箸で地球はすくえない

ねこよう

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ヒツジの話 2章

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 詐欺は女の方がうまい。
 
 あれはどうしてなんだろう。やっぱり人を騙すのは男より女の方が一枚上
なのだろうか。
 タヌキって女詐欺師がいた。
 本当のタヌキみたいにポテっとした体形で、お世辞にも美人ではなかったけど、
男を何人もだまして金を巻き上げていた。
 あれは「私はあなただけを愛してます」って男に信じ込ませるのが抜群に
うまかったな。それで実は親に借金があるとか何とか言って、二百万くらいを
預かってそのままドロン。
 俺も何度か顔を貸したなぁ。「義理の兄」だったり「従弟」だったりしたけど。
 でもタヌキは割り前を出すのは景気よくやってた。あれはすごいな。
他の奴は、手を貸したって割り前けちるヤツばかりだったが、タヌキは違った。
 あのタヌキは・・・そうか。あの大掛かりに詐欺やった、さちが丘事件。
 あれで、出てきたばかりの若い女詐欺師と争って、負けたんだよな。
 みんな、あのタヌキが負けるのかって噂になってたけど、若い女詐欺師が
切れ者で、あのタヌキが完全に相手のシナリオに乗せられてたって事だった。
 あれで大分損失が出て、タヌキは山に引っ込んだって言ってたな。
 若い方の詐欺師は、名前は・・・・うーん、思い出せない。確か、鳥かなんかの
名前だったと思うけど・・・・
 ん? 誰か来たか? はいはーい。おかしいな。俺のところに来る人なんか
滅多にいないはずだけど、セールスマンかなにかか? 
 
 エ?・・・・誰だ?

 
 ドアを開けた天河さんは、「どちらさんですか?」と眉間に皺を寄せて
尋ねてきた。
 私は「ヘルパーの田中です」と身分証を見せながら返答する。
 ヘルパーさん? 頼みましたっけ? とまだ納得していないので、
「今日の十二時からで予約が入ってます」と言うと、そうですか。じゃあまぁ
とりあえずどうぞ。と中に入れてくれる。
 この一連のやり取りは、最近の訪問で必ず行われる、恒例行事みたいなものだ。
 天河さんの認知症は日に日に悪化している。
 最近では、ろくに掃除も出来ていないみたいで、部屋のあちこちから
悪臭がしている。悪臭の原因は、あちらこちらにある尿や腐った食べ物や、
部屋の隅に高く積んであるゴミだ。
 身体が動かないという事ではないので、援助するのは掃除や洗濯の援助くらい
だが、時間内に家の中全部を片付けられるわけではない。
 ゴミも、本人の了承なしに勝手に物を捨てられないので、捨てますか?と
聞くと、たぶん認知症でよくわかっていない天河さんは、一応取っておいて。
と答える。
 なので、私はため息をつきながら高く積んであるゴミの上にゴミを重ねる。
 天河さんの担当のケアマネージャーさんには、こうした現状は報告してあるの
だけど、なぜかそのままでゴミの山だけが高くなっていく。
 私の見た感じでは、天河さんはもう自宅で独り暮らし出来ないくらいのレベルだと
思うのだが、まぁ仕方がない。私は私の出来ることしかできないのだから。
 両手にビニールグローブをつけ、あちらこちらに落ちている洋服を拾って洗濯機に
突っ込んでいく。
 洋服からは尿や便や加齢臭の匂いがする。
 洗濯機が回っている間に、床のカーペットに掃除機をかける。掃除機も古くて
あんまりゴミを吸っていない気がするけど、何もしないよりはマシだろう。
 掃除機をかけている私を、天河さんがじっと見ている。
 もうじきくるだろうなと思いながらもそれに気づかないふりをして、
私は掃除機を動かす。
 天河さんが一歩近づく。
 きた。毎度の事ながら、だ。
 私はカーペットに向けていた顔をあげる。少し戸惑っているような天河さんの顔が
間近にあった。
 本当にいつもいつも毎度のことだ。
 
