第三騎士団の文官さん

海水

文字の大きさ
上 下
30 / 59
幕間

幕間 エイプリルフールSS 嘘の日

しおりを挟む
「姫様が、倒れた!?」

 女の子みんなが好きなおやつ時、第三騎士団の食堂でわいわいとかしましい中、ミーティアから告げられたローイックがガタっと椅子を倒して立ち上がった。

「どうやら走り回っているうちに気分が悪くなったとかで、現在木陰で休んでおられます」
「っていうか、休むなら寝室に戻られるなり医務室に行かれるなりした方が……」
「それで姫様がローイック様をお呼びです」

 無表情のミーティアが抑揚のない声で告げる。

「あ、あのなんで私――」
「それで姫様がローイック様をお呼びです」

 ローイックの言葉にかぶせるように、棒読みで繰り返された。ローイックの頬も引きつる。

「あっと、あの」
「それで姫様がローイック様をお呼びです」

 問答無用らしい。ローイックが「はい、行きます」と返事をすれば、「いつもの場所にいる、との事です。確かにお伝えいたしましたよ」とミーティアが無表情のまま続け、そそくさと食堂から出て行ってしまった。
 なんだかよく分からないが呼ばれているのは確からしい。食堂にいる騎士達の視線を集めつつ、ローイックは「いつもの場所」に向かった。
 「いつもの場所」とは即ち、二人の逢引の場だ。隠れて会っていたはずがミーティアにバレているとは知らない、あの場所である。
 ローイックは小走りでそこに向かうと、腰壁のすぐ近くに白い騎士服姿で寝っ転がっているキャスリーンを見つけた。何かあるとは思いつつも、本当だったら危険だと思ったローイックは駆け寄り、彼女の脇にしゃがみ込んだ。

「姫様、どうしました?」

 目を閉じてはいるが、キャスリーンの顔色は特に変わりはない。むしろやや赤い。熱射病にでもなっているのか知れない。額に手を当てるが、高熱はなさそうだった。はて、とおもい医師を呼ぶために立ち上がろうとした。その時、キャスリーンが口を開いた。

「眠れるお姫様は王子様の口づけで起きるのです」

 思いっきり棒読みで、何かのセリフのようだった。ローイックはまた引きつった。

「あの、姫様?」
「眠れるお姫様は王子様の口づけで起きるのです」

 ミーティアと同じように、台詞を繰り返した。キャスリーンの目は閉じたままだ。
 何を企んでいるんだろう?
 ローイックが首を傾げていると、キャスリーンの目が開いた。

「……姫様? これはなんのお芝居ですか?」
「今日は何の日か知ってる?」

 緋色の瞳がローイックを捕らえた。

「はて? 今日ですか?」

 ローイックは考えた。帝国とアーガスは暦に違いはないが、習慣に違いはあるのだ。アーガスでは、今日は特に何もない日だった。では帝国は、と考えたところで「嘘の日」という習慣を思い出した。帝国では今日一日嘘をついても許される日なのだ。勿論、内容が悪質であればそれなりの罰則が待っているのだが。

「嘘の日、ですか?」
「分かってるんじゃない!」

 キャスリーンは口を尖らせた。

「で、こんな遊びをしているわけですね。心配して損しましたよ、まったく」

 ローイックはため息をつき呆れたが、初めて会ったころのキャスリーンはこんな悪戯をしていたな、と思い出し、思わず頬を緩めた。

「さぁ、起きてください。こんなところで皇女様が寝っ転がってちゃだめです」

 途端にキャスリーンが頬を膨らませむくれた。

「なによー、のってくれたっていーじゃなーい。最近はハーヴィーさんが護衛でいるから、二人っきりになる機会が減ってるのにー」

 キャスリーンはその場でゴロゴロ転がりながらブーブー文句を言う。とても皇女様と思えない行動だが、これは相手がローイックだからこそ甘えているのだ。少し考え、ローイックはふふっと笑った。

「あーこれは大変だー! 姫様が起きないぞー!」

 ローイックも芝居がかった声を上げた。突然の豹変にキャスリーンが「ほぇ」と声を出し、転がりを止めた。ローイックはキャスリーンの頬に手を当て「わーどうすればいーんだー」とわざとらしく叫んだ。「そうかー、目覚めの口づけだー」と言い、ゆっくりと顔を近づけていった。
 ローイックを見つめてくるキャスリーンの顔は赤くなっていき、口はもごもごと波うち始めた。キャスリーンの目が次第に潤んでいく。鼻が触れそうなくらいまで顔が近づいていた。

「や、やっぱり、こんなんじゃいやー! 初めてはもっとムードがないとイヤー!」

 涙目になったキャスリーンを見て、ローイックは苦笑して顔を離した。

「姫様、起きてください」
「グス、分かったわよ……起きれば良いんでしょ、起きれば」

 鼻をすすり上半身を起こしたキャスリーンにローイックは微笑む。すっと顔を近づけ、キャスリーンの頬に唇をあて、チュッと音たてた。ローイックが顔を離すと、ゆでだこの様なキャスリーンが口を開け、石像になっていた。口づけされた頬に手を当て、放心状態になっている。

「お目醒めは如何でしょうかお姫様。でも、初めての時は人がいないところの方が良いですね」

 ローイックが後ろを振り返ると、周囲の物陰から「きゃー」という黄色い声が聞こえてきた。第三騎士団の皆だろう。手引きはミーティアだろうか。

「ガサゴソ音がするからバレバレですよ」

 ローイックの言葉に皆がニヤニヤしながらぞろぞろと姿を現してくる。

「なななんで皆がいるのよ! 皆には黙ってるって言ったじゃない!」

 耳まで赤くしたキャスリーンが指をさし文句を言っている。その覗きの集団の中にいるミーティアはニッコリと笑いながら「今日一日は嘘をついても良い日なので」とうそぶいた。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美しい貴婦人と隠された秘密

瀧 東弍
恋愛
使用人の母と貴族の屋敷で働く四歳の少女アネイシアは、当主の嫡子である十歳の少年ディトラスと親しくなり、親交を深めるようになる。 ところが三年目の夏、忌まわしい事件がおこり彼女は母親ともども屋敷を追い出された。 それから十年の時が過ぎ、貴族の父にひきとられていたアネイシアは、伯爵家の娘として嫁ぐよう命じられる。 結婚式当日、初めて目にした夫があのディトラスだと気づき驚くアネイシア。 しかし彼女は、自分が遠い日の思い出の少女だと告げられなかった。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...