25 / 59
離ればなれのキツネとタヌキ
第二十五話 背中を押す言葉
しおりを挟む
「そうか……」
「俺が伯爵を継いだのは、お前が帝国に行ってからすぐさ。まぁ、俺の父親は小さい頃に死んじまってるからな。暫定で爵位を継いでた母には、そうも苦労をさせらねえって」
月が望める宮殿のテラスで、ローイックとハーヴィーはテーブルにつき、酒を交えて歓談している。アーガスを離れて四年、ローイックはハーヴィーと久しぶりにグラスを突き合わせていた。
テーブルにはワインの入っていたフルボトルが転がっている。二人のグラスは既に空だ。ローイックは既に顔を赤くしていた。ローイックは帝国に来てアルコールなど一滴も飲んでいない。あくまでモノだったからだ。四年ぶりの友との酒は、酔いも早かった。
「んで、騎士団の副団長もやらされて、この四年間忙しかったよ。俺としちゃずっと、どこぞに遠征してたい気分だね」
ハーヴィーは苦笑していた。戦争で失った人材も多い。その穴埋めもあるのだろう、若くして騎士団の副団長を押し付けられていた。国王が出掛かければ護衛で付き添い、城に戻れば書類が待っている。部下の訓練もある。休暇もろくに取れていなかったのだ。
エクセリオン帝国に護衛として来ている間は、かなり自由だった。わずらわしい書類もなければ、訓練も自分の鍛錬さえしていればよかった。ハーヴィーにとっては休暇みたいなものだった。
「お前も苦労してるんだな」
テーブルに右手で頬杖を突きながらローイックは呟いた。苦労しているのは自分だけかと思っていたのだ。だが故郷にいなかった間の苦労など、ローイックには知りようもないのだ。
「お互い様だ」
二人に気が付かれない様に、テーブルにスっとワインのボトルが置かれた。誰かが気を利かしたのかもしれない。ハーヴィーはボトルを取り、コルクを指でつまみ、力で引き抜いた。
「コルク抜きくらい使えって」
「この方が速いんだよ」
「まったく……」
ローイックは、やや呂律が回らなくなった口を歪めた。ハーヴィーは空の二つのグラスになみなみと注ぐ。
「で、色男殿。貴殿はどちらの令嬢を選ばれるのかな?」
ハーヴィーはグラスを二つ並べ、意地悪な顔をする。
「私は選べる立場にはないよ」
ローイックは自分のグラスに手を伸ばした。そのままぐいっとグラスを傾ける。
「いい飲みっぷりだな。その勢いで、お姫様のどこに惚れたか教えろよ」
「ぐふっ」
「ははは!」
ローイックは派手に咽っている。離れた場所で目立たない様に控えている侍女達が一瞬ざわついた。彼女達の侍女服は黒であり、即ちキャスリーンの侍女部隊なのだ。第三騎士団では公然の秘密であったが、彼女達は知らなかったのだ。
「な、なにを!」
「何をって、お前、バレバレだろ」
ローイックはハーヴィーを睨むが、当の本人はニヤニヤしているだけだ。ローイックの睨みなど、どこ吹く風である。
「それに……まぁいい。で、麗しのお姫様のどこが良いんだ?」
「……お前はロレッタの味方かと思ったんだが」
話題逸らしの為にローイックはロレッタの名前を出した。だがそんな事はハーヴィーには通用しなかった。
「俺はどっちかの肩を持つつもりはねえよ。俺はお前の味方なだけだ。個人的にはどっちだっていいし、他の誰かだっていいんだ。お前が選んだんであればな」
ハーヴィーはそう言うと、グラスを呷った。グラスの中のワインはみるみる減っていく。ローイックはその透明になっていくグラスを、言葉もなく、ただ眺めていた。
「……姫様の笑顔があったから、私は今ここにいられる。でなければ、私も冷たい土の下にいただろうな」
右手に持ったグラスを見つめ、ローイックは語りだした。ハーヴィーはグラスにワインを注ぎ、話を聞いている。
「あの笑顔に、私がどれほど救われたか。お前には分らないだろう」
ハーヴィーは黙っている。ローイックが語る事を静かに聞いていた。
「……私の、全てだったな……」
ローイックは吊り下げてある左腕を見た。この怪我に後悔はしていない。やれる事をしただけだった。もっとうまいやり方があったのだろうが、その時のローイックには思いつかなかった。
「そんなに想ってんだったら、モノにしてみたらどうだ」
