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第4話
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還暦を過ぎて家族が去った今、私は父親のあり方についてこう考えるようになった。
父親は生きているだけでいい
男親は存在するだけでいいと思う。
子供たちには出来る限り、いや、出来る限り以上のことをして来たつもりだったが、それは私の自己満足だったようだ。
私は妻の麻理恵と誕生日が近いこともあり、誕生日は麻理恵と一緒にしたが、子供たちから私へのプレゼントはなかった。父の日も、初任給を貰った時も私は彼らからプレゼントを貰った記憶がない。
その理由は分かっている。それは母親の麻理恵の影響によるものだった。
妻は出産をして女ではなくなってしまった。
子供を叱る時、妻は学校の教師のように子供たちを叱った。
「お前は何をやっているんだ!」
私はそれを度々注意した。
「自分で望んだ子供にそんな「くっされ教師」のような叱り方はするな。うちの子供は話せば理解出来る」
私は子供というのは「小さな大人」だと思っている。頭から叱りつけなくても論理的に順序立てて話せばわかる筈なのだ。
自分たちの子供は世の中の仕組みや人間としての秩序、道徳が理解出来ない子供だとは思ってはいない。
子供たちが三歳の時に1度だけ転がるくらいわざとひっぱたいたことがある。
それは親の話をちゃんと聞く要素を与えるためだった。
ゆえにその後は子供たちに対して叱責をしたり、体罰を与えたことはしなかった。自分の生き方で教えて来たつもりだった。だが最終的に子供は母親の生き方を尊重した。
私は子供たちを叱ったことはないし、「こうするべきだ」とか「こうしなさい」と命令したこともない。
それは親の傲慢だと思っていたからだ。
だが妻は自分が教師だったというプライドもあり、四六時中子供といることで育児に対するストレスは相当なものだったのかもしれない。
私はそれをよく理解してやれなかった。
「今日は大人と話をしなかったわ」
家に帰ると麻理恵はよくそう言っていた。
私は「自分が好きで産んだ子供だろう」という、思い遣りのない言葉を連発していた気がする。
麻理恵が望む世界を実現することが自分の愛情表現だと私は思っていた。
妻や子供たちにはかなり贅沢な暮らしをさせたつもりだった。
彼らには物欲がなかった。オモチャ屋に連れて行っても欲しいとは言わない。妻も物をねだることはなかった。
なぜなら私は常に妻や子供たちが欲しい物を察知し、「欲しい」と言う前に買い与えていたからだ。
兄妹で食べ物を取り合うこともない、品性のある子供たちだった。
颯太は秀才であり、娘の優香は天才芸術家としての素養を持って産まれて来た。
息子の颯太は母親に顔も性格も似ていたが、娘の優香は顔も性格も私にそっくりだった。
娘の優香は私の父の隔世遺伝ではないかと言うほどの才能を持っていた。
私が颯太を幼稚園に迎えに行くと、何度か先生から待たされることがあった。
「颯太君のお父さん、今、颯太君はお友だちと話し合いをしているので少しお待ち下さい」
つまり同じ園児と喧嘩をしたということだった。静かな子供だったが外では自分の主義主張を曲げない、麻理恵によく似た子供だったようだ。
その幼稚園は国立大学の附属小学校へ入れるための予備校のような幼稚園だったので、子供に対する親の期待は大変なもので、そのための受験塾にも通わせている親が殆どだった。
迎えに来るクルマは外車ばかり。医者や公務員、銀行員や経営者の子息が多くいた。
ある時、附属小学校の前をクルマで通った時に妻が颯太に言った。
「ここが大学の付属小学校よ。颯太も附属小学校に行きたい?」
「うん」
息子はあっさりとそう答えた。
年長になった夏休み明けのことだった。私は早速本屋に行き、去年の附属小学校の入試問題を買い、妻に渡した。
妻と颯太の遅い「お受験」が始まった。
それに並行して地元小学校の入学前の学力知能身体検査も行われ、下の娘が産まれて2才だったこともあり、私も娘の面倒をみるために妻に同行した。
