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「異世界人様。私の世界に招待します」
どこからか女性の声が聞こえた。
俺は、今日の仕事を終えて自分の部屋で眠っていた。仕事は調理師。自分の店を持ち、そこで料理長として働いている。
名前は不動慎と言う。年齢はまだ二〇歳だ。この歳で料理長というのは我ながらおかしいと思うが、両親が「何でも挑戦だ」と店を建ててくれた。
まあ、両親が金持ちだからこんなことができるのだろう。俺はあまりその金には頼りたくなかったが、自分で自分の店を経営してお金を稼げるのは、それはそれで良かった。
さて、話を戻すが、さっきの声はなんだったのだろうか? 「異世界に招待します」。そんな風に聞こえた。
どうせ夢だろうと決めつけ、ふかふかのベッドで二度寝しようとしたその時、急に地面に落ちた。痛い。変な落ち方をして腰を思いっきり強打する。さすがにもう寝ているわけにもいかず、重たい瞼を開けた。
まず最初に目にしたのは、木だった。それも何本もの。即ち、ここは森の中だ。
あまりの出来事に腰の痛みのことなど忘れていた。夢だろう。思いっきり頬をつねる。つねりすぎて頬が痛くなった。
ここにきて、俺は異常なことが起きたのを悟った。
「私の世界に招待します」
あの女性の声の意味をようやく理解した。決して夢ではない。その証拠に、痛みがある。何より、今触っている地面がひんやりとしていて、これが夢ではないとはっきりした。
ガサゴソ。
急に右側の草木が揺れた。俺はそちらを観察する。
何かいる。そんな感覚がある。これが異世界だからなのかはわからないが、何となくそう感じるのだ。
出てくるのがもしモンスターだった場合、俺は死ぬ。だって武器を持っていない。格好は……あれ? 何故かしっかり防具だけはつけていた。革で出来た簡単なものではあるが、ちゃんとつけている。
異世界に無理やり連れてこられたから、サービスの一環としてつけられたのだろうか。だったら、武器ももらいたかった。
ガサゴソ。
音がどんどん近くなってくる。もうまもなく来ることは確実。
格闘技など知らないが一応、手をグーにして空手みたいな構えをしてみる。あまりにも不慣れで変な格好だが、何もやらないよりマシだ。
ガサッ。
音の正体が出てきた。それは手に短剣を握り、俺と同じく革の防具をつけた女性だった。
女性は俺の格好を見ると、哀れんだ目をしてにっこりと笑った。
やめてくれ、やりたくてやったのではない。しょうがないではないか。今日まで料理一筋。高校時代も運動はいまいちだった。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
俺はすぐに構えを解く。まともに相手の顔を見られない。一瞬見たあの哀れみの目を思い出すだけで、俺のハートはグサグサと傷つけられる。
「冒険者ですか?」
「一応……そうなります」
相手から声をかけてくれたので無難に答えておく。目は合わせてないが……
女性はフフフと笑う。多分思い出し笑いだろう。
やめてくれ、もうHPは残っていない。俺の精神HP。
「新人さん……ですね? 構えでそうわかります。それにしても面白い格好でした。見た時は変態だと思いましたよ」
「そ……そうですか……」
俺の精神HPはついに0になった。ああ、俺の心に癒えない傷が出来た。
「あっ。申し遅れました。私はスズヤ・エリカと申します。冒険者の格好をしていますが、本業は料理人をしています」
「料理人!!」
「は……はい」
思わず料理人という言葉に反応してしまった。同じ料理人だからこそ反応してしまったのだ。
「もしかして……あなたも料理人ですか?」
「はい。私も料理人です。今は自分の……」
そこで言葉が出なくなった。今、自分の店は無いのだ。店があるのは地球だ。ここではない。
そもそも何故、俺はここにいる。勝手に招待されて連れてこられた。俺は、地球で料理を作り提供する、それで満足だったのに。
「どうか……されました?」
急にしゃべらなくなった俺を心配して、スズヤさんが声をかけてきた。
「大丈夫です」
俺はそうひと言だけ答える。
ここで俺は、まだ名前を告げていなかったことに気づいた。
