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第15話 失う悲しみ

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 私と友理子は愛し合った後、穏やかな気持ちでお互いの温もりに包まれていた。

 「あなたとこうしていると、しあわせすぎて怖いくらい・・・」
 「終わりが来ることに怯えるよりも、今のしあわせを噛みしめればそれでいい。
 俺は思うんだ、このまま友理子を抱いたまま死ねたら、どんなにしあわせだろうと」
 「そんなのイヤ、私よりも先に死ぬなんて。
 私があなたに抱かれて死ぬんだから」

 私は静かに友理子を抱き締めた。

 「この世に絶対という言葉があるとすれば、それは「生と死」だ。
 生まれた者は必ず死を迎える。それが定めだ。
 明日のことは誰にもわかりはしない。
 だが俺たちはその現実を受け止めなければならない時がいつかやって来る。
 未来を心配することは止めよう。
 人生とは「甘んじて受ける」というものだからだ」
 「私は弱い女だから、そんなに強くは生きられないわ。
 楓が小学生の頃だった。私が仕事で帰宅が遅れてしまい、酷い土砂降りの夜に楓が家の鍵を忘れて、玄関の前でずぶ濡れになって寒さに震えて泣いていた。
 私は楓を抱いて泣いたわ、そしてふたりで死のうと思った・・・」
 「お前も苦労したんだな?」

 私は友理子の涙を指で拭った。
 友理子は私を見詰め、呟くように言った。

 「約束して下さい。私と楓を残して、絶対にいなくならないと」

 友理子は私の胸に顔を乗せて泣いていた。
 私はそれには答えず、友理子と私はいつの間にか深い眠りへと落ちて行った。



 
 「朝礼を始める。今日はレイとリオ、それからミュウが同伴。21時にお客様と出勤予定だ。
 他に連絡事項はあるか?」
 「神崎支配人、モエシャンとカフェドが足りなくなりそうですから補充をお願いします」
 「わかった。寺戸、酒屋に連絡して補充するように」
 「わかりました」
 「紗理奈、男とは何だ?」
 「男はね、バカでスケベで見栄っ張りでーす」
 「その通りだ。女にモテる奴がこの店にやって来るか? 高い金を払ってまで? 小雪!」
 「来ません」
 「なぜだ?」
 「女に不自由してないからです」
 「その通りだ。つまりこの店に来るお客はバカでスケベで見栄っ張りな奴ばかりだ。
 では今日も一日、そんな寂しい彼らに夢を与えてあげてくれ! 君たちのやさしい癒しでな!
 以上!」


 給料日後の金曜日の歓楽街は賑わっていた。
 一次会を安い居酒屋で終えた酔客たちが、少しづつ店に入り始めていた。

 ミュウが警察官の小島と同伴してきた。

 「小島様、いつもありがとうございます」
 「やあ支配人、今日もここはいっぱいだね?」
 「おかげさまで、ありがとうございます。どうぞごゆっくりと遊んで行って下さい」
 「支配人、小島さんからミスド買ってもらっちゃった。ほらいいでしょー」
 「いつもお気遣いいただき、ありがとうございます」


 ミュウは自分専用のボックス席に小島を案内すると、ドーナツの箱を持って休憩室にやって来ると、ミスドの箱を開封もせずにそれをゴミ箱へ捨て、タバコに火を点けた。

 「こんな安いドーナッツでいいカッコして、バッカじゃないの? 小島のヤツ」

 お客の中には少しでも自分を良く見せようと、ハーゲンダッツやミスドを手土産に持ってくる客は多い。
 だが、女の子の殆どはそれに手を付けることはない。
 安くて数のある物、皆、考えることは同じだった。
 だから店の冷蔵庫や冷凍庫には、そんな男たちの下心でいつも一杯になっていた。
 女の子たちにモテる方法は簡単だ。
 金を遣い、女に貢ぐことだ。
 安い食物など、彼女たちは求めてはいない。


 「ミュウ、花をありがとう。
 悪かったな? 気を遣わせてしまって」
 「井岡会長から聞いたんだよ、「何かしてやれ」って。
 でもみんなに教えるのはイヤだったから、お花をあげることにしたの。
 友理子さんって素敵な人ね? あの人なら許してあげる。神崎さんのお嫁さんになること。
 さあ行ってくるかあ、あのエロ兄ちゃんのお相手に。イヤだけど」
 「頼んだぞ、ウチのナンバーワン」
 「任せといて。私、神崎さんのためにがんばるから」
 「ありがとう、ミュウ」

 そう言って立ち上がろうとした私は、急に激しい胸痛を感じ、その場に倒れ込んでしまった。

 「神崎さん! しっかりして! 救急車! 救急車を早く!」




 私は救急隊のストレッチャーに乗せられ、薄れゆく意識の中で考えた。

 「死神のお出ましか・・・」

 ミュウが私の手を握り、しきりに私の名前を呼んでいた。

 それは温かく柔らかい手だった。
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