ローイックはハーヴィーに視線を移した。
「そんな簡単にできる事じゃない。第一、彼女の縁談が動いてるって話だ。そもそも私が勝手な事をすれば、国にも迷惑がかかる。そんな事は、私にはできない」
興奮したのだろう、ローイックは早口で捲し立てる。
「なぁ、ローイック」
ハーヴィーがジロリとローイックを見てきた。その目は酒に酔っている目ではなく、真剣な眼差しだった。その視線にローイックは一瞬たじろいだ。
「戦争に負けて、国の為だって事で敵国に人質として送られた。そこで苦労もして、辛酸も舐めて、惚れた女もできた。もしかしたらって時に、国の都合で戻って来いって。さすがに勝手すぎる。酷いと思うぜ」
「だからと言って、私が好きに動いていいわけではない」
「こんだけ苦労したんだ、多少我儘を言っても、許されると思うけどなぁ」
俯くローイックとは対照的に、ハーヴィーは不敵な笑みを浮かべている。自らの説得が功を奏すのが見えているかのようだ。
「……しかし」
「他の男に、とられても良いのか?」
ハーヴィーは笑みを浮かべながらローイックを追い詰めていく。ローイックは俯いて唇を噛むだけだ。
ローイックだって、キャスリーンの横にいたいと言う望みはある。だが、彼の中にある良識と常識が邪魔をしていた。普通ならば許されぬ事だ。であるからこそ、ローイックは我慢していたのだ。
覚悟をしているとはいえ、キャスリーンが他の男の横で微笑んでいる場面など、見たくはない。そこにいるのは自分でありたいと、思っているのだ。
「まぁ、ゆっくり考えな」
「あぁ……もう寝るよ」
ハーヴィーの言葉に、ローイックはふらふらと立ち上がり、テラスから出て行った。それを見届けたハーヴィーは大きく息を吐き、背もたれに寄りかかった。グラスにワインを注ぎ、ふふっと笑った。それは、罠を仕掛けた猟師の顔だった。
「あのような事をおっしゃってよろしいのですか? お立場上ロレッタ様を推さなくてはいけないのでは?」
いつの間にか傍には、手を体の前で揃え、笑顔で佇んでいるミーティアがいた。頭の団子は無く、後ろで一つに纏めてあるだけの、幼い感じのミーティアだ。
ハーヴィーはチラと視線を向ける。彼女以外の姿が見えない。ローイックについて行ったか、戻らせたか。なんにせよ、ここにはミーティアしかいないようだ。
「個人的には、ローイックが納得した相手であれば、誰でも良いのですよ、私は」
ハーヴィーは手で座るように示した。ミーティアは「失礼します」と声をかけ、ハーヴィーの向かいに座る。
「随分と話し方が変わりましたが?」
ミーティアが空になったグラスにワインを注ぎながら、ふふっと笑った。ローイックと話している時よりも大分固い口調になっているからだ。
「『女性には優しく話すのですよ』、と小さい頃から母には躾けられましたので。もう耳にタコができて痛くてたまらない程ですよ」
ハーヴィーは苦笑いをした。幼い時から、ずっとそう言われていたのだ。それは今でも本能として刻み込まれている。普段は砕けた口調だが、女性の前だけは、いっちょ前に丁寧な口調になるのだ。
「ハーヴィー様は、さぞかしご婦人には人気があるでしょうね。女性は優しい殿方に弱いですから」
「いやぁ、若い御令嬢方は、厳つい顔には興味は無いようで。とんと、声もかかりませんよ」
ミーティアの探るような質問にも、肩を竦めて笑って答えた。
ハーヴィーの顔は整ってはいるが、輪郭が四角い。背丈もガタイも良いから、厳ついイメージがあるのだ。本人の性格はやや軽く、人当たりは良いのだが、見た目がそう感じさせてしまうのだ。
伯爵であり、地位はそこそこで、騎士団の副団長。それなりに優良物件ではあるのだが、未だに独身だ。本人は、そのうち行き遅れが寄って来るだろう、くらいにしか考えていない。副団長としての仕事が忙しいのもあるのだが。
そんなハーヴィーの様子に、ミーティアも思わずふふっと声を漏らしてしまっていた。
「勿体ない事です」
「そう言ってくれる女性も、なかなかいないのですよ」
ハーヴィーはグラスを呷り、空にした。
「あら、目の前に、おりますけど?」
ミーティアはあざとく首を傾げた。
