箸で地球はすくえない

ねこよう

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キツネの話 2章

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 深夜。
   家のリビングでソファに座り、私はぼんやりとあの子の事を考え込んでいた。
 あのLINE。あんなに私の事を調べたって事は私に興味があるってことじゃないの?
なのに一目会ってよろしくしないってどういう事なの? ひょっとして第一印象が
悪かった?いやでも今まで何十人と会ってきたけど、そういう感じは一度もなかった
けどなぁ・・・
 
 「ただいま」と声がして、スーツ姿の父がドアを開けて入ってきた。
 私は気のない「ああ、おかえり」を返した。
 「まだ起きてたの?」そう言いながら父はネクタイを緩め、私の背後にある
食事用テーブルの椅子に腰かける。
 「うん・・・ちょっとね」
 「なんか困りごとか?お父さんで良かったら相談に乗るぞ」
 ハハ、いいよ。と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
 もしかしたら、いい意見が聞けるかもしれない。
 「あのさお父さん、営業の仕事してるんだよね?」
 「ああ、そうだ。お客さんは会社とか企業だけどな。」
 お父さんは、コピー機やパソコンとかのオフィス向けの商品を扱う
会社の営業マンだ。
 「じゃあさ、例えばだけど、あんまり仲良くなってないお客さんと、どうしても
  近づきたいとしたら、どうするの?」
 「なんだ?友達か?カレシか?」とにやけた後、父は腕を組んで、でも私からの
質問が少し嬉しそうに「うーん、そうだなぁ・・・」と考えた。
 
 「やっぱり・・・そのお客さんの事を知ろうとするかな。
  どんな人で、何が好きか。何をやっているのか。」

 
 日曜日。私は駅の反対側のサイゼリヤで座っていた。
 毎週ではないが日曜日にこのサイゼリヤで、あのコはたびたび目撃されている。
しかも男の人と二人で。
 そんな頼りない話を、あのコを私に紹介してくれた女の子が教えてくれた。
 なのでこうしてわざわざ電車に乗ってサイゼリヤに来てみたが、あのコが来るか
どうかさえも分からない。もし来なかったら、こんな所までペペロンチーノを
食べに来たのか。とかボンヤリと考えていたら、店のドアが開き、店員の女性が
「いらっしゃいませ」と近寄っていく。
 
 視線をやると、ドアの前には、背の高い男の人とあのコがいた。
 あのコとその男はもう決まってるかのようにスタスタ歩いていき、私の席の
後ろの四人掛けボックス席に座った。
 座るなり、「ミラノドリア二つ」とあのコは当然のように言った。
 店員ももう慣れっこのように「かしこまりました」と行ってしまっている。
 店員が離れるとすぐ、男が「それで進捗は?」と聞いて、
あのコは、カメラはやった。だの、音は今録り中。だとか、ブツは庭の隅に
埋めてある。なんて意味不明な会話をしている。
 それを聞いた男は、うんうんと頷いてカタカタとキーボードを叩いていた。
 また張らなきゃダメそうだな。って男が言うと、エー最近張りが多いよ。私もう
飽きてきたから黒ウサギがやればいいんじゃないの。とあのコは答えた。
 まあそう言うな。お前みたいな若くてバカそうな女だと相手も油断する。
俺みたいな男がいるんじゃ怪しまれるからな。バカだけ余計じゃないの。
 それもそうか。フフフと笑う声がした。
 
 これはどういう会話なんだろう。二人が恋人とかそういう関係じゃないってのは
分かる。でも仲が悪いわけじゃない。同じなにかをやっている仲間意識と言うか、
同族意識みたいなものが会話の端々からは感じられたけど――。
 ところで。と男の声がしてから少しの沈黙があり、また男が、壁に耳ありだな。
と言った。
 ん?どういう意味?と思った時、不意に頭の上に何かの気配を感じた。
 なんだろうと顔を上に向けてみると、
 「あんた、何やってんの?」
 あのコがボックス席の背もたれから顔を乗り出して、私の事を見下ろしていた。
 