 「・・・秀子か?」
 
 
 「そうよ。兄さん、どうしたの?」
 名前を呼ぶと、秀子はそう答えた。
 「いつ来ていたんだ? 泰文はどうした?」
 「こんな時間だから学校よ。何言ってんのよ。」
 そう言うと、秀子はまた掃除機の先っぽに目を向けて床のゴミに集中している。
 「そうなのか・・・いやでも・・・・来ると思わなかったんだ。
  ホラ、こないだ、ちょっと言い合いになったじゃないか。
  それで俺がお前にひどい事言っちゃったから、
  ひょっとしたらもう来ないんじゃないかと思ってな・・・」
 秀子は顔をあげると、にっこり微笑んでから、言った。
 「何言ってんの。二人っきりの兄妹じゃないの。」
 そうか。じゃあ、俺は許されたのか。

 嘘の微笑み顔を見せると、そうか、そうか、と呟きながら、天河さんは
離れていった。
 一番最初に「秀子か」と呼ばれた時は、少し驚いた。
 私たち訪問で来るヘルパーを、家族の誰かと勘違いする認知症のお年寄りは多い。
よくあるのが、娘や嫁と思い込まれる事だ。
 そういう時は否定していてもしょうがないので、そのまま娘のふりをして
時間を過ごす事もある。
 たまに、男性のお年寄りに自分の奥さんと勘違いされる事もあって、そういう
場合はなぜか性的発言があったり直接触りにきたりする事もある。
 まぁ夫婦なんだから仕方がないのか。
 ひどい時には事務所やケアマネさんに報告して、あまりにもひどいと男性の
ヘルパーさんに変わってもらったりする。
 なので、天河さんに「秀子」と最初に呼ばれた時咄嗟に思ったのは、
また奥さんと間違われてるか私? だったけど、よくよく話を聞くとそうではない
みたいだった。
 確かに情報シートにも「結婚歴なし」と書かれていたしな。
 天河さんは、「秀子」という妹さんとケンカ別れしてそのままらしい。
「泰文」という甥っ子の事もかなり可愛がっていたみたいだが、妹とケンカ別れ
してからは会ってないとのことだ。
 ケンカ別れした原因について聞いてみると、天河さんがやっていた仕事について
妹さんが反対していて、それでも天河さんがその仕事を辞められないので、
辞めると約束したでしょうまだ無理だとの言い争いが激しくなってきて、
売り言葉に買い言葉で、もう絶縁だ。ぐらいになってしまったらしい。
 「――でもさ、秀子。俺な、やっとあの仕事辞めたんだ。
  だから、もう大丈夫なんだよ。」
 あん時は悪かったな、言い過ぎてしまって。と天河さんは私に向かって
頭を下げてきた。
 こんな年齢を重ねた男性でも、間違いや悔いがたくさんあるんだなぁと
少ししみじみした感情が沸いてきたのを覚えている。
 今、掃除機を持った私から離れていく天河さんの背中を眺めながら、
じゃあもっと早くその仕事を辞めて違う職について、秀子さんと仲直りして
おけば良かったじゃないですか。
 と言いたくなってしまう。
 結局最後にいてくれるのは、家族なのだから。 
 