「はは、これは失礼」
「ふふふっ」
二人は笑いあった。
「先程の事は、皇女殿下には内密にお願いしたい」
「さて、何のことでしょう?」
ミーティアはおどけて答えた。内密にと言われたから、聞いていなかった、とアピールしたのだ。その顔を見たハーヴィーは口を曲げた。
「一筋縄ではいかないようで」
「私の大事な、妹、ですので」
ミーティアはニッコリと微笑んだ。その笑顔に一瞬呆気にとられたハーヴィーだが、にやっと笑った。
「なるほど、箱入りなわけですか」
「えぇ、大事に大事にしまっておかれておりますから。その大事な妹の初恋ですもの」
ミーティアはにっこりとしたままだ。ハーヴィーはふぅと息を吐くと、右手を差し出した。
「ここは一つ、共同作戦という事で」
「ふふ、よろしくお願いいたします」
二人は、がしっと手を握った。
「さて、そろそろ寝ないと、朝がキツイ」
「ハーヴィー様、お部屋は分かりますか?」
「出て左だったはずだが」
ハーヴィーは顎に手を当てて考えた。実のところハーヴィーは方向音痴だ。南の関門で迷子になったのもこれが原因だった。
「いや、大丈夫ですよ。では」
軽く挨拶をしたハーヴィーは、テラスを出ると右へと進んで行った。彼の客間があるのは左なはずだ。
「あぁ、そっちは女官舎です!」
ミーティアは空のボトルとグラスを乗せたトレイを持ちながら、小走りでハーヴィーを追いかけて行った。
結局ハーヴィーを部屋まで案内するはめになったミーティアだが、別れ際に、トレイを持っているために手が空いてないから、と額に口づけをされ、顔を真っ赤に染めあげ、プルプル震えていたのは、内緒だ。
これは酔っていたハーヴィーの悪戯だった。
「俺が伯爵を継いだのは、お前が帝国に行ってからすぐさ。まぁ、俺の父親は小さい頃に死んじまってるからな。暫定で爵位を継いでた母には、そうも苦労をさせらねえって」
月が望める宮殿のテラスで、ローイックとハーヴィーはテーブルにつき、酒を交えて歓談している。アーガスを離れて四年、ローイックはハーヴィーと久しぶりにグラスを突き合わせていた。
テーブルにはワインの入っていたフルボトルが転がっている。二人のグラスは既に空だ。ローイックは既に顔を赤くしていた。ローイックは帝国に来てアルコールなど一滴も飲んでいない。あくまでモノだったからだ。四年ぶりの友との酒は、酔いも早かった。
「んで、騎士団の副団長もやらされて、この四年間忙しかったよ。俺としちゃずっと、どこぞに遠征してたい気分だね」
ハーヴィーは苦笑していた。戦争で失った人材も多い。その穴埋めもあるのだろう、若くして騎士団の副団長を押し付けられていた。国王が出掛かければ護衛で付き添い、城に戻れば書類が待っている。部下の訓練もある。休暇もろくに取れていなかったのだ。
エクセリオン帝国に護衛として来ている間は、かなり自由だった。わずらわしい書類もなければ、訓練も自分の鍛錬さえしていればよかった。ハーヴィーにとっては休暇みたいなものだった。
「お前も苦労してるんだな」
テーブルに右手で頬杖を突きながらローイックは呟いた。苦労しているのは自分だけかと思っていたのだ。だが故郷にいなかった間の苦労など、ローイックには知りようもないのだ。
「お互い様だ」
二人に気が付かれない様に、テーブルにスっとワインのボトルが置かれた。誰かが気を利かしたのかもしれない。ハーヴィーはボトルを取り、コルクを指でつまみ、力で引き抜いた。
「コルク抜きくらい使えって」
「この方が速いんだよ」
「まったく……」
ローイックは、やや呂律が回らなくなった口を歪めた。ハーヴィーは空の二つのグラスになみなみと注ぐ。
「で、色男殿。貴殿はどちらの令嬢を選ばれるのかな?」
ハーヴィーはグラスを二つ並べ、意地悪な顔をする。
「私は選べる立場にはないよ」
ローイックは自分のグラスに手を伸ばした。そのままぐいっとグラスを傾ける。
「いい飲みっぷりだな。その勢いで、お姫様のどこに惚れたか教えろよ」
「ぐふっ」
「ははは!」
