上 下
9 / 9

最終話

しおりを挟む
 家財道具はすべて処分した。
 私はガランとした室内に座り、床を撫で、部屋に礼を言った。

 「今までありがとう、世話になったな?」

 このアパートで孤独死をしなくて済むのがせめてもの救いだった。



 不動産管理会社の担当者がアパートの明け渡しの立会いにやって来た。

 「殆ど痛みはないようですね? 長い間、きれいに使っていただきありがとうございました」
 「掃除だけはしっかりやったからね? わかっているとは思うけど、私も宅建を持った同業者だからよろしく頼むよ」
 「家主もこの状態を見れば敷金の返還を渋ることは出来ませんよ」
 
 担当の男は苦笑いをした。
 相手が素人の場合、難癖をつけて敷金を戻さないのが通例だからだ。


 
 小雨が降る月曜日の朝、私は2日分の着替えとランボーの詩集を持って、戻らない旅に出掛けた。
 別に行く宛はないが、取り敢えず北へ行くことにした。
 私は仙台行きの東北新幹線に乗った。


 車窓から見える風景が次第に枯れてゆく。
 本来なら酒が飲みたい気分だったが、アルコールが入ると心筋梗塞が悪化し、呼吸困難になるので、キヨスクで買ったコーラとビーフジャーキーで我慢した。
 いつもなら血糖を気にしてダイエット・コークにするのだが、もうその必要はない。
 こんなにも普通のコーラが美味いとは思わなかった。


 宇都宮駅を出て新白河、郡山、福島を過ぎ、ほどなくして仙台に着いた。
 12月20日、もうすぐクリスマスである。定禅寺通の『光のページェント』が見てみたくなったのだ。
 『光のページェント』に恋人同士で訪れると「別れる」という都市伝説があった。
 確かに一緒にここを訪れた女たちとは別れてしまった。だがその別れた理由は思い出せない。いつの間にかそうなっていた。どうやらそのジンクスは本当らしい。
 

 
 仙台駅前のペデストリアン・デッキに立ち、私は懐かしい仙台の街を眺めた。
 時刻は間もなく17時になろうとしていた。周りにいた見物人たちがカウントダウンを始めた。
 
 そして17時の時報と共に欅並木に明かりが灯った。
 その場に溜息が漏れた。

 「キレイ・・・」

 そう言って若い女は男の腕を抱きしめた。
 パリのシャンゼリゼのイルミナシオンよりも素晴らしい「光の競演」は壮観だった。
 

 私は地下鉄に乗り、杖を突きながら勾当台公園駅へと向かった。
 

 定禅寺通りに出ると煌びやかな光の世界が広がっていた。
 
 「イルミネーションには「啓蒙」という意味もあるのです」

 高校の世界史の教師がそう呟いていたのを思い出す。
 私は光のトンネルの中を独り歩いた。
 それはまるでペルセウス座流星群の中を飛んでいるようだった。
 無数の流れ星が私の周りを流れて行く。
 立ち止まり、長い口づけを交わす恋人たち。
 涙が溢れ、止まらなかった。
 私は止めどなく流れる涙を拭おうともせず、ゆっくりと『光のページェント』の中を散策した。
 蘇る数々の思い出たち。それらはすべて歓喜に満ちたものだった。私は幸福だった。
 人は臨終に際し、自分の人生のショート・ムービーを見るというが、どうやらそれは本当らしい。

 私は突然胸の激痛に襲われその場に倒れ、冷たいインターロッキングにキスをした。
 埃臭い味がした。これが人生の味なのかと思った。

 薄れゆく意識の中でクリスマスソングのジングルベルが聴こえる。
 人集りの気配がした。

 「大丈夫ですか?」
 「救急車を呼んだ方がいいな!」

 私の映画のエンドロールのクレジットが流れ始めた。
 沢山の人たち、愛犬のレオン。そして最期に主演・脚本、加納友親。
 長いようで短い人生だった。



 その頃、麻理恵たちは家で食事をしていた。
 麻理恵が言った。

 「あの人、最近連絡を寄越さないけど大丈夫かしら?」
 
 颯太と優香はそれには反応せず、無言のまま食事を続けていた。

             
                               『ペルセウス座流星群』完

 
 
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

★【完結】ペーパームーンの夜に抱かれて(作品240607)

菊池昭仁
恋愛
社内不倫がバレて会社を依願退職させられてしまう結城達也。 それにより家族も崩壊させてしまい、結城は東京を捨て、実家のある福島市に帰ることにした。 実家に帰ったある日のこと、結城は中学時代に憧れていた同級生、井坂洋子と偶然街で再会をする。 懐かしさからふたりは居酒屋で酒を飲み、昔話に花を咲かせる。だがその食事の席で洋子は異常なほど達也との距離を保とうとしていた。そしてそれをふざけ半分に問い詰める達也に洋子は言った。「私に近づかないで、お願い」初恋の洋子の告白に衝撃を受ける達也。混迷を続ける現代社会の中で、真実の愛はすべてを超越することが出来るのだろうか?

★【完結】オレンジとボク(作品230729)

菊池昭仁
恋愛
余命を告知された男が 青春時代の淡い初恋の思い出を回想する物語です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

★【完結】ストロベリーチョコレート(作品231203)

菊池昭仁
恋愛
同居人としての夫婦関係 それでも満足している精神を病んでいる夫と 人生のリノベーションを決意する妻 大人の恋はストロベリーチョコレートのように甘いのか?

★【完結】ダブルファミリー(作品230717)

菊池昭仁
恋愛
結婚とはなんだろう? 生涯1人の女を愛し、ひとつの家族を大切にすることが人間としてのあるべき姿なのだろうか? 手を差し伸べてはいけないのか? 好きになっては、愛してはいけないのか? 結婚と恋愛。恋愛と形骸化した生活。 結婚している者が配偶者以外の人間を愛することを「倫理に非ず」不倫という。 男女の恋愛の意義とは?

★未完成交響曲

菊池昭仁
現代文学
結末のない、未完成のままの自伝

★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁
恋愛
余命宣告された男の生き様と 女たちの想い

処理中です...