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3rd day
決闘②
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アリーナの観客席は先ほどよりも人で溢れていた。
キースの大音声での宣言が効いたのか、もしかしたら手すきだった者が他のフロアにいた職員や騎士たちにも声をかけてきたのかもしれない。
集まった観客たちは思わぬ余興が始まったとばかりに好奇の視線をソラに投げかけている。
もっとお堅いイメージだったが、騎士というのは案外ノリがいいらしい。
「くふふ。いいねいいね。好きだよ、こういう空気」
周りを見渡していたアルカがニマニマと笑う。
実に楽しそうで結構なことである。
ソラは隣にいるアルカにだけ聞こえる程度の小声でぼそりと呟いた。
「ご機嫌だね、アルカ」
「まあね。やっぱ個人的にバトルは一番の胸アツ展開だから。まさかこんなに早く観れるとは思わなかったよ。キミ、意外と短気だよね」
「…………」
くすりと揶揄い調子のアルカにソラは、む、と押し黙る。
これでも一応、軽はずみな行動だったかもしれないと、少しだけ反省はしているのだ。
「うるさいな。仕方ないだろ。そういう成り行きだったんだから……ていうか他人事だと思ってアルカは気楽でいいよな」
「他人事だよ。ボクはいつだって観測するだけの存在さ。ま、現に干渉できるのはこの世に生きている者だけってことだね」
「……おい、アルカは自称聖霊なんだろ。なんていうか、こうそれっぽい加護とかおまじないとかあったりしないの?」
「ん? なんだ、そんなのが欲しいの?」
言って、アルカはおもむろに顔を近づける。
それから頬の辺りで、ちゅっ、と微かなリップ音を響かせた。
「……? んなっ⁉」
感触がなかったため、最初は何をされたのか分からなかった。
けれど気づいた瞬間、ソラの顔が赤く染まる。
ソラの頬にアルカがキスをしてきたのだ。
「ちょっ、アルカっ、何して――っ⁉」
「何っておまじないだよ。聖霊さまのありがたい口づけだ。おまじないとしてこれ以上のものはないだろう?」
唇に指で触れ、パチリとウインク。
幼い容姿でありながら、その眼差しと仕草はあまりにも妖艶で少年の鼓動をひどく騒がせた。
そんなソラの狼狽ぶりをひとしきり愉しんだ後、アルカはふと目元を緩める。
「さっきの啖呵、中々良かったよ。キミは彼女のために戦うと決めたんだろう? 自分がやるべきことを見定めたなら、あとはやり抜くだけだ――女の子の前だ。カッコいいところを見せてやりなよ、男の子」
握った拳を胸の中心に当てられる。
相変わらず感触はなかったが、そこから熱が沁み渡るようだった。
負けるな。
言外に言われた言葉に、ソラの口元が吊り上がる。
悔しいが、どうやらおまじないの効果は抜群らしい。
心配してもらうのもそれはそれで嬉しいけれど、こうして檄を飛ばしてくれる方がソラとしてはモチベーションが上がる。
「――うん、行ってくる!」
力強く答えて、ソラはリングへと登った。
「――よお。準備はできたか?」
リングの中央で待っていたキースが声をかけてくる。
ソラはそれに短い頷きを返した。
「結構。じゃあ早速だがルールを説明するぜ」
キースはリングの四方に備えつけられた四本の支柱を指差した。
「このリングは元々御前試合や交流試合のために造られたもんでな。リングの床と支柱にはそれぞれ内側のダメージを軽減する術式が組んである。つまり、実力差が大きく開いている者同士であってもそうそう死ぬことはねえ。そして、お前さんの勝利条件はウェルズリーに一発入れることだ」
ズビシッ、と人差し指を立てるキース。
あまりにも簡単な条件にソラが怪訝そうな表情を浮かべた。
「一発入れる? それだけですか?」
