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最終話
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家財道具はすべて処分した。
私はガランとした室内に座り、床を撫で、部屋に礼を言った。
「今までありがとう、世話になったな?」
このアパートで孤独死をしなくて済むのがせめてもの救いだった。
不動産管理会社の担当者がアパートの明け渡しの立会いにやって来た。
「殆ど痛みはないようですね? 長い間、きれいに使っていただきありがとうございました」
「掃除だけはしっかりやったからね? わかっているとは思うけど、私も宅建を持った同業者だからよろしく頼むよ」
「家主もこの状態を見れば敷金の返還を渋ることは出来ませんよ」
担当の男は苦笑いをした。
相手が素人の場合、難癖をつけて敷金を戻さないのが通例だからだ。
小雨が降る月曜日の朝、私は2日分の着替えとランボーの詩集を持って、戻らない旅に出掛けた。
別に行く宛はないが、取り敢えず北へ行くことにした。
私は仙台行きの東北新幹線に乗った。
車窓から見える風景が次第に枯れてゆく。
本来なら酒が飲みたい気分だったが、アルコールが入ると心筋梗塞が悪化し、呼吸困難になるので、キヨスクで買ったコーラとビーフジャーキーで我慢した。
いつもなら血糖を気にしてダイエット・コークにするのだが、もうその必要はない。
こんなにも普通のコーラが美味いとは思わなかった。
宇都宮駅を出て新白河、郡山、福島を過ぎ、ほどなくして仙台に着いた。
12月20日、もうすぐクリスマスである。定禅寺通の『光のページェント』が見てみたくなったのだ。
『光のページェント』に恋人同士で訪れると「別れる」という都市伝説があった。
確かに一緒にここを訪れた女たちとは別れてしまった。だがその別れた理由は思い出せない。いつの間にかそうなっていた。どうやらそのジンクスは本当らしい。
仙台駅前のペデストリアン・デッキに立ち、私は懐かしい仙台の街を眺めた。
時刻は間もなく17時になろうとしていた。周りにいた見物人たちがカウントダウンを始めた。
そして17時の時報と共に欅並木に明かりが灯った。
その場に溜息が漏れた。
「キレイ・・・」
そう言って若い女は男の腕を抱きしめた。
パリのシャンゼリゼのイルミナシオンよりも素晴らしい「光の競演」は壮観だった。
私は地下鉄に乗り、杖を突きながら勾当台公園駅へと向かった。
定禅寺通りに出ると煌びやかな光の世界が広がっていた。
「イルミネーションには「啓蒙」という意味もあるのです」
高校の世界史の教師がそう呟いていたのを思い出す。
私は光のトンネルの中を独り歩いた。
それはまるでペルセウス座流星群の中を飛んでいるようだった。
無数の流れ星が私の周りを流れて行く。
立ち止まり、長い口づけを交わす恋人たち。
涙が溢れ、止まらなかった。
私は止めどなく流れる涙を拭おうともせず、ゆっくりと『光のページェント』の中を散策した。
蘇る数々の思い出たち。それらはすべて歓喜に満ちたものだった。私は幸福だった。
人は臨終に際し、自分の人生のショート・ムービーを見るというが、どうやらそれは本当らしい。
私は突然胸の激痛に襲われその場に倒れ、冷たいインターロッキングにキスをした。
埃臭い味がした。これが人生の味なのかと思った。
薄れゆく意識の中でクリスマスソングのジングルベルが聴こえる。
人集りの気配がした。
「大丈夫ですか?」
「救急車を呼んだ方がいいな!」
私の映画のエンドロールのクレジットが流れ始めた。
沢山の人たち、愛犬のレオン。そして最期に主演・脚本、加納友親。
長いようで短い人生だった。
その頃、麻理恵たちは家で食事をしていた。
麻理恵が言った。
「あの人、最近連絡を寄越さないけど大丈夫かしら?」