「あ……まだ、名前を言っていませんでしたね。俺の名前はフドウシンと言います。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
何がよろしくなのか知らないが、お互い礼をする。ただの自己紹介だ。何かお見合いみたいな感じになったが、もう一度言おう。ただの自己紹介だ。
「それで……シンさんはどうしてこの森の中に? 武器も持たないで危ないと思いますが……」
痛いところをつかれた。正直に異世界から来たと言うのもいいが、異世界人と知られるだけで危ないような気がしたので、ここは嘘をつくことにした。
「それが……覚えていないんです。名前と料理人だったことは覚えているのですが……それ以外は何も」
「記憶……喪失ですか……」
俺の言葉を聞いたスズヤさんは、思惑通りそう判断してくれた。
嘘をつくのはよくないが、俺はこの世界のことを何も知らない。
この世界に来た時点で、俺はもう生き残るために動かなくてはいけないのだ。それには嘘をついて情報を集めることも必要だ。
「どこに住んでいたのかも忘れています?」
「はい……名前と料理人だったこと以外は……」
「そうですか……それじゃあ、まずは街に行きましょう。そしたら何かわかるかもしれません。一緒に行きましょう」
そう言ったスズヤさんは俺の手を取って、森を進んでいく。
多分スズヤさんは優しい人なのだろう。見ず知らずの俺を放っておくことなく、一緒に街に連れて行ってくれている。はじめに出会ったのがスズヤさんで本当に良かった。
俺たちは脇目も振らずひたすら進む。森を出たら草原になり、すぐそこに街が見えた。モンスターとの遭遇は未だにゼロ。多分、スズヤさんが気を回して避けてくれているのだろうと勝手に思う。
未だに手を引いてもらっている。どこか恥ずかしい気もするが、スズヤさんは気にしてないようで、俺はそんなことを思う自分が恥ずかしい。
街まで一直線に歩き、大きな門に着いた。立っていた門番に、スズヤさんは冒険者のギルドカードというものを見せる。俺は何も持っていなかったので、お金を払うことで入れてもらった。
もちろん俺はこの世界のお金など持っていない。スズヤさんが出してくれたのだ。本当にありがたい。
街の中は活気に満ち溢れていた。大通りを歩いている人は様々。俺と同じ人間もいれば、髪の上に耳が生えている獣人族、耳が長く、なおかつ綺麗な容姿のエルフなどもいる。
どうやら、この街には差別というものは無いらしい。いや、まだ、そうと決めつけてはいけないが、見た感じではそうだった。
「あ……すみません。ずっと握っていました……」
街に入ってやっと、スズヤさんは俺の手を離す。
名残惜しい気持ちもあるが、長い間つながっていたためドキドキな気分を楽しめて満足だった。しかも、スズヤさんがこちらを見て顔を赤くしながら言うもんだから、勘違いしそうだ。
「いえ、大丈夫です。それより、連れて来てくれてありがとうございます」
俺は見え隠れする気持ちを隠すように、ここも無難にお礼を言う。思えば、出会った時にあんな滑稽な姿をさらした俺のことを好きになるわけもなく、諦めた。
ああ、思い出しただけでまたもや精神が削られる。
「なにか……思い出しましたか……?」
「……ごめんなさい。わからないです」
「そうですか」
彼女は俺の言葉を聞いて残念そうにする。嘘をつくということに、ここまで罪悪感があるとは思わなかった。ごめんなさい、スズヤさん。
それはそうと、ひと通り街の様子を見て気づいたことがある。
料理を出す店が多いのだ。右手に料理の店、左手に料理の店。先に進むとまた料理の店と……どこもかしこも料理の店が立ち並ぶ。しかも、どの店にも多くの客が入っている。
「スズヤさん、この街は料理の店が多いんですね」
「それは当たり前です。この街は料理の街と言われる、いわば料理の聖地なのです。これは常識なのですが……それまで忘れているとなると……」
スズヤさんがブツブツと何か呟き始めた。
その内容も気になるが、俺としてはここの料理に興味がある。異世界の料理とはどんな物なのか知りたい。
「シンさん……シンさん!!」
「あ……はい!!」
どうやら考え事に集中していて、スズヤさんの声が聞こえていなかったようだ。
