王配は18歳

海水

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【1】やってきたのは18歳

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「お久しぶりですレナードです。マルティナ叔母様の王配になりにきました!」
 丸顔で、未だあどけなくも見える金髪の青年は、驚きで目を見開いたマルティナに柔らかく微笑んだ。

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 ゴンドール女王国女王、マルティナ・ゴンドールは、キツめに見えるが、歳を考えれば相当若く、美しく見えるその顔を曇らせ、大いに悩んでいた。国同士、仲が良い訳ではなかった隣国、トバイアス王国と突然紛争状態になったのだ。
 しかもそのトバイアス王国の後ろ盾には地域大国が控えていた。兵力は単純に倍。いつの間にか国境線に軍を集結させていたらしく、昨晩軍勢が国境を越えたと早馬から連絡が来たのだ。
「どう考えても、勝ち目はないわね」
 腰まではあるかという長い亜麻色の髪をテーブルに咲かせながら、マルティナはため息をついた。
 テーブルの上には国周辺の地図。乗せてあるのは兵を表す駒。自軍の駒よりも敵軍の駒の方が多い。急な事態に自軍の展開すらもままなっていないのだ。
 森林豊かで山が無いゴンドール女王国は、攻められると脆い。唯一森林が行軍の邪魔をしてくれていた。
「クリューガー王国に援軍の打診はしたよ」
 テーブルの向かいに座る初老の女性、宰相のソラリエ・レイブンがその黒い髪をばさりとかきあげた。もう五十も半ばなのに髪は艶やかで黒々として、見た目の年齢を惑わせている。比較的サバサバした性格とややふくよかな体格から、山姥と陰口を叩かれる女傑である。その彼女が、ふぅ、とため息をつき、頬杖をした。
「夫の祖国とはいえ、もう亡くなってから八年は経つから……」
 マルティナは長い睫を伏せ気味にした。不安げな表情を隠せないでいる。
 マルティナの王配で故人のゲイツリッヒ・ゴンドールは、隣国クリューガー王国の第二王子だった。十年前、ここゴンドール女王国に王配として嫁いできたのだ。
 ゴンドール女王国とは、代々女王が支配者となり、国を治めてきた国だ。建国当時は王だったが、跡目争いが耐えず、国家が疲弊してしまったために女王を君主と改めた。それ以降は跡目争いが亡くなり治世が続いていた。
「でも同盟国に違いは無いんだ。さっき届いた書状には『国内最強戦力を送る』と書いてあった。そいつを信じるしかないね」
 ソラリエは苦い顔で書状をぽいっとテーブルに投げた。
 クリューガー王国も地域の大国だ。ゴンドール女王国とは親戚関係にあり、ゴンドール女王国を抜かれると、国境に敵国が出現することになる。彼の国にとってもゴンドール女王国が負ける事は避けたいはずなのだ。マルティナとソラリエはそこに期待していた。
「最強戦力って、なにかしら?」
 マルティナの、皺のないはずの眉間には皺が寄りっぱなしだ。ここのところ陶器のように白く艶やかな顔には陰りばかりで、城の騎士や大臣などは心配していたが事情が事情だけにさもありなん、とどうする事もできずにいた。
「分らないねぇ。騎士団でもなさそうだし。聞いたことも無いからねぇ」
 ソラリエもふくよかな胸を誇張するかのように腕を組んで口をへの字に曲げた。クリューガー王国も大国故に大軍を擁している。それも精鋭と呼べる軍団もあった。国内の最強戦力と言うのであれば、それらの軍団が来るのかとも思われた。
「でも書状の最後にある『そいつを王配にしてやってくれ』って一文が気になるのよね。私に再婚しろってことなのかしら?」
 マルティナも首を傾げる。国の危機なのだから、助ける代わりに再婚しろと言われれば、いう事を聞くしかないとは思っている。だた相手が分らないし、まずは攻めてきている敵を撃退してからの話だ。
「ともかく、援軍が来るんだから無駄に兵を消耗しない様に守りを固めるんだ。偵察も忘れない様にね」
「それしかないわね」
 ソラリエの言葉に、マルティナも強く頷いた。そうして軍に戦略的後退を指示し、住民に避難させていた矢先、クリューガー王国からの援軍が来た。
 一人の、まだ少年から青年になったばかりの男性が、城の門を叩いたのだ。