すると学力検査に行ったばかりの颯太がすぐに父兄の控室である教室に戻って来た。
私たち夫婦は不安になった。
「どうしたの?」
と妻が颯太に訊ねると、親たちの前で颯太は涼し気な顔でこう言った。
「もう終わったから出て来た」
「終わったからってまだ始まって20分も経っていないじゃないの。難しくて出来なかったの?」
「ううん、簡単だったから全部書いたよ」
教室から父兄たちの溜息が漏れた。
そして颯太の附属小学校の受験の日がやって来た。
一次試験の筆記、面接試験はパスしたが、二次は不正や政治的圧力が掛からないようにという理由で親同士のジャンケンになる。
私は小心者なのでジャンケンには妻が参戦した。
そして妻はジャンケンに勝利し、颯太は無事に合格となった。残酷な選抜方法だった。
ジャンケンに負けた親は一週間以上寝込んでしまうという。
「黄金の右手だな?」
「私、強運の女だからね」
妻はそう言って喜んだ。
ところがその後が酷かった。うちの息子が附属小に合格することを知ると、ママ友たちの嫌がらせが始まったのである。
うちの子供が附属を受けるとは知らなかったママ友たちは、自分の子供が受験に失敗したこともあり激怒した。
卒園式では息子の颯太が卒園生を代表して答辞を読むことになり、私たちがカメラとビデオでそれを撮影しようとすると幼稚園側から止められた。
「カトリックの厳格な儀式ですので個人撮影はご遠慮下さい。その代わり専属のカメラマンがちゃんと颯太君の晴れ姿を撮影してアルバムに載せますから」
ところが卒園アルバムの編集委員の母親たちのあからさまな嫌がらせで、答辞を読んだ颯太の写真は卒園アルバムからわざと除外された。
附属小学校の入学式には驚いた。校風がイギリスのような学校だったからである。
教師の質も生徒たちのレベルも高い。
入学式だからというわけではなく、教師たちはきちんとスーツを着て革靴。だらしのないジャージやサンダル履きの教師は一人もいなかった。
2年生の女の子の歓迎のスピーチがあった。
20分間の長いスピーチではあったが原稿はなく、堂々と理路整然とした「自分のスピーチ」をしていたことに驚かされた。
颯太がこんな学校で学べることに私たち夫婦は喜んだ。
父親は生きているだけでいい
男親は存在するだけでいいと思う。
子供たちには出来る限り、いや、出来る限り以上のことをして来たつもりだったが、それは私の自己満足だったようだ。
私は妻の麻理恵と誕生日が近いこともあり、誕生日は麻理恵と一緒にしたが、子供たちから私へのプレゼントはなかった。父の日も、初任給を貰った時も私は彼らからプレゼントを貰った記憶がない。
その理由は分かっている。それは母親の麻理恵の影響によるものだった。
妻は出産をして女ではなくなってしまった。
子供を叱る時、妻は学校の教師のように子供たちを叱った。
「お前は何をやっているんだ!」
私はそれを度々注意した。
「自分で望んだ子供にそんな「くっされ教師」のような叱り方はするな。うちの子供は話せば理解出来る」
私は子供というのは「小さな大人」だと思っている。頭から叱りつけなくても論理的に順序立てて話せばわかる筈なのだ。
自分たちの子供は世の中の仕組みや人間としての秩序、道徳が理解出来ない子供だとは思ってはいない。
子供たちが三歳の時に1度だけ転がるくらいわざとひっぱたいたことがある。
それは親の話をちゃんと聞く要素を与えるためだった。
ゆえにその後は子供たちに対して叱責をしたり、体罰を与えたことはしなかった。自分の生き方で教えて来たつもりだった。だが最終的に子供は母親の生き方を尊重した。
私は子供たちを叱ったことはないし、「こうするべきだ」とか「こうしなさい」と命令したこともない。
それは親の傲慢だと思っていたからだ。
だが妻は自分が教師だったというプライドもあり、四六時中子供といることで育児に対するストレスは相当なものだったのかもしれない。
私はそれをよく理解してやれなかった。
「今日は大人と話をしなかったわ」
家に帰ると麻理恵はよくそう言っていた。
私は「自分が好きで産んだ子供だろう」という、思い遣りのない言葉を連発していた気がする。
麻理恵が望む世界を実現することが自分の愛情表現だと私は思っていた。
