第三騎士団の文官さん

海水

文字の大きさ
上 下
58 / 59
ロレッタの望み

第十話 おまけのおまけ

しおりを挟む
「なんてことが毎晩ですよ? 場所を憚らないでイチャイチャべたべたと常にぴったり寄り添ってちゅっちゅしてるんですよ! 相手がいないあたしへの当てつけですか? そうなんですね? きっとそうなんだ!」

 ロレッタがこの屋敷に来てから一週間が経つころ、様子を見に来たミシェルに対し、幸薄い顔のハンナは熱く愚痴をこぼしている。そのロレッタはクルツと一緒に近くの花畑を散策中だ。二人がいないからこそ、苦情を申し立てているのだ。

「まあまあ仲が良いことね。これならそう遠くない内に孫も見れるかしら?」
「直ぐにでも見れそうな勢いですよ!」

 ハンナの鼻息は荒く、ミッシェルも苦笑いしかできないでいる。よほど見せつけられているのだろう。

「でも、良い方向に向かってくれて、よかったわ」

 ミッシェルはふぅと安堵の息をつく。実際クルツに任せて回復するのかは賭けだった。ロレッタがやせ細った原因が、本当にクルツの死だったのかの確証などなかったからだ。

「……ホントです。お嬢様も大分回復してきました」

 ハンナも少しホロっと来ていた。ずっとそばで見ていただけに感慨深いだろう。

「見境なくイチャイチャするくらいに元気なわけね」
「そうですとも! モキー!」

 ミッシェルがいらない燃料を追加すると、焼け木杭に火がついたとばかりにハンナのひがみの炎は再燃した。そんな様子を見たミッシェルだが余裕の笑みを浮かべる。

「そうそう、出入りの商会に年頃の男の子がいるんだけど、どう? 今十七歳だって。ハンナちゃんて年下好きでしょ? その子がまた可愛いのよ! 一度会ってみない?」
「か、可愛い……じゅる」
「ハンナちゃん、よだれ」
「あわわわ」

 公爵夫人ミッシェルは娘のためのフォローも忘れない。お世話に尽力したハンナにもお裾分けだ。




 一週間が経ち、細った食も段々と戻ってきて、未だ足りないが体重も増えてきた。体力もついてきたので昨日から外に散歩をするようになった。もちろんクルツが一緒の時だけだ。ロレッタもハンナとではなくクルツと行きたがった。二人だけの花畑だと、心置きなくいちゃつけるからだろうか。
 小高い丘に立つロレッタの目の前には、黄色の海の様に風に揺れ波打つ向日葵で埋め尽くされた畑が広がっている。畑の太陽が空の太陽を追いかけていた。
 今日のロレッタは新緑のワンピースに二の腕までの手袋、ちょっと短めのスカートから覗く足を隠すためもあってズボンもはき、頭には大きな麦わら帽子をかぶっていた。さながらロレッタも向日葵のようだった。

「ずっと向こうまで向日葵ね」

 クルツの腕に身を寄せているロレッタが呟いた。かなり先まで向日葵の花で埋め尽くされている。

「ここは油を取る為に向日葵を集中的に栽培してるんです。他にも油菜、大豆など油の生産量は国内の三割を担っています」
「凄いのねぇ」

 ロレッタは素直に感心した。現在のクルツの仕事は作物関係の管理だ。ざっくり管理と言っても多岐にわたり作物の生育状況から生産量の推測、病気に強く収穫量も増加が見込めるような品種改良、脱穀や絞りきなどの器具の開発だ。自身の能力と共に王城での経験を全てつぎ込んでいる。

