第三騎士団の文官さん

海水

文字の大きさ
上 下
22 / 59
弱気なキツネ

第二十二話 二人の宰相

しおりを挟む
 翌日、帝国と王国の交渉が開始された。両国の宰相がさしで話し合いをする、決闘のようなものだ。
 ハーヴィーは交渉時のネイサンの護衛で同席している。放置されたロレッタは、当然、ローイックの元に遊びに来ることに。一応、客であるロレッタを無下には扱えないのだ。

「ねぇロレッタ」

 ローイックの冷めた声が部屋に響く。

「はい!」
「……元気なのは良いことなんだけど、私は仕事なんだ。暇なのは分かるけど」

 ローイックは書類を手に持ち、ロレッタに向いた。外出していた期間に溜まった書類の処理が終わっていないのだ。仕事をしている時のローイックは、結構冷たい。

 ロレッタはというと、部屋に置いてあった予備の椅子をローイックの机の横に置き、ニコニコしながら仕事ぶりを見ている。ロレッタは、没頭したローイックの集中力を乱すと機嫌が悪くなることを知っているからだ。

 ちなみロレッタの衣装はピンクのワンピースだ。可愛らしい装いが、彼女の見た目の年齢を数歳引き下げている。とても成人している様には見えない。

「はい、分かってます!」

 元気よく返事をするロレッタに、ローイックもやや呆れた顔をした。ロレッタの護衛としてつけられたテリアが入り口の扉横に立っている。その顔は苦いものだ。
 ローイックはふぅと息を突き、ロレッタに話しかける。

「そろそろ休憩にしようか」
「はい! じゃあ紅茶を持ってきます!」

 ロ―イックの提案にロレッタはにっこりと微笑み、部屋を出ていった。横目でロレッタを見送ったテリアが腕を組み、ローイックを見てくる。

「自称ローイック君のお嫁さん、ね~」
「困ったことに、勝手に言いふらしてます」
「あら、そ~お~?」

 テリアはジト目でローイックを見てくる。
 ロレッタは昨晩から会う人会う人に、そんな事を吹聴しているようだった。当然その事はキャスリーンの耳にも入っている事だろう。キャスリーンはロレッタがそう言い張っているのは知っているが、広められてしまうのは面白くはない筈だ。
 だがちょっと状況は違うようだった。

「キャスリーンが、な~んかご機嫌なのよね~。ローイック君、なんでか知らな~い?」
「ど、どうしてでしょうねぇ」

 ローイックは引きつりながらの笑顔で応えたが、背中には冷たい汗を感じていた。昨晩キャスリーンを抱きしめていたことが発覚してしまえば、どんな罪に問われるのか分かったものではない。
 衝動的とはいえ、彼女を抱きしめたのは事実ではある。ここは誤魔化すしかないのだ。

「そ~いえば~さ~。昨晩の晩餐会の直後に、キャスリーンの姿が見当たらなかったらしいんだけど、なんでかローイック君が宮殿に連れてきたみたいじゃな~い? しかも結構遅い時間に」

 テリアがニヤニヤとローイックを見てくる。

「それはですね、ある程度で書類の処理を切り上げて宿舎に戻ろうとしたら姫様がいたんですよ。夜で危険なので、送ったんです」

 ローイックは平静を装いつつ、嘘をつく。こいつはタヌキだからだ。

「ふ~ん、そ~なんだ~。キャスリーンの顔が真っ赤になってたって、ミーティアさんが騒いでたからさ~。ま~晩餐会で、お酒も飲んでるだろうしね~」

 テリアはにやりと口元に弧を描きつつ、ローイックを横目で見てくる。あからさまに怪しまれてると感じるが、ここは切り抜けねばならない。ならば返答は限られる。

「えぇ、大分酔っている感じでしたよ」

 ちょっと笑みを受かべ、背筋に感じる悪寒を誤魔化す。にやけて見てくるテリアの視線を何とか堪えた。

「ローイック様、持ってきました!」

 ロレッタがティーポットとカップを乗せたプレートをカチャカチャいわせて持ってきた。ロレッタと入れ違いで、テリアは部屋のドアを潜っていく。ローイックは緊張から解放されたからか、長い安堵の息を吐いた。