「ああ。ちなみにお前さんの負けはこのリングから落ちること。あとはまあ、俺が戦闘不能と判断するまでだな。一応手遅れになる前に止めてやるつもりではあるが、無理だと判断したら自分からリングから降りて負けを認めな」
「……降参もあり? 随分優しい条件ですね」
不服そうに見上げるソラに、キースは肩を竦めてみせる。
「ま、仮にもお前さんは〝ゲスト〟だからな。それに、最低限戦えるよう体裁を整えなきゃ決闘とは言えねえだろ? ソッコーで終わっちまっても観てる方も興ざめだしな。ああ、ハンデが足りねえようならもうちょい追加してやってもいいぜ?」
試すような口ぶりに内心怒りを覚えるも、ソラはぐっと堪える。
自分が格下なのは紛れもない事実。
これがルール無用なんでもありの実戦だったなら、確かに魔術の素人であるソラでは勝負にすらならないだろう。
それをソラが戦える土俵にまで調整してくれたのだ。しかも即座に負けを認められる余地を残した上で。
感謝こそすれ文句を言う筋合いはない。
けれど、馬鹿にされたままで黙っていられるほどお人好しでもない。
――必ず吠え面をかかせてやる。
「その条件でいいよ。けど、こっちがソッコーで勝ってもあとで文句言わないでくださいよ」
強気な発言に、キースは一瞬きょとんと目を丸くする。それからニヤリと愉しそうに笑みを浮かべた。
「くくっ。言うじゃねえか、坊主。精々口先だけじゃないことを祈るぜ」
「――見縊られたものだな」
そこへ、黙っていたままだったウェルズリーが苛立ちも露わに口を開く。
「少年。本気で私と戦うつもりか? 君と私では実力差は明白。どれだけハンデがあろうと君では私に勝つことは出来んよ」
「確かに普通にやり合ったら勝負にならないかもしれないね。でも、そこの団長さんやミリーさんならともかく、アンタに一発入れるぐらいなら今の僕でもなんとかなると思うよ。さっきのこと、もう忘れたんですか?」
とんとん、とソラは自分の腹を指で叩く。
先ほどソラがウェルズリーに肘鉄を撃ちこんだ場所だ。
分かりやすい煽りにウェルズリーが、ぎりっ、と歯噛みする。
「……卑怯な不意打ちを入れたぐらいであまりいい気になるなよ」
「アンタはそうやって実戦でも不意打ちは卑怯だなんて叫ぶのか? あとさっきも言ったけど、不意打ち仕掛けたのはそっちが先でしょ?」
「――貴様ッ!」
激昂しかけたウェルズリーをキースは、パンッ、とパイプを打ち鳴らして抑える。
「落ち着けよ、ウェルズリー。やる気があるのは結構だが、最低限の体裁は整えるっつったろ。慌てなくてもこれが最後の確認だ――お前ら、この決闘で互いに何を求める?」
騎士にとって〝決闘〟とは神聖なものだ。
名誉と誇りと、命を賭けた特別な儀式。
キースは問う。
命を賭けられないこの仮初の決闘で、お前たちは一体何を賭けるのかと。
その問いに、先に口を開いたのはウェルズリーだった。
「私がこの少年に求めるものなど何もありません。強いて言うなら、この支部に二度と足を踏み入れないことでしょうか」
投げやりの要求をソラはあっさりと受け入れる。
「いいですよ。僕が勝ったらミリーさんに謝ってもらいます。ただし、きちんと、誠意を籠めて」
「貴族の私に平民に頭を下げろと言うのか」
「勝つ自信があるなら別にいいだろ?」
「……そうだな。その安い挑発に乗ってやる。君の言う通り勝つのは私だからな」
視線で互いに火花を散らす二人にキースは満足げに笑う。
「オーケー。これで一応の体裁は整った。各々言うべきことはもう何もねえな? あとは武を以て存分に語ってみせな」
そう言ってキースがリングから降りる。
リングの上に残ったのはソラとウェルズリーの二人だけとなった。
キースの右手が高く掲げられる。
その瞬間、周囲のざわめきがぴたりと静まった。