「リッチモンド領の主な産業は農作物やそれを原料にする油や砂糖ですから。この向日葵畑も極一部です。ここは品種改良が主な畑です」

 クルツが向日葵畑を眩しそうに見ている。クルツも麦わら帽子をかぶっているが、強い日差しは上からくるとは限らない。地面に反射もするのだ。

「へぇ……綺麗ねぇ」

 ロレッタは向日葵畑を見つめている。風を受けて黄色い波がぐんぐん進んで行く。
 
「向日葵に囲まれた結婚式……」

 ロレッタはボソッと呟いた。この中で式を挙げられたらステキだろうな、と思ったのだ。この二人は訳アリ同士だ。教会などで盛大な式などは無理だろう。

「それも良いですね」

 クルツも向日葵畑を見渡していた。彼も同じような考えなのかもしれない。

「でもそれは、体調を元に戻してからですね。でないと指輪も作り直しになってしまいますし」

 クルツがロレッタの左手を取ってくる。ロレッタの手はまだ節が目立ち肉が足りない状態だ。クルツがその手を優しくさすると、じんわりと暖かさが染み込んでくる。

「そうね」

 ロレッタは優しさをくれる彼を見上げ、微笑んだ。

「ねぇクルツさん」
「ウォルツです」
「ふふ、流石ねー」

 間髪入れず訂正してくるクルツに、ロレッタはニコッと笑う。

「子供は何人欲しいですか?」

 クルツの動きがピタッと止まり、彼は眼鏡のブリッジに手をかけた。

「と、特に考えてはおりませんが……」

 クルツがあからさまに汗をかき始め、視線がロレッタからそれてしまっている。珍しく動揺している様だ。

「ふふーん、その眼鏡に手をかける時って、動揺してる時?」

 ロレッタはふふっと笑っている。大分調子が戻ってきているのだ。そして図星なのかクルツが目を泳がせながら「そ、そんな事は」とどもった。そして眼鏡に手をかけるのだ。

「当たりね」

 ロレッタは自分の推測が当たっていたことに満足し笑みをこぼす。そして今まで見た彼のその仕草の場面を反芻して、さらに笑みを深めるのだ。

「何か企んでいるのですか?」
「ウォルツさんて可愛いなーって」
「っ!」

 ロレッタは引きつるクルツからすばやく眼鏡を奪い取る。虚を突かれたクルツは為す術なく眼鏡を奪われてしまう。

「ちょ、見えないのですが」

 クルツは手を前に突き出し、にぎにぎとする。
 クルツは目が悪い。眼鏡を取ると景色がぼやけて目の前に翳した手くらいしか認識できない。これは夜一緒に寝るときに確認済みだ。眼鏡を取られたクルツはロレッタのなすがままなのだ。
 ロレッタは麦わら帽子を取りクルツの首に抱き着く。

「早く体を元に戻して、抱いてもらわないと!」
「こんなところで何を言ってるんですか!」
「ずっと二人じゃ寂しいじゃない。せめて五人は欲しいわね」
「い、いすぎです!」
「あたしは若いから大丈夫よ!」
「そんな問んーー」

 少し背伸びをして煩い口にふたをする。この地に来てからロレッタが覚えた技だ。クルツには絶大な威力を発揮する。舌を潜り込ませれば背中に手がまわされる。風にそよぐ向日葵のささやきが二人を祝福していた。




 こんな向日葵畑でいちゃつく二人を、とある屋敷からオペラグラスで覗く二人の女性がいた。ミッシェルとハンナだ。

「あらまぁー、人の目がないと思ってるのねー」
「丘の上で目立ってるんですけど……」
「近くで作業してる人も困ってるじゃないの。ま、積極的なのは良いことよね」

 ミッシェルはため息をついたがすぐに立ち直る。

「アグレッシブなところとか立ち直りが早いとか、お嬢様って性格が奥様にそっくりですよね」
「当たり前じゃない、私の娘よ?」
「デスヨネー」

 オペラグラスから目を離さないまま会話は続いて行く。

「さっき結婚式がどうとか口が動いてたわね」
「奥様、読唇術まで……」
「当然よ。女の貴族社会は蛇の道よ? これくらいできないと公爵夫人は務まらないわ!」
「……その強気さとか、ますますお嬢様と重なるんですけど」
「だから私の娘だって言ってるじゃない」

 ハンナの頭にミッシェルの手がペタンとおかれ、ナデナデされる。

「でもあれね、クルツ君、意外にデレるわね」
「意外ですよねー。今もずっとちゅーしっぱなしですよ。見せつけてくれてますよねー。実は覗いてるの分かってるんじゃないですか?」
「その分早く孫が見れそうね」
「来年の向日葵畑には三人で散歩ですかね」
「その前に式を挙げて貰わなきゃ。娘の結婚式を楽しみにしない親なんていないってのに、あのもバカねぇ」

