わせてふふっ、と笑い合う。
 マリーが嫁いだ領地は王都から馬車で二日程掛かる場所で、領地の中でも栄えた都市部に住んでいるとは聞いていたが、王都に比べればやはり栄え方が違う。

 フィファナとマリーが談笑していると、エラと二人の友人がやって来て、女性だけで話に花を咲かせて暫し楽しむ。
 彼女らの夫達は男性で集まり、何やら仕事の話をしているようで。

 フィファナ達が談笑していると、友人の一人が「あら?」と不思議そうな声を出した。

「何故、あの子がここに居るの? フィファナ、貴女招待したの?」
「──え?」

 招待客は彼女達だけだ。
 誰の事を言っているのだろうか、とフィファナが友人の視線の先を辿り、その姿を視界に捉えてぎょっと目を見開いた。

「あの子、リナリーだったかしら? 学園に通っていた平民の子よね? 確か、特例で入学を許されたけれど、学力不足で途中退学になっていなかった?」
「ああ、本当だわ。あの子平民のリナリーよ。私達、貴族クラスに何度も近付いて来ていたでしょ?」
「──っ、リナリーを知っているの?」

 友人達がリナリーを知っていた事に驚き、フィファナが話し掛けると、友人は「ええ」とあっさり頷いた。

「フィファナやエラ達は知らないかもしれないけど……ほら、恥ずかしいけれど私達は噂話大好きだったから」
「あの子、支援者パトロンか何かに頼んで学園に入ったはいいものの、学力不足で退学になった、って一時期噂になったのよ」
「……フィファナ、そう言えばある時期から貴女への噂がぱったりと止んだわね」

 友人達の話を聞いたエラがリナリーを見詰めたまま静かにそう言葉を零す。
 エラの言葉を聞いて合点がいったフィファナは頭を抱えて「そう言う事ね」と呟いた。

 フィファナ達の間でそんな事を話されているとは知らないリナリーは笑顔を浮かべながらフィファナ達に向かって近付いて来ていた。
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