ローイックは派手に咽っている。離れた場所で目立たない様に控えている侍女達が一瞬ざわついた。彼女達の侍女服は黒であり、即ちキャスリーンの侍女部隊なのだ。第三騎士団では公然の秘密であったが、彼女達は知らなかったのだ。
「な、なにを!」
「何をって、お前、バレバレだろ」
ローイックはハーヴィーを睨むが、当の本人はニヤニヤしているだけだ。ローイックの睨みなど、どこ吹く風である。
「それに……まぁいい。で、麗しのお姫様のどこが良いんだ?」
「……お前はロレッタの味方かと思ったんだが」
話題逸らしの為にローイックはロレッタの名前を出した。だがそんな事はハーヴィーには通用しなかった。
「俺はどっちかの肩を持つつもりはねえよ。俺はお前の味方なだけだ。個人的にはどっちだっていいし、他の誰かだっていいんだ。お前が選んだんであればな」
ハーヴィーはそう言うと、グラスを呷った。グラスの中のワインはみるみる減っていく。ローイックはその透明になっていくグラスを、言葉もなく、ただ眺めていた。
「……姫様の笑顔があったから、私は今ここにいられる。でなければ、私も冷たい土の下にいただろうな」
右手に持ったグラスを見つめ、ローイックは語りだした。ハーヴィーはグラスにワインを注ぎ、話を聞いている。
「あの笑顔に、私がどれほど救われたか。お前には分らないだろう」
ハーヴィーは黙っている。ローイックが語る事を静かに聞いていた。
「……私の、全てだったな……」
ローイックは吊り下げてある左腕を見た。この怪我に後悔はしていない。やれる事をしただけだった。もっとうまいやり方があったのだろうが、その時のローイックには思いつかなかった。
「そんなに想ってんだったら、モノにしてみたらどうだ」
ローイックはハーヴィーに視線を移した。
「そんな簡単にできる事じゃない。第一、彼女の縁談が動いてるって話だ。そもそも私が勝手な事をすれば、国にも迷惑がかかる。そんな事は、私にはできない」
興奮したのだろう、ローイックは早口で捲し立てる。
「なぁ、ローイック」
ハーヴィーがジロリとローイックを見てきた。その目は酒に酔っている目ではなく、真剣な眼差しだった。その視線にローイックは一瞬たじろいだ。
「戦争に負けて、国の為だって事で敵国に人質として送られた。そこで苦労もして、辛酸も舐めて、惚れた女もできた。もしかしたらって時に、国の都合で戻って来いって。さすがに勝手すぎる。酷いと思うぜ」
「だからと言って、私が好きに動いていいわけではない」
「こんだけ苦労したんだ、多少我儘を言っても、許されると思うけどなぁ」
俯くローイックとは対照的に、ハーヴィーは不敵な笑みを浮かべている。自らの説得が功を奏すのが見えているかのようだ。
「……しかし」
「他の男に、とられても良いのか?」
ハーヴィーは笑みを浮かべながらローイックを追い詰めていく。ローイックは俯いて唇を噛むだけだ。
ローイックだって、キャスリーンの横にいたいと言う望みはある。だが、彼の中にある良識と常識が邪魔をしていた。普通ならば許されぬ事だ。であるからこそ、ローイックは我慢していたのだ。
覚悟をしているとはいえ、キャスリーンが他の男の横で微笑んでいる場面など、見たくはない。そこにいるのは自分でありたいと、思っているのだ。
「まぁ、ゆっくり考えな」
「あぁ……もう寝るよ」
ハーヴィーの言葉に、ローイックはふらふらと立ち上がり、テラスから出て行った。それを見届けたハーヴィーは大きく息を吐き、背もたれに寄りかかった。グラスにワインを注ぎ、ふふっと笑った。それは、罠を仕掛けた猟師の顔だった。
「あのような事をおっしゃってよろしいのですか? お立場上ロレッタ様を推さなくてはいけないのでは?」
いつの間にか傍には、手を体の前で揃え、笑顔で佇んでいるミーティアがいた。頭の団子は無く、後ろで一つに纏めてあるだけの、幼い感じのミーティアだ。
ハーヴィーはチラと視線を向ける。彼女以外の姿が見えない。ローイックについて行ったか、戻らせたか。なんにせよ、ここにはミーティアしかいないようだ。
「個人的には、ローイックが納得した相手であれば、誰でも良いのですよ、私は」
ハーヴィーは手で座るように示した。ミーティアは「失礼します」と声をかけ、ハーヴィーの向かいに座る。