 ミッシェルはオペラグラスを外し、ニンマリと口もとに弧を描く。

「どうせ街でドレスと指輪を作るつもりでしょ。商会には手を回して依頼が来たら連絡させるとして……式の時期さえわかれば後は……ふふふっ、楽しみにしてなさい。ハンナちゃん、そんな気配があったらすぐに教えなさいね」
「イエスマム!」
「この街じゃあの子ロレッタを知らない人はいないっての、知らないのかしらね? 二人の結婚式なんて猛反対されるに決まってるじゃない。小さいときから笑顔で駆けずり回ってるのを見てきてる街の人達はあの子のウェディングドレス姿を楽しみにしてたんだから。まぁ、街にもロレッタが偽名を使ってここにいるってお触れは出してあるから、わざわざ暴くような事はしないと思うけど」
「畑の世話人も、お嬢様が来たときは心配そうな顔してましたけど、今はニマニマ見守ってくれてます」
「クルツ君の評判も良いわよ。人当たりは柔らかいし、仕事は抜群にできるし、意外と美男子だし、良い買い物よ。後継ぎがいない親戚に養子にいれちゃえば地位も安定するし。翻って馬鹿息子は搦め手が下手ねえ。公爵としてちゃんとやって行けるか心配よ。クルツ君にフォローして貰わないといけないわね」

 ミッシェルは先を憂い特大のため息をついた。




一か月もするとロレッタとクルツは街に出かけるようになった。体重もほぼ元通りにまで回復し、ロレッタはアクティブさをも取り戻した。もちろんロレッタはロゼッタとして眼鏡をかけている。街の人達もロレッタに気が付くが、ただの仲の良いカップルだとして接していた。

「意外に気が付かないんもんね」

 白いワンピースに白いつば広の帽子に眼鏡という、簡単な服装でロレッタは街に来ている。隣のクルツも襟付きのシャツにゆったりめのズボンで街の人間に溶け込んでいる。ただしロレッタの護衛も兼ねているので腰には短めの剣をさしているが。
 ちなみにクルツは文武両道な男だ。だから締まった体をしている。

「なんとなく視線は感じますが……」

 周囲を窺っているクルツがロレッタにだけ聞こえる返事をする。腕を組んで仲睦まじく歩く眼鏡のカップルは珍しいというのもあるが、可愛い女の子と美男子が歩いていれば目立つのは当然。
 実際はロレッタの正体がバレているだけなのだが。

「ウォルツさんて、良くあたしだってわかったよね。他の男は分からなかったのに」

 クルツも王城の夜会の時に初めてロレッタを見たはずだった。それでも迷子で部屋に入った時に一目でわかったし、街でも城門でも見破った。他の男が分からなかったのは、しっかりロレッタを見ていなかったからと思っていたのだが、そればかりではないと思ったのだ。

「……実は、ロゼッタさんの周りが薄っすらと光って見えるんです。はじめは目の錯覚かと思ったのですが、いつみても貴女はぼんやりと光っていた。どこにいても貴女だけはすぐに見つけることができました。それは痩せてしまった時でも変わりませんでした」
「へぇ……」
「正直、女神様かと思いました」
「ふふ、ほめ過ぎよね。でもあれね、あたし達が出会うのは運命だったのね!」

 嬉しそうにクルツの腕に抱き着くロレッタを、街の人間は生暖かく見守っていた。




 そして季節は巡り、また向日葵が咲き乱れる一年後の夏、膨らんだお腹がイレギュラーでドレスが作り直しになったものの、向日葵畑での二人だけの結婚式は、張り巡らせたミッシェルの策略で、街をあげてのお祭りになったのだ。なぜかその場には帝国の元皇女夫妻が呼ばれており、お互いの伴侶を自慢し合っていたのだった。

めでたしめでたし。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い服の人

海水
ライト文芸
軍の教官であった父を失った女性と、その教え子の男性の話です。 舞台は架空の国です。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

美しい貴婦人と隠された秘密

瀧 東弍
恋愛
使用人の母と貴族の屋敷で働く四歳の少女アネイシアは、当主の嫡子である十歳の少年ディトラスと親しくなり、親交を深めるようになる。 ところが三年目の夏、忌まわしい事件がおこり彼女は母親ともども屋敷を追い出された。 それから十年の時が過ぎ、貴族の父にひきとられていたアネイシアは、伯爵家の娘として嫁ぐよう命じられる。 結婚式当日、初めて目にした夫があのディトラスだと気づき驚くアネイシア。 しかし彼女は、自分が遠い日の思い出の少女だと告げられなかった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...