「お久しぶりですレナードです。マルティナ叔母様の王配になりにきました!」
 丸顔で、未だあどけなくも見える金髪の青年か、驚きで目を見開いたマルティナに柔らかく微笑んできた。
「えっと、あの、レナード君?」
「はい!」
 マルティナの困惑した声に、レナード・オールドカースルは鈍色の瞳を輝かせ、元気よく答えた。応接室で同席している女傑ソラリエは、あんぐりと開けた口を閉じれないでいる。
「この度クリューガー王国からの増援として、ゴンドール女王国に参りました!」
 何の疑いも混ざらない眼差して、マルティナを見つめてくる。マルティナには、彼の顔の周りにキラキラと何かが煌めいて見えていた。
 ――生まれながらの王子様だわ
 レナードはクリューガー王国の国王の王弟の子供だ。亡くなってしまった夫の甥であり、血のつながりは無いが、マルティナの甥である。
 幼い時から知ってはいた。
 柔らかな金髪に鈍色の瞳。優しい男の子であり、丸顔がさらにその印象を強くさせていた。いつも小鳥をちょこんと頭に乗せて、キラキラと瞳を輝かせていたのも知っている。栗鼠などの小動物とも戯れていた。
 その可愛らしい甥が、増援としてやってきた。しかもたった一人で。
「えっと、その、レナード君は一人で来たの?」
 マルティナの尋ね方も幼い子にするようなものになっていた。
「マルティナ叔母様、僕も十八になりました! もう立派な大人です!」
 キラキラと輝く鈍色の瞳に喜びの色を浮かべ、レナードが胸を張った。十八と言われてもそうは見えないのは困りものだ。
「そ、そっか、もう十八なんだね」
 マルティナは困惑しっぱなしだった。久しぶりに会った甥にいきなり『王配になりにきた』と言われ、しかも増援は彼一人。確認しようにも、き人すらいないのだ。
 それはソラリエも同様だった。彼女はこの状況に声すらも出せないでいる。
「はい! 大好きなマルティナ叔母様の元に嫁ぎに来ました!」
 マルティナはレナードの素直な言葉に頬を熱くしながらも冷静だった。
「あのね、レナード君。今、この国は危機に瀕しているの。トバイアス王国に戦争を仕掛けられてしまっているのよ」
 マルティナは幼子を諭す様にレナードに話す。実際にマルティナとレナードは十四歳離れているのだ。マルティナは三十二歳、レナードは十八歳。子ども扱いも仕方がない。
 だがその扱いが、レナードには不服だったようで、彼は頬を膨らませている。そんなところが幼いという事には気が付いていないようだ。
「マルティナ叔母様、僕がこの国を助けます! 心配しないでください! でもその時は、僕を婿にしてくださいね」
 彼はにこやかな笑顔で、朗々と宣言したのだった。




 それから数日間、城は揺れに揺れた。援軍が来ると信じていたら、来たのは、王弟の子供とはいえ一人の青年。しかも、どう贔屓目で見ても、戦えそうには思えない優しそうな青年だ。
 来ると思われた軍勢の姿もなく、レナードは中庭で鳥を頭や肩に乗せ戯れている。軍の将軍たちは憤慨していた。
「同盟国を、見殺しにするのか!」
「敵は万に近い。我軍の倍なんだぞ!」
「もう駄目だ、降伏するしかない」
アイツレナードを人質に差し出せばいいんだ!」
 こんな意見しか出てこない。
 戦力の違いから、勝利することは想定されなかった。マルティナの疲労は増すばかりだ。
 それでもトバイアス王国の軍勢が止まる訳でもないが、何故か進軍速度がガクンと落ち込んでいた。国境を越えた森に入ってからから、さほど動いていないのだ。その為にまだ国は生き長らえているともいえた。
 そんな混乱の中、将軍の一人が急死した。朝、侍女が起こしに行ったら冷たくなっていたというのだ。寝るときは元気だったのを侍女や家族が見ていた。死因は不明。調べようが無かった。
「悪い事は続くもんだねぇ」
 艶のある黒い髪をかきあげソラリエが嘆く。マルティナとソラリエの二人は女王の執務室で打ち合わせだ。二人は、中庭で小鳥と遊んでいるレナードを窓から見ている。柔らかな日差しの中で戯れているレナードを見ていると、戦火に怯えていることも忘れてしまいそうだった。だが現実は甘くはない。
「将軍に続いて左官クラスにも変死者が出てるのよね」
 マルティナは、嬉しそうに笑って鳥と遊んでいるレナードを見て目を細めた。
 彼女には子供がいない。結婚して二年で夫を亡くした。夫であるゲイツリッヒが視察先で突然倒れたのだ。調べても死因は分らず、事故扱いとなった。
 悲しみにくれるマルティナに更に不幸が襲った。両親も相次いで亡くなったのだ。当時の女王と王配だった二人が亡くなったことで、マルティナは二十四歳で女王になった。ならざるを得なかったのだ。それからずっと一人で国を支えていた。
 新たな王配はとらず、ソラリエが母親代わりをしてくれて、今まで頑張って来たのだ。マルティナは、この国を、諦めたくはなかった。
「レナードは、生きて国に返さないとね」
「あぁ、そうだねぇ」
 女王と宰相の意見は、同じだった。レナードは可哀想に巻き込まれたのだ。せめて生きてかえさねば、との思いが募った。
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