「随分と話し方が変わりましたが?」
ミーティアが空になったグラスにワインを注ぎながら、ふふっと笑った。ローイックと話している時よりも大分固い口調になっているからだ。
「『女性には優しく話すのですよ』、と小さい頃から母には躾けられましたので。もう耳にタコができて痛くてたまらない程ですよ」
ハーヴィーは苦笑いをした。幼い時から、ずっとそう言われていたのだ。それは今でも本能として刻み込まれている。普段は砕けた口調だが、女性の前だけは、いっちょ前に丁寧な口調になるのだ。
「ハーヴィー様は、さぞかしご婦人には人気があるでしょうね。女性は優しい殿方に弱いですから」
「いやぁ、若い御令嬢方は、厳つい顔には興味は無いようで。とんと、声もかかりませんよ」
ミーティアの探るような質問にも、肩を竦めて笑って答えた。
ハーヴィーの顔は整ってはいるが、輪郭が四角い。背丈もガタイも良いから、厳ついイメージがあるのだ。本人の性格はやや軽く、人当たりは良いのだが、見た目がそう感じさせてしまうのだ。
伯爵であり、地位はそこそこで、騎士団の副団長。それなりに優良物件ではあるのだが、未だに独身だ。本人は、そのうち行き遅れが寄って来るだろう、くらいにしか考えていない。副団長としての仕事が忙しいのもあるのだが。
そんなハーヴィーの様子に、ミーティアも思わずふふっと声を漏らしてしまっていた。
「勿体ない事です」
「そう言ってくれる女性も、なかなかいないのですよ」
ハーヴィーはグラスを呷り、空にした。
「あら、目の前に、おりますけど?」
ミーティアはあざとく首を傾げた。
「はは、これは失礼」
「ふふふっ」
二人は笑いあった。
「先程の事は、皇女殿下には内密にお願いしたい」
「さて、何のことでしょう?」
ミーティアはおどけて答えた。内密にと言われたから、聞いていなかった、とアピールしたのだ。その顔を見たハーヴィーは口を曲げた。
「一筋縄ではいかないようで」
「私の大事な、妹、ですので」
ミーティアはニッコリと微笑んだ。その笑顔に一瞬呆気にとられたハーヴィーだが、にやっと笑った。
「なるほど、箱入りなわけですか」
「えぇ、大事に大事にしまっておかれておりますから。その大事な妹の初恋ですもの」
ミーティアはにっこりとしたままだ。ハーヴィーはふぅと息を吐くと、右手を差し出した。
「ここは一つ、共同作戦という事で」
「ふふ、よろしくお願いいたします」
二人は、がしっと手を握った。
「さて、そろそろ寝ないと、朝がキツイ」
「ハーヴィー様、お部屋は分かりますか?」
「出て左だったはずだが」
ハーヴィーは顎に手を当てて考えた。実のところハーヴィーは方向音痴だ。南の関門で迷子になったのもこれが原因だった。
「いや、大丈夫ですよ。では」
軽く挨拶をしたハーヴィーは、テラスを出ると右へと進んで行った。彼の客間があるのは左なはずだ。
「あぁ、そっちは女官舎です!」
ミーティアは空のボトルとグラスを乗せたトレイを持ちながら、小走りでハーヴィーを追いかけて行った。
結局ハーヴィーを部屋まで案内するはめになったミーティアだが、別れ際に、トレイを持っているために手が空いてないから、と額に口づけをされ、顔を真っ赤に染めあげ、プルプル震えていたのは、内緒だ。
これは酔っていたハーヴィーの悪戯だった。
0
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説
美しい貴婦人と隠された秘密
瀧 東弍
恋愛
使用人の母と貴族の屋敷で働く四歳の少女アネイシアは、当主の嫡子である十歳の少年ディトラスと親しくなり、親交を深めるようになる。
ところが三年目の夏、忌まわしい事件がおこり彼女は母親ともども屋敷を追い出された。
それから十年の時が過ぎ、貴族の父にひきとられていたアネイシアは、伯爵家の娘として嫁ぐよう命じられる。
結婚式当日、初めて目にした夫があのディトラスだと気づき驚くアネイシア。
しかし彼女は、自分が遠い日の思い出の少女だと告げられなかった。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる