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第四話
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春も終わり、長雨の時期も過ぎました。彼が最後に来てから、すでに数か月。ラヂオからは毎日戦況が流れてきます。
どこそこの戦いで勝った。戦死者は何人だ。相手の船を沈めた。こんな言葉が蔓延しています。
兄のすゝめもあったので、長持ちしそうな食料や日用品はかなり買い込んでありましたが、言うほど不足しているわけではないようです。普通に商店で買う事も出来ます。街は騒がしくもなく、至って普通です。
ただ、行っているであろう彼の消息は分かりません。彼には家族もいませんから、万が一の時の連絡も、どこに行くのかも分りません。
不安で胸が痛い日が続きます。
「無事でしょうか……」
雨漏りがしなくなった家で、雨が降るたびに、彼の事を思い出します。仏壇にいる父に、彼の無事を祈る毎日です。
「明日から、俺も出る」
兄が帰って来て、そう言いました。
「まぁ、勝ち戦だから心配するな」
兄は仏壇に向かって、そう言いました。戦況はラヂオが言っているように、優位に進んでいる様です。私にはそれが良いことなのか、判断が付きません。ともかく、彼が無事に帰って来れることを祈るだけです。
「海軍が頑張ってるから、本土は安全だ。これからは、今後刃向かってこない様に叩きのめすんだ」
兄はその為に行くのだとか。
「行かなければいけないのですか?」
「言葉が通じる相手なら、話し合いもできるが、言葉が意味をなさない国なら、軍事力で話すのが外交という物だそうだ」
外交部にいる兄の同期の方の言葉だそうです。悲しい事だがこれが現実なのだと、兄は言います。
「ま、お前は心配せずに、家を守っていてくれ」
そう言って兄は微笑みました。兄も、彼と一緒です。
うだるような太陽が威張る季節も終え、金色の稲穂が首を垂れ始めました。ラヂオからは相変わらず戦況が伝えられますが、以前ほど頻繁ではなくなりました。もう終わりが近いのでしょうか。でも、兄も、彼も、まだ帰って来ません。私は一人です。彼と兄の無事を、仏壇の父に祈る毎日です。
木枯らしが吹き、月の季節も過ぎ去りました。ラヂオからは、相手が降伏した、との声がします。戦争は、終わったようです。私は仏壇に祈ります。彼と兄の無事を。
家の周りは静かです。騒ぐ者もいません。みな、毎日を淡々と過ごしています、本当に戦争などあったのでしょうか?
灰色の空から粉雪が舞う中、兄が帰ってきました。隣には見知らぬ女性がいます。
「結婚する事になった」
兄がそう言うと、隣の女性は俯き加減で頭を下げてきました。
「えっと、おめでとう、御座いま、す?」
「もうちょっと祝えよ」
「帰るなり、お嫁さんを連れてくるからです」
「あ、あの、始めまして!」
兄のお嫁さんになる女性が、ぺこりとお辞儀をしました。
「とまあ、そんなわけで俺は家を出るから」
兄は笑っています。
「出征前に結婚の約束をしたわりには、随分と手際が良くないですか?」
「まぁ、そのつもりで住むところを探してたからな」
いつの間にやら兄にも恋人がいたようです。そう言えばこの女性は、父の葬儀でも見かけたかもしれません。その時は忙しくて、てんてこ舞いでしたから……
「ま、だからお前も気にせずにうまくやれ」
「……この家は守りますけど、うまくって?」
兄は大きなため息をつきました。
まったく、なんですか、失礼な。
隣の女性も苦笑いをしています。
私が何をしたというのでしょうか。
「俺達空軍は終わりだが海軍はまだやることが山積みだろうがな」
「戦争は終わったのでは?」
「終わったさ。終わったら今度は後始末が始まるんだよ」
兄が言うには、相手の国から不法に侵入しようとする輩がいるそうです。その人達を捕まえて送り返すのだとか。大体、戦争に負けただけなのに祖国から逃げ出す人間に、まともな奴はいないそうです。確かに祖国を見捨てるような方はどうかとは思いますが。
「船も何隻か沈められている。ま、戦死者名簿に彼の名前はなかったが」
兄の言葉に、目の前が真っ暗になりました。
戦死。
私の頭にその言葉が木霊します
「早とちりするな。名簿にはないんだから」
兄が眉間に皺を寄せて窘めてきます。でも私の心臓は、働き過ぎで倒れそうです。
「何か情報を掴んだら教える」
兄と女性は、帰っていきました。私は仏壇の父に手を合わせました。どうか無事でありますように。
彼はまだ、帰ってきません。
行く年を惜しむ鐘の音がなり、新しい年が挨拶をしてきましたが、彼の行方は不明なままです。近くの神社に、彼の無事を願いに行きます。
一人で迎える新年は、寂しいものです。父に新年のお酒を供え、祈ります。何処からか聞こえてくる、笑い声や新年を祝う声も、私には煩わしく聞こえてしまいます。
彼が見つけてきた猫ちゃんは、座布団で丸くなっています。寒くてネズミも出てきません。出番待ちのいい身分です。
「あなたは、お餅は食べないわよね」
話し相手は三毛猫ちゃんです。煮干ししか食べません。早く帰ってきてくれないと、私は霞になってしまうかもしれません。