颯太と優香はそれには反応せず、無言のまま食事を続けていた。
『ペルセウス座流星群』完
私はガランとした室内に座り、床を撫で、部屋に礼を言った。
「今までありがとう、世話になったな?」
このアパートで孤独死をしなくて済むのがせめてもの救いだった。
不動産管理会社の担当者がアパートの明け渡しの立会いにやって来た。
「殆ど痛みはないようですね? 長い間、きれいに使っていただきありがとうございました」
「掃除だけはしっかりやったからね? わかっているとは思うけど、私も宅建を持った同業者だからよろしく頼むよ」
「家主もこの状態を見れば敷金の返還を渋ることは出来ませんよ」
担当の男は苦笑いをした。
相手が素人の場合、難癖をつけて敷金を戻さないのが通例だからだ。
小雨が降る月曜日の朝、私は2日分の着替えとランボーの詩集を持って、戻らない旅に出掛けた。
別に行く宛はないが、取り敢えず北へ行くことにした。
私は仙台行きの東北新幹線に乗った。
車窓から見える風景が次第に枯れてゆく。
本来なら酒が飲みたい気分だったが、アルコールが入ると心筋梗塞が悪化し、呼吸困難になるので、キヨスクで買ったコーラとビーフジャーキーで我慢した。
いつもなら血糖を気にしてダイエット・コークにするのだが、もうその必要はない。
こんなにも普通のコーラが美味いとは思わなかった。
宇都宮駅を出て新白河、郡山、福島を過ぎ、ほどなくして仙台に着いた。
12月20日、もうすぐクリスマスである。定禅寺通の『光のページェント』が見てみたくなったのだ。
『光のページェント』に恋人同士で訪れると「別れる」という都市伝説があった。
確かに一緒にここを訪れた女たちとは別れてしまった。だがその別れた理由は思い出せない。いつの間にかそうなっていた。どうやらそのジンクスは本当らしい。
仙台駅前のペデストリアン・デッキに立ち、私は懐かしい仙台の街を眺めた。
時刻は間もなく17時になろうとしていた。周りにいた見物人たちがカウントダウンを始めた。
そして17時の時報と共に欅並木に明かりが灯った。
その場に溜息が漏れた。
「キレイ・・・」
そう言って若い女は男の腕を抱きしめた。
パリのシャンゼリゼのイルミナシオンよりも素晴らしい「光の競演」は壮観だった。
私は地下鉄に乗り、杖を突きながら勾当台公園駅へと向かった。
定禅寺通りに出ると煌びやかな光の世界が広がっていた。
「イルミネーションには「啓蒙」という意味もあるのです」
高校の世界史の教師がそう呟いていたのを思い出す。
私は光のトンネルの中を独り歩いた。
それはまるでペルセウス座流星群の中を飛んでいるようだった。
無数の流れ星が私の周りを流れて行く。
立ち止まり、長い口づけを交わす恋人たち。
涙が溢れ、止まらなかった。
私は止めどなく流れる涙を拭おうともせず、ゆっくりと『光のページェント』の中を散策した。
蘇る数々の思い出たち。それらはすべて歓喜に満ちたものだった。私は幸福だった。
人は臨終に際し、自分の人生のショート・ムービーを見るというが、どうやらそれは本当らしい。
私は突然胸の激痛に襲われその場に倒れ、冷たいインターロッキングにキスをした。
埃臭い味がした。これが人生の味なのかと思った。
薄れゆく意識の中でクリスマスソングのジングルベルが聴こえる。
人集りの気配がした。
「大丈夫ですか?」
「救急車を呼んだ方がいいな!」
私の映画のエンドロールのクレジットが流れ始めた。
沢山の人たち、愛犬のレオン。そして最期に主演・脚本、加納友親。
長いようで短い人生だった。
その頃、麻理恵たちは家で食事をしていた。
麻理恵が言った。
「あの人、最近連絡を寄越さないけど大丈夫かしら?」
颯太と優香はそれには反応せず、無言のまま食事を続けていた。
『ペルセウス座流星群』完
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