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第四話 こんな事もあろうかと

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「ふふ、プリンの対生物探知レーダー化は成功だ」

 薄汚いエプロンをかけた体を反らし、源蔵がニヒルに笑った。童顔に皮肉っぽい表情が似合っていない事を良人はツッコもうかとも思ったが、仕返しが怖いので躊躇した。
 常識を破り捨てる源蔵のスタイルに、良人はイマイチついていけてない。

「先生、どんなステキ機能があるんですか?」

 紅葉が胸の前で手を組み、ウットリと源蔵を見つめている。
 羨ましいと思う反面、キタナイ物を見るような蔑む目で見られる方がいいと思う良人も、変態集団化学倶楽部の部員たる資質を持っているのだが、自身はその事に気がついていない。

「ふふ、機能を紹介しようじゃないか!」

 源蔵がマントを翻すような動作をすると、何の変哲もない筈のプリンにスポットライトが当たる。七色に輝く光に当てられたプリンは、どことなくスゴイプリンに見えるから不思議だった。

「先生、このライトは?」
「こんな事もあろうかと、去年仕込んだんだ」
「流石先生!」
「先生、プリンに照明を当てる意味は」
「カッコいいからだ」
「流石先生!」

 良人のツッコミからの源蔵ー紅葉ラインはもはや様式美の域に達していた。
 
「進まないのでトクトクと説明しよう!」

 源蔵がスポットライトに照らされた。時間がスローモーションになり、爽やかな顔の源蔵の額から汗が飛び散る。源蔵の指がテーブルの上のプリンを捕えた。

「今、このプリンには一子相伝の秘術が籠められたナノマシンが注入され、私、紅葉君、良人君以外の生命体が接近したら地殻変動を発生させるレベルのちょっとした爆発を起こす対生物探知レーダーになった!」
「すっごい迷惑で危険極まりないプリンですね」
「流石先生!」

 自慢と困惑と憧れと、三者三様の表情を浮かべる混沌とした空気の中、良人はいち早く我に返った。

「先生。ナノマシンが一子相伝の秘術と関係あるのかはあえて聞きませんが」
「そこが重要なんだが、まぁいい続けたまえ」
「だからこそ無視しますが、ナノマシンは科学の分野ではないのですか?」

 良人はしてやったりと思った。色々と混乱させられた腹いせに厳しいところをついた、核心的な疑問をぶつけたと思った。
 
 思っていた。

「科学なんて化学の一分野でしかないじゃないか」

 渾身の一撃を放ったと思っていた良人は、ツマラナサそうな顔の源蔵の一言に粉砕された。

「な、なんで……」

 愕然とする良人に、源蔵が更に畳み掛けてくる。

「ナノマシンは何で出来ていると思う?」
「何って……」
「物質、だ」

 源蔵がエプロンのポケットから細長い棒を取り出し、シャっと音をたてそれを伸ばした。授業でよく使う黒板を指す棒だった。

「いいかい良人君」

 源蔵が突き刺さん勢いで良人の眉間にその棒を向けてきた。先端からレーザーが照射され、良人の眉間につらつらと『肉』の文字が書かれていく。
 紅葉が口をぎゅっと閉じて笑いをこらえているのが見えるが、良人にはその原因がわかっていない。
 良人は二人だけの隠し事かと思い、ムッと口をアヒルにする。

「僕で遊ばないでください」
「君は弄り甲斐がある人材だ。今のご時世、貴重だぞ?」
「どの辺が貴重なんですか!」
「もっと自分に自信を持ちたまえ」
「何の自信ですか……」

 かみ合わない会話に見切りをつけた良人はがっくりと肩を落とした。その間にも良人のおでこには『中』の文字が書かれていた。




「さて、話を続けても良いかな?」

 童顔に満足げな笑みを浮かべた源蔵が長い棒をクルクルとバトンの様に手で弄んでいる。

「えぇ、結構ですとも」

 良人は不機嫌に答えた。
 もう蛇でも茄子でもピーマンでも持って来いと言う心境だった。
 良人は諦めを悟った修験者に昇格していた。

「ナノマシンは物質でできている。これは真理で絶対だ」
「まぁ、百歩譲らなくても、そうですね」

 「生意気を言う」と源蔵の眉がびにょんと跳ね上がる。

「そう、物質を扱う学問といえば何だ?」
「化学です、先生!」

 良人の言うべき答えを紅葉が横取りした。

 ――これ僕のいうべきこと!

 良人は横取りされた四十満よりも悔しがった。源蔵は軽い拍手を嬉しそうな紅葉に送っている。それも良人には悔しかった。

「化学だからって、なんですかッ!」
「ナノマシンは極小の機械だ。機械は物質からできている、故に化学である。だからナノマシンは化学の産物という事だ」
「詐欺師の論法ですよね?」
「欺瞞の三段論法といいたまえ」
「何でもありですね」
「そう、何でもありだからこそ、アカシックレコードは化学によって成り立っているともいえるのだ」

 どこからともなくファンファーレが鳴り響き、天井からは謎の紙吹雪が巻き起こる。紅葉は黄色い声で源蔵を讃えていた。
 
 ――なんかもう、置いてけ堀なプリンが可哀想に思えてきた。

 舞い散る紙吹雪の中、良人はぽつんと佇むプリンに目を向けた。硬質なプラスチックの容器に入ったままのプリンが、文字通りプルンと身悶えた。

 ――イヤイヤイヤイヤ。

 目の前で起こったことを無かった事にして、良人はスポットライトの中でドヤ顔の源蔵に視線を戻した。
 
 ――考えちゃダメだ。心で感じるんだ、僕。

 良人は今、一つの真理に辿り着いた。




 源蔵はテーブルの上の、食べごろの温度になったプリンに手をかけた。嬉しいのか又もプリンはプルンと身悶えた。

「まずはこのプリンを皿に移そう」

 源蔵が蓋の底にある、プッチンプリンがプッチンプリンたらしめている突起に指をかけたその瞬間、紅葉がブレザーの胸元から一枚の白い皿を取り出した。
 
「ハイ、先生! プリン専用フォルテデザートプレート源蔵スペシャルです!」
「さすが紅葉君、分っているね」
「当然です!」

 褒められて嬉しそうな紅葉が自らの胸によって人肌に温められているであろう源蔵スペシャルをテーブルの上にコトリと置いた。
 その真っ白な皿は、これから鎮座するプリンが現れた時に最大の美を構築する様にできた、源蔵の要請によって特別に製作されたプリンスペシャルだ。
 深海に沈めても砕ける事はなく、大気圏突入を可能としたチタン合金を含み、成層圏から落下させても割れず、かつ光の具合によっては極楽に昇る太陽の輝きをもたらす、この世の物とは思えない逸品なのだ。
 実勢価格では城が建つらしいこの皿を、紅葉は源蔵に任されているのだった。
 
「では、御開帳だ」

 源蔵の指によってプッチンプリンたらしめている突起がパキリと音をたてて折れ、今か今かと食べられるのを待っているはずのプリンが、ゴトリと厳つい音をたてて皿に転がった。
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