どこそこの戦いで勝った。戦死者は何人だ。相手の船を沈めた。こんな言葉が蔓延しています。
兄のすゝめもあったので、長持ちしそうな食料や日用品はかなり買い込んでありましたが、言うほど不足しているわけではないようです。普通に商店で買う事も出来ます。街は騒がしくもなく、至って普通です。
ただ、行っているであろう彼の消息は分かりません。彼には家族もいませんから、万が一の時の連絡も、どこに行くのかも分りません。
不安で胸が痛い日が続きます。
「無事でしょうか……」
雨漏りがしなくなった家で、雨が降るたびに、彼の事を思い出します。仏壇にいる父に、彼の無事を祈る毎日です。
「明日から、俺も出る」
兄が帰って来て、そう言いました。
「まぁ、勝ち戦だから心配するな」
兄は仏壇に向かって、そう言いました。戦況はラヂオが言っているように、優位に進んでいる様です。私にはそれが良いことなのか、判断が付きません。ともかく、彼が無事に帰って来れることを祈るだけです。
「海軍が頑張ってるから、本土は安全だ。これからは、今後刃向かってこない様に叩きのめすんだ」
兄はその為に行くのだとか。
「行かなければいけないのですか?」
「言葉が通じる相手なら、話し合いもできるが、言葉が意味をなさない国なら、軍事力で話すのが外交という物だそうだ」
外交部にいる兄の同期の方の言葉だそうです。悲しい事だがこれが現実なのだと、兄は言います。
「ま、お前は心配せずに、家を守っていてくれ」
そう言って兄は微笑みました。兄も、彼と一緒です。
うだるような太陽が威張る季節も終え、金色の稲穂が首を垂れ始めました。ラヂオからは相変わらず戦況が伝えられますが、以前ほど頻繁ではなくなりました。もう終わりが近いのでしょうか。でも、兄も、彼も、まだ帰って来ません。私は一人です。彼と兄の無事を、仏壇の父に祈る毎日です。
木枯らしが吹き、月の季節も過ぎ去りました。ラヂオからは、相手が降伏した、との声がします。戦争は、終わったようです。私は仏壇に祈ります。彼と兄の無事を。
家の周りは静かです。騒ぐ者もいません。みな、毎日を淡々と過ごしています、本当に戦争などあったのでしょうか?
灰色の空から粉雪が舞う中、兄が帰ってきました。隣には見知らぬ女性がいます。
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兄がそう言うと、隣の女性は俯き加減で頭を下げてきました。
「えっと、おめでとう、御座いま、す?」
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兄のお嫁さんになる女性が、ぺこりとお辞儀をしました。
「とまあ、そんなわけで俺は家を出るから」
兄は笑っています。
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「まぁ、そのつもりで住むところを探してたからな」
いつの間にやら兄にも恋人がいたようです。そう言えばこの女性は、父の葬儀でも見かけたかもしれません。その時は忙しくて、てんてこ舞いでしたから……
「ま、だからお前も気にせずにうまくやれ」
「……この家は守りますけど、うまくって?」
兄は大きなため息をつきました。
まったく、なんですか、失礼な。
隣の女性も苦笑いをしています。
私が何をしたというのでしょうか。
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「戦争は終わったのでは?」
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兄が言うには、相手の国から不法に侵入しようとする輩がいるそうです。その人達を捕まえて送り返すのだとか。大体、戦争に負けただけなのに祖国から逃げ出す人間に、まともな奴はいないそうです。確かに祖国を見捨てるような方はどうかとは思いますが。
「船も何隻か沈められている。ま、戦死者名簿に彼の名前はなかったが」
兄の言葉に、目の前が真っ暗になりました。
戦死。
私の頭にその言葉が木霊します
「早とちりするな。名簿にはないんだから」
兄が眉間に皺を寄せて窘めてきます。でも私の心臓は、働き過ぎで倒れそうです。
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兄と女性は、帰っていきました。私は仏壇の父に手を合わせました。どうか無事でありますように。
彼はまだ、帰ってきません。
行く年を惜しむ鐘の音がなり、新しい年が挨拶をしてきましたが、彼の行方は不明なままです。近くの神社に、彼の無事を願いに行きます。
一人で迎える新年は、寂しいものです。父に新年のお酒を供え、祈ります。何処からか聞こえてくる、笑い声や新年を祝う声も、私には煩わしく聞こえてしまいます。
彼が見つけてきた猫ちゃんは、座布団で丸くなっています。寒くてネズミも出てきません。出番待ちのいい身分です。
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