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 ぼうっと惚けたままのヨードをその場に残し、フィファナ達三人は談笑しながらハリーが手配してくれたと言う部屋に向かい歩く。

 既に王族は会場に入り、軽い挨拶が終わっている。
 国王や王妃の姿は無く王太子やその婚約者の姿があった事から二人の婚姻が近いのだろうと言う事が伺える。

 そのため、夜会に参加している貴族達はこぞって王太子とその婚約者の元に挨拶をしに行っている。
 何処かで挨拶をしに行かなければならないだろうが、その時ヨードはどうするのだろうか。
 挨拶する人間が多く、もしかしたら参加している間に挨拶が出来ないかもしれない、と薄ら考えていると、ハリーとエラが声を潜めて話し始めた。

「全く……ぼけっとしちゃって、とっても残念な方ね、伯爵は……っ!」
「まあまあ、あまり大きな声で話すと周囲に聞かれてしまうだろう、エラ。フィファナ嬢に迷惑が掛かったら大変だ」
「やだっ、ごめんなさいフィファナ……! 私、貴女から貰った手紙を見てから本当に悔しくって……!」

 ぷりぷりと怒っていたエラがくるりとフィファナを振り返り、がしりと両手を握って来る。

 突然両手を握られた事でフィファナはぱちくりと目を瞬かせ、次いでふふふ、と声をだして笑う。

「ふふっ、ごめんなさい……っ、二人が私より怒っているのが何だかおかしくって……」
「全く……君は学園に居る時から変わらないな……。私もエラから手紙を見せて貰って驚いたよ……嫁ぎ先でそんなに不可思議な事が起きているなんて……」

 ひそり、と声を潜めて話すハリーにフィファナも真剣な表情を浮かべる。
 フィファナの視線を受けて、ハリーは小さく溜息を吐き出した後、「こちらへ」と二人をテラスに誘導する。

「──あら、? お部屋には行かないのですか?」
「ああ、あれはあの場を抜ける為に咄嗟についた嘘だからね。けれどフィファナ嬢と話したがっている友人が居るのは本当だから、後で改めて部屋を取ろう」

 こくりと頷くフィファナとエラと共にテラスに出たハリーは周囲に聞こえないように気をつけながら先程の続きを話し始める。

「さっきの話の続きだが……。フィファナ嬢が記載していたラティルド男爵家。その男爵家は確かに存在していたよ」
「……存在していた、?」
「ああ。今は存在していないらしいね。何年前までその男爵家が存在していたのか……そして何故男爵家が無くなってしまったのか……すまないがその理由までは調べるのに時間が足りなくて分からなかったんだ」

 ハリーの言葉が、フィファナの耳に嫌に残った。



◇◆◇

「……っ、ヨードっ、ヨード! 何で来てくれないのっ、ヨードヨードヨード!」

 時は少しだけ遡り、フィファナとヨードが夜会会場に入って暫し。

 リナリー・ラティルドは「すぐに迎えに来る」と言っていたヨードが一向に姿を見せない事に苛立ち、馬車の中で喚いている。

「すぐに来るって言ってたのに……こんな場所で馬車の中に置き去りにするなんて酷いわ……」

 リナリーが乗った馬車は、会場の馬車止めに移動している。
 あのまま正面から会場に入ろうとしても、きっと通して貰えないだろうとヨードは言っていた。
 だから、馬車に残ったまま会場の馬車止めに来て、そこから薄暗い庭園に入り込めば上手く紛れる事が出来る。
 見つかってしまったら大変な事になる、とヨードに言われていたリナリーは暫く大人しく馬車の中で待っていたが、それも限界がやって来た。

 少し遠くの方でざわざわと沢山の人の気配がして、煌びやかな夜会会場で楽しいひと時を過ごしている人が多いのだろう。
 そんな素敵な空間に自分だけが参加出来ていない事に痺れを切らしたリナリーは、そっと窓に引かれたカーテンを指先でどかし、周囲を確認する。
 周囲に人の姿が無い事を確認したリナリーは馬車の扉を開けてそうっと顔を出し、急いで馬車から降り立った。

「……この格好なら、庭園で迷子になってしまった参加者だと思われるわよね……」

 もし誰かに見つかってしまったとしても、迷子だと言い張れば良い。
 そう考えたリナリーはにんまりと口元を歪めて笑い、とととっ、と軽い足取りで人の気配がする方へ向かった。



 リナリーが薄暗い庭園を進んでいると、何処からか複数の声が聞こえて来る。

「──っ!」

 男の人だ、とその声で瞬時に判断したリナリーは急いで庭園の植え込みの影に隠れる。

 こんな薄暗い場所で複数の男性に囲まれてしまったら何をされるか分からない。
 ドキドキと嫌な音を立てる心臓に「静まれ」と心で念じながら、リナリーは声を出してしまわないように自分の口元を手のひらで押さえる。


「そう言えば、久しぶりにフィファナ・リドティーを見たぞ」
「ああ、旦那と一緒に来てたな」
「相変わらず綺麗なまんまだな、ちくしょう。学園でのあの噂って本当だったのか?」
「噂?」
「ああ、一時期変な噂が流れてただろ?」

 男達が話す内容に、リナリーは含み笑いが漏れてしまいそうになるのを必死に抑える。

「あの噂、真っ赤な嘘だって聞いたぞ?」
「本当かよ? もし噂が本当だったら俺も相手にして欲しかったんだけど……そっか、噂か……」
「そりゃそうだろ。婚約者がいながら、そっち方面が奔放なんてなぁ……」
「だよなぁ。今日のあの感じだと夫婦仲も良さそうだったし……あんなに綺麗な妻を持てて羨ましい限りだよな」
「そうだよな。俺の妻も見習って欲しいくらいだよ」

 談笑する声が次第に離れて行き、リナリーの近くから完全に人の気配が消える。
 だが、リナリーは蹲った体勢から動き出す事が出来ず、怒りにぶるぶると震える。

「あの女……っ、全部全部あの女のせいよ……っ」

 リナリーは目の前に咲く、見慣れぬ花をぐしゃり、と握り潰した。

◇◆◇
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