 
 秀子にスマンと謝ってから、俺の脳裏には
 「そんな子供に言えないような仕事、早く足を洗ってよ!」
 そう秀子に怒鳴られた場面が思い浮かんだ。
 
 普通の仕事・・・例えば会社員とか事務員とかラーメン屋の店員だったら、
退職願とやらを書いて持って行けばいいだけの話だ。
 でも俺がいた世界は違う。あの事件を裏で操ってたヤツの名前とか、あの男を
始末した現場を目撃してたとか、いろいろヤバイ情報を知ってしまっている。
 やめるからと言ってそのまま放っといてくれる保障なんかない。俺に情報を
バラされるかもしれないと危惧したヤツらが、消しに来るかもしれない。
 百歩譲って俺だけやられるならそれはそれで仕方がない。
 こんな仕事で稼いできた報いだ。
 でも、ヒツジは家族に秘密をばらしたかもしれない、と連中が考えて、秀子や
泰文に危害がかかる可能性がある。
 そう言えば、あのフクロウって情報屋の所にいた若い男――。弟子みたいなもん
だってフクロウは言ってたが、アイツはヤバイな。何がどうって言えないが、
あの目つきや雰囲気はダメだ。油断すると何から何までかすめ盗られそうな感じが
する。
 なんだか、俺になついたふりをしてアレコレと聞いてきたけど、ちょっと気許して
喋ると、パンツの色まで知られそうだった。
 たしか・・・黒ウサギとか呼ばれてた。いつも黒い服ばっかり着て。
 ああいう、黒着てれば怪しい空気を醸し出せるみたいなセンスは、俺は嫌だね。
 ああいうヤツらにバレないように、長い時間かけていろいろ準備して、なんとか
居場所がバレないようにして足抜けしたら、秀子の行方が分からなくなって・・・
でも、帰ってきてくれたんだな。嬉しいよ。

 
 時間になったから帰り支度をしていると、天河さんが
 「秀子、どこか行くのか?」と心配そうに聞いてきた。
 「兄さん、ちょっと買い物に行ってくるから。」
 天河さんは、そうかと納得した。
 最初に私が「秀子」になった頃は、時間になって家を出る時に
 「また出てくのか?行かないでくれよ」と興奮してしまい大変だったが、
最近はこう言えば穏やかに家を出ることが出来る。
 私は、家の奥をちらと見に行った。
 やっぱり、トイレには便がこびりついているし、バスタブはカビだらけだ。
これを全部掃除しようとしたら半日はかかるだろう。
 気になるけど、ケアマネさんには伝えてあるし、もし一生懸命掃除したとしても、
次に来た時にはまた元通りに汚れているだろうし。
 私は、それを見なかった事にした。
 ヘルパーだ介護だと言っていても、その人の全部を介護出来るわけではない。
一人の人間の全てを面倒みるというのは、とてつもなく大変な事なのだ。
 子供なら、最初は手間がかかっても年々成長していって、あの頃はトイレも一人で
行けなかったと笑い話にする事もできるだろうけど、お年寄りの場合は成長どころ
ではなく、日々を過ごすごとに認知症が進行したり歩けなくなったりと悪くなって
いくだけなのだから。

 まぁ子供を育てた事がない私がこう言うのもおこがましいけど。

 秀子が、買い物に行った。
 
 そう言えば思い出した。
 泰文が入っていたのは「東海町FC」というチームで、サッカーがうまいコが
何人もいて、泰文はレギュラーではなかった。
 それが、四年生のある大会の時、選手の何人かがインフルエンザにかかって
出場できなくなり試合に出る選手が足りなくなったので、急遽泰文が
試合に出る事になった。
 そこで泰文はゴールして大活躍し、チームで一人選ばれるMVPに選出されて
メダルをもらったんだった。
 たまたま俺の仕事が無い日だったから、試合会場の小学校の校舎にこっそり
忍び込んで、二階の教室から試合を盗み見してたっけ。
 泰文のシュートがゴールに突き刺さった時は、嬉しかったなぁ~。
 思わず、やったぞって叫びそうになっていた。
 秀子が帰ってきたら、あの時の話でもしよう。
 あの日の泰文がすごかったなって。
 あれは・・・泰文がゴールして、MVPになった日は・・・いつだったっけか。
 でも懐かしいな~。家に帰って来てから興奮して試合でゴールした話をする泰文の
楽しそうな顔。
 今、泰文は・・・いくつになっているんだろう。
 もういい大人だろうけど。そのへんも秀子に聞いてみないとな。
 秀子、早く帰ってこないかな。

 あれ?
 今、俺は・・・何を待っていたんだ?
 

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