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第20話 最期の旅路

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 実直そうな新幹線の車掌が、私を一瞥して通り過ぎて行った。
 夜の車窓に映っている自分に私は問い掛けた。

 「これで良かったんだよな?」
 「ああ、これでいい、これでいいんだ。
 初めは悲しむかもしれないが、人間には「忘れる」という神から与えられた恩恵がある。
 どんな悲しみも、流した涙の分だけ薄められてゆくものだ。
 だがもし、死を待つだけの俺を看病し、日々衰え、骨と皮になってゆく俺を見せるのはあまりにも惨い。
 精神的にも、そして肉体的、経済的にも友理子と楓を苦しめることになってしまう。
 思い出はやがていい思い出だけに書き換えられてゆくものだよ」
 「俺の人生は最高の人生だったよ」
 「もう何も思い残すことはないな? お前は自由に自分らしく生きた」

 私はもう一人の自分と自問自答をしていた。

 この日本海沿いに続くトンネルのように、私はいくつもの暗い人生のトンネルを潜り抜けて来た。
 そしてようやく長く曲がりくねった暗いトンネルを出たと浮かれていると、またすぐに次のトンネルが待っている。
 春夏秋冬、だが所詮人生は長い冬の連続なのだ。
 そしてその長い冬があるお陰で、春の暖かさが、満開の桜の美しさが身に沁みるのだ。
 私は少し温くなって気の抜けた缶ビールを飲み干し、目を閉じた。

 


 北陸自動車道を走るキャプテンと友理子に、黄金に輝く朝日が差していた。

 「きれいな海ですね? 日本海って。
 私、初めて見ました」
 「日本海は私と神崎さんの故郷です。
 母親のようなものですかね? 果てしない太平洋のイメージからすると、少し身近な感じもします。
 これから冬の日本海は猛烈に荒れます。
 まるで海が泣き叫ぶかのように」
 「とてもそんな風には見えませんけどね?
 穏やかでやさしそうな海にしか・・・」
 「海はいつも真剣なんですよ。
 晴れの日も、夜の時化の海も。
 決して手を抜くことはない。
 そんな海のやさしさも恐ろしさも、私も神崎さんも知っています。
 フランス語で海を「ラ・メール」と女性名詞で呼びますが、海は女性なんです。
 男の心を掴んで離さない」
 「でも私はあの人の心を掴むことが出来ませんでした」
 「それは友理子さんのせいではありません。
 彼のあなたたち親子へのやさしさだと私は思います」
 「主人はどうして船を降りたんでしょうか?」
 「どうしてでしょうね?
 よくあるパターンはこうです。
 最初は彼女が出来た時、陸上の会社に就職しようかと考えます。
 でも、我慢する。
 そして次に結婚です。
 いつも一緒に居たいと思うようになりますからね? でもまだ船乗りを諦められない。
 そして最後は・・・」
 「子供が出来た時ですか?」
 「仰る通りです。
 子供が自分の後を追うようになるともうダメです。
 私は子供がいなかったので、何とか耐えましたけどね?」

 キャプテンは横顔で笑った。

 「ずっと船に乗っていれば、あの人もこんな目に遭わなかったのかもしれないのに」
 「それはどうでしょうか? 人生なんて何が起こるか、誰も予測は出来ません。
 海で命を落とすことだって十分にありますからね。
 自分の人生に起きたことに、逃げずに向き合うしかないんです。目を逸らさずに出たとこ勝負をするしかないのですから。
 そしてそこに勝ち負けもなく、もちろん失敗もありません。
 あるのは学びです」
 「目を逸らさずにそれと向き合い、そこから学ぶ・・・」
 「そうです。叶わなくてもいいんです、負けてもいいんです。
 でもそこから目を逸らしてはいけない。人生は学びだからです。
 私は妻を亡くした時、そう思いました。
 後悔したんです、妻に何もしてあげられなかったことに。
 私は自分の夢のために家内の人生を犠牲にしたと思いました。
 そして今はそれが私の学びだと思っています。
 私は最愛の妻のことを学んだのです」
 「辛い学びですね? 私には耐えられそうもありません」
 「残酷なことを言うようですが、自分の感情を考える前に、相手の立場で考えてあげることです。
 神崎さんはなぜそれを選ぼうとしたのかを。
 彼を迎えに行きましょう。そして1秒でも長く、彼との時間を過ごしましょう。
 大丈夫です、彼は私と同じ海の男ですから」

 友理子は少しだけ窓を開けた。

 夫の愛した日本海の潮風と、潮騒の音を感じるために。
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