「ギルドに行きましょう。料理はまた今度です。とりあえず、あなたの身分証を確保しましょう」
その言葉に従って、ギルドに向かう。
興味はあってもお金が無い。身分証も無い。まずはそうするしかなかった。異世界の料理……早く食べてみたい。
少し歩いたらすぐにギルドに着いた。剣と盾が交差するようなマークの看板が掲げてあり、すぐにそこだとわかった。
スズヤさんは迷いなく扉を開けて中に入る。俺も続く形で中に入った。
ギルドの中はシンプルだった。三つの受付、冒険者がたむろする机や椅子が置いてある場所、クエストの依頼を貼り付ける掲示板。まあ、ゲームでよく見るギルドの形だ。
中にいた冒険者は入ってきた俺たちをちらっと見たが、すぐに興味を無くしたように元通りになる。もし、ここで何かトラブルになるようならまさしく主人公ルートなのだが、俺は勇者ではないためそんなことはないだろう。
無駄にフラグを立てないよう、俺はあえて視線に気づかないふりをする。一方、スズヤさんはまっすぐ受付の方に進む。俺もその後に続いた。
近くを通った際、冒険者の何人かがスズヤさんに「今日やっと予約が回ってきたぜ、後で行くからな~」「美味しいもの期待している」などと声をかける。スズヤさんもにっこりと笑い「よろしくお願いします」と一人一人に答える。
受付に着くと、そこには美人と言って差し支えないお姉さんが立っていた。
「エリカ、おかえり。今日は早かったね」
「そうなんです。ちょっと、用事が出来てしまって……」
「その子のため?」
お姉さんが俺を見る。近いですよお姉さん。顔を近づけるのはやめてください。美人なのですから……ドキドキします。
「カオルちゃん!! あまりからかわないでください。シンさんが顔を赤くしています」
「フフフ……可愛いわね」
カオルさんと呼ばれたお姉さんはやっと顔を離してくれた。でもある意味、精神が回復したような気がする。
「もう……カオルちゃんは……」
「フフフ……いじりがいがありますね。それよりも……エ~リ~カ。まだその防具を使ってるの?」
「これですか? おかしいですか?」
カオルさんは革の防具を指差した。俺と同じ革の防具。今思えばペアルックだ……いやいやいや、そうじゃない。
「おかしくはないけど……なんでまた革の防具なのよ……」
「だって、これの方が動きやすくて……」
「まあ、機動性があることはわかるけど……エリカ、自覚している? あなたは立派なAランクの冒険者なのよ」
「もちろん自覚はあります。だから、革もAランクモンスターの立派なやつを使っていますし……」
「それはそうだけど……ねえ」
前言撤回。俺と同じ革の防具? そんなわけはなかった。
いや、確かに革の防具だよ。でも、素材の品質が全然違った。何より、スズヤさんがAランクの冒険者だったことに驚く。
Aランクということはきっと上位に当たる人物だ。ギルドの説明はまだされていないが、大体の見当はつく。まさかそんな人が手を引いてこの街まで送ってくれていたとは。
「まあ、それは置いておくことにしましょう。エリカがそれでいいならいいわ。それで、何をしに来たの?」
「シンさんの冒険者登録をお願いしに来ました」
「やっぱりその子のためなのね……それで、どこから連れて来たの?」
「森の中で会いました。記憶喪失だそうです」
「それもまた、大変ね」
カオルさんが俺をじっくり観察する。その視線にドキドキするが、顔に出ないように必死に隠す。
「身分を保証するものがなかったら大変でしょう。登録を受け付けるわ」
「ありがとうカオルちゃん」
「これも仕事の一環だからね。それじゃあ、シンさん、と言いましたか? ステータスを確認して、その通りにこの紙に書いてください」
カオルさんから一枚の紙を渡された。名前とステータス、それと魔法を書く欄がある。
「あの……ステータスはどうやって見るのですか?」
「……常識も忘れているのね……手を縦に振りなさい。そしたら画面が出てくるから、その中のステータスを選べば見られるわよ」
教えられた通りに手を振る。そうすると三つのアイコンが出てきた。ステータス、装備、魔法。ステータスを選ぶと、自分のそれが表示された。
レベル 1
HP 100 MP 無限
攻撃 10 防御 20 素早さ 15
〈魔法〉 創造召喚
「……」
なにこれ!?
