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第7話

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 出社するとすぐ、待ち構えていたかのように沙都子がやって来た。

 「これ、頼まれていた見積書です」
 「ありがとう」

 沙都子は私を睨みつけ、自分のデスクへと戻って行った。
 書類には水色の付箋が貼ってあった。


     死んでしまえ!


 俺はホッとした。これで沙都子に付きまとわれることもなくなったからだ。



 営業先をまわり、今日は綾乃との逢瀬もなかったので、駅前の洋菓子屋で冴子が好きなレアチーズ・ケーキを買い、家路を急いだ。


 「ただいまー、今日は残業も接待もなかったから、冴子の好きなレアチーズ・ケーキを買って・・・」

 すると冴子は私の手からケーキの箱を取り上げると、それをいきなり床に叩きつけた。

 「何をするんだ!」
 「あなた! 浮気してるでしょ!」
 
 冴子は口紅のついたYシャツと、ジップロックに入れた長くて細い、黒髪を私に突き出して見せた。

 「これは一体どうゆうこと! 説明して!」

 それは綾乃の仕業だった。
 私はいつかこんな時が来るかと、意外と冷静だった。

 「お前が悪いんだ、お前が俺を相手にしてくれないから」
 「相手にしてくれないですって? それで浮気したって言うの!」
 「浮気じゃない。五反田の風俗に行ったんだ」
 「風俗? 会社の女の子じゃないの?」
 「しょうがねえだろう? 男はそういう生き物なんだよ。溜ったら出したくなるんだ。
 まさか中学生じゃあるまいし、いい歳してマスターベーションでもしろって言うのか?」
 「風俗? 浮気じゃないのね?」
 「ああそうだ。五反田のラブホでデリヘルを呼んだんだ。
 その時の女がひでえブスだったから、「もっといい女はいないのか?」って言ったのを根に持って、その腹いせに悪戯いたずらしたんだろう?」
 
 冴子は少し落ち着いた様だった。

 「疲れていたのよ。毎日慣れない子育てで。
 あなたを拒んでいたわけじゃないの」
 「ごめん。家事も育児も冴子に任せっ切りで」
 「ううん、あなたへの配慮がなくてごめんなさい。
 でももう風俗なんかに行かないでね? 病気とか移されるとイヤだから。
 これからはスキンシップの時間は大切にするから」

 私は床に潰れて転がったケーキの箱を拾いあげた。
 
 「ぐちゃぐちゃになっちゃったな?」
 「大丈夫。箱の中でのぐちゃぐちゃだから。
 スプーンでそのまま掬っていただくわ。珈琲、淹れるわね?」
 「いいよ、今日は俺が淹れるから」

 少し心が傷んだ。だが嘘も方便である。どうせ綾乃とは一時の浮気である。
 私には家族を捨てるつもりはないのだ。


 その夜、久しぶりに冴子を抱いた。
 冴子はいつもとは違い、かなり積極的だった。
 いつもはしないオーラル・セックスも、愛おしむかのようにしてくれた。
 激しい息遣いと喘ぎ声。それは清楚な冴子からは想像も出来ない、まるで別人のようだった。



 朝、出掛けに冴子と息子の光太郎がキスをしてくれた。

 「行ってらっしゃい。気をつけてね?」
 「パパ、いってらっしゃあーい」
 「今日は杉山課長と前回の専務を接待するから遅くなる、夕食はいらないよ」
 「わかったわ。気をつけてね?」

 

 それから1週間後の事だった。私は杉山課長に会議室に呼ばれた。

 「お前、一体何をしたんだ? これか?」
 
 杉山課長は小指を立てて見せた。
 察しはついていた。左遷の話だ。
 どうやら沙都子の腹の虫は収まらなかったようだ。

 「配置換えですか? それとも転勤でしょうか?」
 「来月付けで仙台支店に転勤だそうだ。さっき、人事から俺に内示があった」
 「そうですか」
 「まあがっかりするな。サラリーマンに転勤は付き物だからな?
 俺もそのうち仙台かも知れん。
 奥さんと子供さんはどうするんだ?」
 「子供はまだ小さいですし、私も女房も実家が福島なので仙台は馴染があり、比較的近いので一緒に連れて行くつもりです」
 「そうか? 来週の金曜日あたり、営業二課で送別会を開いてやるから開けておけ」
 「お気遣いありがとうございます」



 俺は本社の休憩室にある、自動販売機の前で沙都子に言った。

 「何か飲むか? 今日付けで転勤になったよ。来月から仙台だそうだ」
 「それじゃあココアをお願いします。いいなあ、牛タンや笹蒲鉾が食べられて。
 本当は海外へも考えたんですけどね? 中国とか?アフリカとか?
 でもあんまり遠いと先輩に会いに行けなくなちゃうから仙台にしました。
 仙台なら新幹線でⅠ時間半くらいですから。それにあの鬼婆も仙台まではついては来れないでしょうから。うふっ」

 俺は沙都子にココアを渡してその場を後にした。



 家に帰り、背広を脱ぎながら冴子に転勤の話をした。

 「来月から仙台支店に転勤だそうだ。お前たちも一緒に来てくれ」
 「仙台? いいじゃないの仙台なんて!」

 仙台には冴子の弟がいた。
 弟は東北大の研修医をしている。冴子の自慢の弟だった。
 冴子は仙台への転勤を喜んだ。 

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