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キツネとタヌキ
第一話 仕事人間な男
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「ローイック! あなた、明日から第三騎士団に転属ね!」
金色の髪を風に漂わせながら、狐顔の彼女は、ニパっと笑った。
鐘の音が一つ、エクセリオン帝国の帝都タロスの静寂に響き渡った。春先の、まだ冷えた空気では遠くまで良く聞こえる。
「えぇ、もう日付が変わるのか?」
机に向かい、黙々と文字を書いている、紺色の詰め襟を着た一人の青年が、鐘の音を確かめるように窓を見た。そして自分の机に置かれている書類の山を見て、ため息をついた。
帝国では日付を跨ぐ時に鐘を一回鳴らす。夜中であるから迷惑にならない様に鳴らすのは一回だ。昔は何回も打っていたようだが、とある時代の皇帝陛下から苦情が来て止めになったらしい。
「はぁ疲れた……今日も終わらなかったなぁ」
青年の前に置かれている、絶望的に多いその書類は、彼が属している第三騎士団に関する書類だ。その紙達は彼の机の大半を占領していた。
その他には明かりの発光石ランプ、書類を書くための筆。そんなものだ。小さい部屋に、資料をしまう棚と、この机だけがある。そんな寂しい部屋が彼の職場だ。
彼の名はローイック・マーベリク。伸びすぎた茶色い髪を後ろで一つに縛っている、狸顔で、のほほんとした風体の男だ。総合的に何でもやらされる事務方、所謂文官をやっている。
「毎日毎日、良くもまぁ」
ローイックは呆れた声を上げ、縛ってあった伸び放題の茶色い髪を解いた。わさっと茶色が顔を覆う。
彼はスッと手を伸ばし、今しがた書き上げたばかりの書類を取った。
「剣が五本折れた、盾が三個割れた、弓が壊れた、香水が切れた、おやつが尽きた、髪留めが気にいらない、風呂が狭い、食事を美味しく」
ローイックは項目を読みあげて、ふぅ、とため息をついた。そんな苦情などの書類だったからだ。その他にも報告書や帳簿、訓練記録などもある。
「ふわぁ~。部屋に戻るのも面倒だなぁ……」
ローイックは、うーん、と腕を伸ばすと、書類を『完了』と書かれた箱にそっと入れ、そのまま机に突っ伏した。
明日朝、一番に飛び込んでくるであろう彼女を、頭に思い浮かべながら。
金色の髪を風に漂わせながら、狐顔の彼女は、ニパっと笑った。
鐘の音が一つ、エクセリオン帝国の帝都タロスの静寂に響き渡った。春先の、まだ冷えた空気では遠くまで良く聞こえる。
「えぇ、もう日付が変わるのか?」
机に向かい、黙々と文字を書いている、紺色の詰め襟を着た一人の青年が、鐘の音を確かめるように窓を見た。そして自分の机に置かれている書類の山を見て、ため息をついた。
帝国では日付を跨ぐ時に鐘を一回鳴らす。夜中であるから迷惑にならない様に鳴らすのは一回だ。昔は何回も打っていたようだが、とある時代の皇帝陛下から苦情が来て止めになったらしい。
「はぁ疲れた……今日も終わらなかったなぁ」
青年の前に置かれている、絶望的に多いその書類は、彼が属している第三騎士団に関する書類だ。その紙達は彼の机の大半を占領していた。
その他には明かりの発光石ランプ、書類を書くための筆。そんなものだ。小さい部屋に、資料をしまう棚と、この机だけがある。そんな寂しい部屋が彼の職場だ。
彼の名はローイック・マーベリク。伸びすぎた茶色い髪を後ろで一つに縛っている、狸顔で、のほほんとした風体の男だ。総合的に何でもやらされる事務方、所謂文官をやっている。
「毎日毎日、良くもまぁ」
ローイックは呆れた声を上げ、縛ってあった伸び放題の茶色い髪を解いた。わさっと茶色が顔を覆う。
彼はスッと手を伸ばし、今しがた書き上げたばかりの書類を取った。
「剣が五本折れた、盾が三個割れた、弓が壊れた、香水が切れた、おやつが尽きた、髪留めが気にいらない、風呂が狭い、食事を美味しく」
ローイックは項目を読みあげて、ふぅ、とため息をついた。そんな苦情などの書類だったからだ。その他にも報告書や帳簿、訓練記録などもある。
「ふわぁ~。部屋に戻るのも面倒だなぁ……」
ローイックは、うーん、と腕を伸ばすと、書類を『完了』と書かれた箱にそっと入れ、そのまま机に突っ伏した。
明日朝、一番に飛び込んでくるであろう彼女を、頭に思い浮かべながら。
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