まずMPがおかしい。もはや数字ではない。ご丁寧に漢字で「無限」と書かれている。
それに、魔法も。創造召喚とはいったいなんだ。
「どうかしました?」
「いや……なんでもないです」
俺の表情を見たスズヤさんが問いかけてきた。
すぐに返事をしてなんでもないように振る舞い、紙とペンを持って書き込み始める。
「ああ……最初に言っておくと、嘘を書くのも禁止されていないわ。でもそれで困るのは冒険者自身です。期待させておいて本当は弱かったとなると、痛い目見るからね。一応注意はしておくわ」
良かった。嘘は書ける。いや、そもそも普通に書いた方が嘘っぽいように見える。魔法は無いということにして、MPは無難に50と書いておく。それでも多いかどうかは知らないが、無限よりはマシだろう。
俺は書いた紙をカオルさんに渡した。
「……うん。嘘は書いてないみたいね」
いや、すごく書いているけど……
「これで登録するわ。すぐに終わるからここで待っていて」
カオルさんが受付の奥に消える。それから数分で帰ってきた。
「はい、これがギルドカード。ランクはF。説明はいる?」
「一応、お願いします」
「わかったわ。わかりやすく簡単にするわね。まず、ランクは下はFから始まって、一番上がA。Aの上も一応あるのだけど、ほぼいないわ。ちなみにSランクと言うの。ギルドカードは初回はタダ。紛失した場合は再発行に銀貨二枚かかるから注意してね。身分証明になり、狩ったモンスターを自動で記録するわ。ギルドボードにあるクエストは、ランクに関係なく全て受けることが可能。ただし自己責任で、死んでもギルドは何もしないわ。貴族からのクエストだけはこちらから指名依頼する形を取るの……こんなところかしら。他に何かわからないことがあったら聞きなさい。記憶が無くて大変でしょう」
「ここには私もちょくちょく来るから、声をかけてくれたら説明しますよ」
「エリカもそう言っているんだから、遠慮はしなくていいわよ」
「ありがとうございます」
スズヤさんとカオルさんにお礼を言う。これで俺も冒険者だ。
「それじゃ、身分証も確保したことだし……私はそろそろ店の準備をしに行きます」
「エリカも大変ね……Aランクの冒険者なのに、本業が料理人なんて……私には考えられないわ」
「元々はいい食材を確保するために冒険者になったので……それはしょうがないことです」
「食材確保のために冒険者……そんなことをするのはエリカだけだよ」
「そのおかげで良い食材が手に入り、店も繁盛しているので、これでいいんですよ」
なるほどな……料理のための冒険者。スズヤさんも大変なことをしているものだ。俺もできればこの世界でも料理を作りたい。そして店を持ちたいものだ。
「シンさん。残っている記憶では、料理人だったんですよね? 私の料理を食べますか? 今日は特別にタダで食べさせてあげますよ」
「いいんですか?」
「はい。これも何かの縁です。私の料理を食べてもらい、お得意様にしますよ」
「シンさんはラッキーね。エリカの料理が食べれるなんてね」
自信ありありの言葉に期待が膨らむ。
それに待望の異世界の料理だ。楽しみだ。どんなものが飛び出すのか、ドキドキする。
俺はスズヤさんの後に続き、彼女の店に向かった。創造召喚の謎は後回し。とりあえず料理を食べてから考えることにする。
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