 「それで・・・これは・・・・」
 私の前に座った黒い服の男は、顎をポリポリ掻きながら困ったように言葉を
続ける。
 「ともだちか?」
 「違う」
 隣に座るあのコは、きれいに反射で答える。
 「でも・・・ウサギの知ってるコなんだろ?」
 「だから、知ってるけど知らない」
 「意味が分からないぞ」
 「あんたも何か言って。なんでこんな所にいたの?」
 そう言われてもうまく答えにくい。これが、相手が男の子とかだったら
「あなたが気になって」とか言えるけど。
 そもそも、私自身もなんで電車まで乗ってサイゼリヤに来るまで行動したのか
よく分からない。でも、ウサギと呼ばれたこのコに、よく分からないけど何かが
あるって感じたのは本当だ。
 
 「黙ってちゃしょうがない。ファイル。どうせやってるんだろう。」
 ウサギってコは、渋々って感じで、自分のパソコンをカチカチと操作して、
男に画面を向けた。
 「ほーう。これはこれは・・・・」
 画面をスクロールさせながら男は目で追っていき、「面白いな」と言った。
 それからニヤついた顔でこっちを向くと「あんた」と言葉を続けた。
 
 「俺達の仕事を手伝わないか?」
 
 仕事?急にそんな事言われても面食らうだけだ。だいいち仕事ってなんの?
もしかしたら、かなりヤバイ系統の仕事なんじゃないだろうか。
 
 「ヤバイ仕事だったらどうしようかとか思ってるな。でも安心しろ。
  簡単な仕事だ。俺らは情報が欲しい。その欲しい情報があんたのお友達の
  ネットワークに引っかかれば、そのお友達にちょっと質問して、聞いた
  情報を売ってくれ。報酬は払う。変なクスリを売れとか体を売れとか
  そういんじゃない。ただそれだけなんだ」
 
 隣からは、なんでこいつに手伝わせるの?とか彼女がぶつくさ言っていたが、
男は一切構わずに私をじっと見ていた。

 まるで、早くYESと答えろと訴えるかのような目で――。

 
 男は、自分は「黒ウサギ」だと名乗った。
 あのコの事は「ウサギ」と呼べ。今後の連絡は全部ウサギがやる。
と付け加えた。
 お前にも呼び名が必要だな。なにか自分で考えてつけろ。何でもいいぞ。
コアラでもカンガルーでも。あのさ黒ウサギそれってオーストラリア縛りって
感じじゃん。うるさいなんだっていいんだパンダだっていいんだぞ。
それじゃあ中国縛り。
 動物・・・じゃあ、キツネで。
 ポロっと口から洩れた。「虎の威を借る狐」友達の威を借りている、空っぽで
何もない自分にはもっともな動物なんじゃないかと思った。
 そう言えば、私はこの黒ウサギという男に、仕事をやりますとか返事したん
だろうか。なんだかよくわからないうちにこの二人のペースに載せられて
しまっていた。
 しかしこの二人はいったいどういう仕事をやっているんだろう。でも仲は良い
みたいで、私に仕事をやらせる事が決まったお祝にデザートを頼めだのケーキ
食わせろだのウサギが言い出し、そんなの必要ない頼みたきゃ自分で払えのと
黒ウサギがギャーギャーやっている。


 それから二日後、早くもウサギからの連絡が着た。
 
 「三日市高校の林健太に、隣の家の梶原家のお父さんが毎朝の何時に
  出勤しているのか聞いて。」
 私はLINEのメンバーを検索した。林健太。確かサッカー部のまあまぁイケメン
だったと記憶している。
 突然の連絡での「ひさしぶり」というやりあいを少しやった後、怪しまれない
ように何気ない感じでうちこむ。

 「そう言えば、林君の隣の家って梶原さんとこなんだよね。あそこのお父さん、
  うちの父親の知り合いなんだよね」
 「そうなんだ」
 「梶原さんは朝いつも早く出勤してたってお父さん言ってた。
  朝六時くらいに家を出てるって」
 「そうなの?でも今は毎朝七時くらいだよ」
 「そうかぁ。じゃあちょっと遅くなったんだね」

 ウサギに「毎朝七時に出勤している」と送ると「わかった」とだけ返ってきた。
 
 これだけで良かったの?と半信半疑だったけど、三日してからなんの前触れも
なく、私のLINE PAYにウサギから1万円が送金されてきた。
 びっくりして、ウサギに「一万円が送られたけど間違い?」って送ったら、
「なに?あれじゃ足りない?」って返事が着て、すぐに五千円が送金された。
 
 エー?
 大丈夫なの?この仕事・・・。

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