ミリアリアが祈るように胸を押さえる。
そしてーーー
「では。互いの誇りと名誉を懸け――始めやがれッ!」
宣言と共にキースの右手が振り下ろされた。
キースの大音声での宣言が効いたのか、もしかしたら手すきだった者が他のフロアにいた職員や騎士たちにも声をかけてきたのかもしれない。
集まった観客たちは思わぬ余興が始まったとばかりに好奇の視線をソラに投げかけている。
もっとお堅いイメージだったが、騎士というのは案外ノリがいいらしい。
「くふふ。いいねいいね。好きだよ、こういう空気」
周りを見渡していたアルカがニマニマと笑う。
実に楽しそうで結構なことである。
ソラは隣にいるアルカにだけ聞こえる程度の小声でぼそりと呟いた。
「ご機嫌だね、アルカ」
「まあね。やっぱ個人的にバトルは一番の胸アツ展開だから。まさかこんなに早く観れるとは思わなかったよ。キミ、意外と短気だよね」
「…………」
くすりと揶揄い調子のアルカにソラは、む、と押し黙る。
これでも一応、軽はずみな行動だったかもしれないと、少しだけ反省はしているのだ。
「うるさいな。仕方ないだろ。そういう成り行きだったんだから……ていうか他人事だと思ってアルカは気楽でいいよな」
「他人事だよ。ボクはいつだって観測するだけの存在さ。ま、現に干渉できるのはこの世に生きている者だけってことだね」
「……おい、アルカは自称聖霊なんだろ。なんていうか、こうそれっぽい加護とかおまじないとかあったりしないの?」
「ん? なんだ、そんなのが欲しいの?」
言って、アルカはおもむろに顔を近づける。
それから頬の辺りで、ちゅっ、と微かなリップ音を響かせた。
「……? んなっ⁉」
感触がなかったため、最初は何をされたのか分からなかった。
けれど気づいた瞬間、ソラの顔が赤く染まる。
ソラの頬にアルカがキスをしてきたのだ。
「ちょっ、アルカっ、何して――っ⁉」
「何っておまじないだよ。聖霊さまのありがたい口づけだ。おまじないとしてこれ以上のものはないだろう?」
唇に指で触れ、パチリとウインク。
幼い容姿でありながら、その眼差しと仕草はあまりにも妖艶で少年の鼓動をひどく騒がせた。
そんなソラの狼狽ぶりをひとしきり愉しんだ後、アルカはふと目元を緩める。
「さっきの啖呵、中々良かったよ。キミは彼女のために戦うと決めたんだろう? 自分がやるべきことを見定めたなら、あとはやり抜くだけだ――女の子の前だ。カッコいいところを見せてやりなよ、男の子」
握った拳を胸の中心に当てられる。
相変わらず感触はなかったが、そこから熱が沁み渡るようだった。
負けるな。
言外に言われた言葉に、ソラの口元が吊り上がる。
悔しいが、どうやらおまじないの効果は抜群らしい。
心配してもらうのもそれはそれで嬉しいけれど、こうして檄を飛ばしてくれる方がソラとしてはモチベーションが上がる。
「――うん、行ってくる!」
力強く答えて、ソラはリングへと登った。
「――よお。準備はできたか?」
リングの中央で待っていたキースが声をかけてくる。
ソラはそれに短い頷きを返した。
「結構。じゃあ早速だがルールを説明するぜ」
キースはリングの四方に備えつけられた四本の支柱を指差した。
「このリングは元々御前試合や交流試合のために造られたもんでな。リングの床と支柱にはそれぞれ内側のダメージを軽減する術式が組んである。つまり、実力差が大きく開いている者同士であってもそうそう死ぬことはねえ。そして、お前さんの勝利条件はウェルズリーに一発入れることだ」
ズビシッ、と人差し指を立てるキース。
あまりにも簡単な条件にソラが怪訝そうな表情を浮かべた。
「一発入れる? それだけですか?」
「ああ。ちなみにお前さんの負けはこのリングから落ちること。あとはまあ、俺が戦闘不能と判断するまでだな。一応手遅れになる前に止めてやるつもりではあるが、無理だと判断したら自分からリングから降りて負けを認めな」