妻や子供たちにはかなり贅沢な暮らしをさせたつもりだった。
彼らには物欲がなかった。オモチャ屋に連れて行っても欲しいとは言わない。妻も物をねだることはなかった。
なぜなら私は常に妻や子供たちが欲しい物を察知し、「欲しい」と言う前に買い与えていたからだ。
兄妹で食べ物を取り合うこともない、品性のある子供たちだった。
颯太は秀才であり、娘の優香は天才芸術家としての素養を持って産まれて来た。
息子の颯太は母親に顔も性格も似ていたが、娘の優香は顔も性格も私にそっくりだった。
娘の優香は私の父の隔世遺伝ではないかと言うほどの才能を持っていた。
私が颯太を幼稚園に迎えに行くと、何度か先生から待たされることがあった。
「颯太君のお父さん、今、颯太君はお友だちと話し合いをしているので少しお待ち下さい」
つまり同じ園児と喧嘩をしたということだった。静かな子供だったが外では自分の主義主張を曲げない、麻理恵によく似た子供だったようだ。
その幼稚園は国立大学の附属小学校へ入れるための予備校のような幼稚園だったので、子供に対する親の期待は大変なもので、そのための受験塾にも通わせている親が殆どだった。
迎えに来るクルマは外車ばかり。医者や公務員、銀行員や経営者の子息が多くいた。
ある時、附属小学校の前をクルマで通った時に妻が颯太に言った。
「ここが大学の付属小学校よ。颯太も附属小学校に行きたい?」
「うん」
息子はあっさりとそう答えた。
年長になった夏休み明けのことだった。私は早速本屋に行き、去年の附属小学校の入試問題を買い、妻に渡した。
妻と颯太の遅い「お受験」が始まった。
それに並行して地元小学校の入学前の学力知能身体検査も行われ、下の娘が産まれて2才だったこともあり、私も娘の面倒をみるために妻に同行した。
すると学力検査に行ったばかりの颯太がすぐに父兄の控室である教室に戻って来た。
私たち夫婦は不安になった。
「どうしたの?」
と妻が颯太に訊ねると、親たちの前で颯太は涼し気な顔でこう言った。
「もう終わったから出て来た」
「終わったからってまだ始まって20分も経っていないじゃないの。難しくて出来なかったの?」
「ううん、簡単だったから全部書いたよ」
教室から父兄たちの溜息が漏れた。
そして颯太の附属小学校の受験の日がやって来た。
一次試験の筆記、面接試験はパスしたが、二次は不正や政治的圧力が掛からないようにという理由で親同士のジャンケンになる。
私は小心者なのでジャンケンには妻が参戦した。
そして妻はジャンケンに勝利し、颯太は無事に合格となった。残酷な選抜方法だった。
ジャンケンに負けた親は一週間以上寝込んでしまうという。
「黄金の右手だな?」
「私、強運の女だからね」
妻はそう言って喜んだ。
ところがその後が酷かった。うちの息子が附属小に合格することを知ると、ママ友たちの嫌がらせが始まったのである。
うちの子供が附属を受けるとは知らなかったママ友たちは、自分の子供が受験に失敗したこともあり激怒した。
卒園式では息子の颯太が卒園生を代表して答辞を読むことになり、私たちがカメラとビデオでそれを撮影しようとすると幼稚園側から止められた。
「カトリックの厳格な儀式ですので個人撮影はご遠慮下さい。その代わり専属のカメラマンがちゃんと颯太君の晴れ姿を撮影してアルバムに載せますから」
ところが卒園アルバムの編集委員の母親たちのあからさまな嫌がらせで、答辞を読んだ颯太の写真は卒園アルバムからわざと除外された。
附属小学校の入学式には驚いた。校風がイギリスのような学校だったからである。
教師の質も生徒たちのレベルも高い。
入学式だからというわけではなく、教師たちはきちんとスーツを着て革靴。だらしのないジャージやサンダル履きの教師は一人もいなかった。
2年生の女の子の歓迎のスピーチがあった。
20分間の長いスピーチではあったが原稿はなく、堂々と理路整然とした「自分のスピーチ」をしていたことに驚かされた。
颯太がこんな学校で学べることに私たち夫婦は喜んだ。
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