「あぁ、ありがとう」

 この時ばかりは助かったと、ロレッタに感謝したローイックだった。




 宮殿のとある部屋ではネイサンとヴァルデマルの二人が向かい合い座っている。二人の宰相は机に肘をつき、お互いに難しい顔をしていた。

「まぁ、話は分かります。だが我々は先の戦争を忘れたわけでは無いのですよ。多くが犠牲となり、また連れ去られた者もいるのです」

 ネイサンが眉間に皺を寄せ、ヴァルデマルに迫る。ヴァルデマルはその厳しい視線を真っ向から受け、返答する。

「そうですな。遺恨は簡単に晴れるものではありませんから。ですから、一旦ここで仕切り直しをしたいのですよ」
「それは帝国そちらの言い分でしょう」
「過去に捕らわれてしまっては、よき未来は開けませんぞ?」
「まったく、どの口が言うのですかな?」

 ネイサンとヴァルデマルは序盤の探り合いをしていた。交渉事は、まずは要求をぶつけるものだ。もっとも、その場に応じて変化すべきではあるが。

「まぁまぁ、諍いあってもいても仕方ないではありませんか」

 ヴァルデマルは大げさにかぶりを振る。

「はて、先にこの話を持ち掛けたのは、そちらではなかったですかな?」

 ネイサンはじろりと見つめ返した。

「はは、痛いところを突かれますな」
「まぁ、我々にとっては、穀物の病害で貴国が困ろうとも、あまり関係はないですからな」
「ほほぅ。またぞろ戦争でも致しますかな?」
「貴国がそれに耐えられるなら、如何様にも」

 ネイサンとヴァルデマルは口元に笑みを浮かべながら応酬をする。後ろに控えているハーヴィーは肩を落としてため息をついた。ヤレヤレと思っていることだろう。

「はは、一筋縄ではいきませんなぁ」

 ヴァルデマルは両手を上げた。ネイサンも背もたれに体を預けた。

「さて、お遊びはこの辺までにして、本題に入りましょうか」

 ヴァルデマルは真面目な顔になった。




「では、麦の病気の対策、並びに食料の緊急輸入、でよろしいですかな?」
「えぇ。その対価として、現在我が帝国にいる三人の地位復帰と帰還、及び不可侵条約の締結、ということで」

 ネイサンの内容確認にヴァルデマルも条件を確認する。ネイサンは視線をヴァルデマルに移した。

「死んでしまったゲーアハルト君は何処に眠っているのでしょうか?」
「……帝都にある、殉職者の墓地で眠っております」

 みずから命を絶った人物はゲーアハルト・エーベルスという。彼はエーベルス伯爵家の次男でアーガス王国で官僚だった。自ら死を選んだ彼は、官僚や騎士で職務中に不慮の事故等で死んでしまった者が埋葬される共同墓地にいた。
 それを聞いたネイサンは唇を噛み、悲壮な顔になった。だが、彼には確認することがあった。

「ローイックの怪我についてですが」

 ヴァルデマルの額が一瞬だけヒクつく。ハーヴィーの顔も強張った。

「あの怪我は、もしや暴行ではないでしょうなぁ。ゲーアハルト君が死を選ぶほどの何かがあったわけです。当然残りの三人にも何かしらの乱暴狼藉があったと考えるのが自然です」
「……当人は転倒した、と言っているようですが」

 ネイサンはゆっくりとテーブルに肘をついた。

「我が国にも協力者はおります。その者の報告では、彼の怪我は明らかに暴行を受けたものであった、と。顔には殴打の痕があったとか」
 
 帝国が間者を紛れ込ませていればその逆もまたしかりである。終戦後、アーガス王国も帝国内に協力者を作っていたのである。ヴァルデマルは無表情で答えない。

「我が国は、彼を暴行した者の処罰も要求します。それが最後の条件です」

 ネイサンは言い切った。しばしの沈黙が部屋に訪れたが、ヴァルデマルが声を発した。

「……致し方ありませんな。犯人を見つけ出し、処罰することをお約束いたしましょう。ですがこちらにも、話しておかなければならぬ事がありましてな」

 ヴァルデマルは頬に皺を寄せ、にやっと笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美しい貴婦人と隠された秘密

瀧 東弍
恋愛
使用人の母と貴族の屋敷で働く四歳の少女アネイシアは、当主の嫡子である十歳の少年ディトラスと親しくなり、親交を深めるようになる。 ところが三年目の夏、忌まわしい事件がおこり彼女は母親ともども屋敷を追い出された。 それから十年の時が過ぎ、貴族の父にひきとられていたアネイシアは、伯爵家の娘として嫁ぐよう命じられる。 結婚式当日、初めて目にした夫があのディトラスだと気づき驚くアネイシア。 しかし彼女は、自分が遠い日の思い出の少女だと告げられなかった。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...