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第12話 約束

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 「あー、お腹空いたー、何にしようかなー?」

 楓はうれしそうに回転寿司のタッチパネルを眺めていた。
 友理子の代わりに楓を学校に迎えに来た私は、楓を回転寿司に誘ったのだ。

 「パパは何がいい?」
 「俺か? じゃあ縁側とタコ、それとコハダを頼む」
 「了解。私はマグロとサーモン、それから唐揚げもいい?」
 「この店の皿、全部食べてもいいぞ」
 「それではお言葉に甘えて、茶碗蒸しもいい? パパも食べる?」
 「俺も頼む」

 楓はウキウキしながらパネルをタッチした。


 やがて目の前のレーンに新幹線の形をした台車に寿司が乗せられて運ばれて来た。

 「来た来た、はいパパの縁側と私のサーモン、そして茶碗蒸し」

 楓は私の皿を取り、そして自分の皿を取ると旨そうにそれを頬張った。
 
 「おいしー、美味しくて死んじゃいそう! 美味しいね? パパ」

 楓は何度もパパを連発した。
 私はそれがうれしくもあり、切なくもあった。
 楓は父親の愛情に飢えていたのだ。


 「ねえねえ、パパが今まで行ったところで何処が一番良かった?」
 「それは国内でか?」
 「うん、取り敢えず」
 「神戸だな? 神戸は港町の中でも飛び抜けてエレガントな街だ。
 外国の文化がいい意味で根付いている。
 街も綺麗で、美味しい物もたくさんある。
 それにお洒落な服もたくさんあるしな?」
 「いいなあ、神戸かあ。行ってみたいなあ」
 「じゃあ行くか? 家族で神戸に」

 家族で・・・。
 私はつい迂闊なことを言ってしまったと後悔した。

 「えっ、いいの? 約束だよ、パパ!」
 「ああ、行こうな? 神戸」
 「やったー、そうしたらまた、神戸で三人で寝ようよ」

 そう言ってはしゃぐ楓を見ていると、心が軋んだ。
 私はこんな何気ない日常が欲しかったのかもしれない。それを人生の終わりに差し掛かって気付くとは、皮肉なものだ。




 家に着くと、楓は友理子に興奮気味にその話をした。

 「ママー! パパがね、今度、神戸に連れて行ってくれるんだって!」
 「いいのあなた? 楓とそんな約束をして?」
 「今度は家族で旅行しようと思ってな?
 楓が春休みになったら出掛けるか? 神戸に」
 「よかったわね? 楓」
 「うん、楽しみだなー、神戸。
 何を着て行こうかなー」

 楽しそうに笑う友理子と楓を見て私は思った。

 (神様、桜の咲く季節まで、どうか私を生かしておいて下さい)

 私は神に祈った。
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