「……降参もあり? 随分優しい条件ですね」
不服そうに見上げるソラに、キースは肩を竦めてみせる。
「ま、仮にもお前さんは〝ゲスト〟だからな。それに、最低限戦えるよう体裁を整えなきゃ決闘とは言えねえだろ? ソッコーで終わっちまっても観てる方も興ざめだしな。ああ、ハンデが足りねえようならもうちょい追加してやってもいいぜ?」
試すような口ぶりに内心怒りを覚えるも、ソラはぐっと堪える。
自分が格下なのは紛れもない事実。
これがルール無用なんでもありの実戦だったなら、確かに魔術の素人であるソラでは勝負にすらならないだろう。
それをソラが戦える土俵にまで調整してくれたのだ。しかも即座に負けを認められる余地を残した上で。
感謝こそすれ文句を言う筋合いはない。
けれど、馬鹿にされたままで黙っていられるほどお人好しでもない。
――必ず吠え面をかかせてやる。
「その条件でいいよ。けど、こっちがソッコーで勝ってもあとで文句言わないでくださいよ」
強気な発言に、キースは一瞬きょとんと目を丸くする。それからニヤリと愉しそうに笑みを浮かべた。
「くくっ。言うじゃねえか、坊主。精々口先だけじゃないことを祈るぜ」
「――見縊られたものだな」
そこへ、黙っていたままだったウェルズリーが苛立ちも露わに口を開く。
「少年。本気で私と戦うつもりか? 君と私では実力差は明白。どれだけハンデがあろうと君では私に勝つことは出来んよ」
「確かに普通にやり合ったら勝負にならないかもしれないね。でも、そこの団長さんやミリーさんならともかく、アンタに一発入れるぐらいなら今の僕でもなんとかなると思うよ。さっきのこと、もう忘れたんですか?」
とんとん、とソラは自分の腹を指で叩く。
先ほどソラがウェルズリーに肘鉄を撃ちこんだ場所だ。
分かりやすい煽りにウェルズリーが、ぎりっ、と歯噛みする。
「……卑怯な不意打ちを入れたぐらいであまりいい気になるなよ」
「アンタはそうやって実戦でも不意打ちは卑怯だなんて叫ぶのか? あとさっきも言ったけど、不意打ち仕掛けたのはそっちが先でしょ?」
「――貴様ッ!」
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「落ち着けよ、ウェルズリー。やる気があるのは結構だが、最低限の体裁は整えるっつったろ。慌てなくてもこれが最後の確認だ――お前ら、この決闘で互いに何を求める?」
騎士にとって〝決闘〟とは神聖なものだ。
名誉と誇りと、命を賭けた特別な儀式。
キースは問う。
命を賭けられないこの仮初の決闘で、お前たちは一体何を賭けるのかと。
その問いに、先に口を開いたのはウェルズリーだった。
「私がこの少年に求めるものなど何もありません。強いて言うなら、この支部に二度と足を踏み入れないことでしょうか」
投げやりの要求をソラはあっさりと受け入れる。
「いいですよ。僕が勝ったらミリーさんに謝ってもらいます。ただし、きちんと、誠意を籠めて」
「貴族の私に平民に頭を下げろと言うのか」
「勝つ自信があるなら別にいいだろ?」
「……そうだな。その安い挑発に乗ってやる。君の言う通り勝つのは私だからな」
視線で互いに火花を散らす二人にキースは満足げに笑う。
「オーケー。これで一応の体裁は整った。各々言うべきことはもう何もねえな? あとは武を以て存分に語ってみせな」
そう言ってキースがリングから降りる。
リングの上に残ったのはソラとウェルズリーの二人だけとなった。
キースの右手が高く掲げられる。
その瞬間、周囲のざわめきがぴたりと静まった。
ミリアリアが祈るように胸を押さえる。
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