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第1話

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 ベタ付くような梅雨も明け、アブラ蝉の鳴き声と、湧き上がる入道雲の夏がやって来た。

 ここは「シルバー人材センター・恋愛相談所」である。
 人はここを『シルバー恋愛センター』と呼んでいた。

 恋愛に苦悩は付きものである。そんな恋愛に苦悩している人たちのために、年老いた年金暮らしの恋愛マイスターたちが待機していた。
 
 彼らは若い頃、恋愛にブイブイ言わせていたボランティア老人たちである。
 ボランティアだから当然報酬はない。
 家にいると邪魔にされ、暇を持て余したお節介な恋愛プロフェッショナルを自認している老人たちそれが唯一の楽しみ、娯楽であった。
 そんな彼らは今か今かと恋愛アドバイザーとしての自分の出番を待ちわびていたのである。

 
 「おいげんちゃん、その手はねえだろうよ。そこに飛車を置かれちゃ俺の負けじゃねえか」
 「棟梁さんは将棋の基本がまったく出来ていません。我流にもほどがあります。俗に言う「ヘボ将棋」ですな?   
 弱すぎて私の暇つぶしにもなりません」

 源ちゃんとは金縁メガネを掛けた、磯山源次郎のことで71歳。
 背が高く、若い頃は映画俳優のようにハンサムで、今でもロマンスグレーの紳士だった。
 若い頃は相当モテていたらしい。
 でも性格に問題があった。

 「なんだとコラ! いくらアンタが東大出の元大蔵省のお偉いさんだか何だか知らねえが、今はアンタもただのジジイなの! 俺たちと同じお爺ちゃんなの! いい加減目を覚ませ! このウンコ・ジジイ!」

 山田三郎は大工の棟梁で76才、家業の『山田工務店』は長男の政夫が継いでいた。

 山田棟梁は昔から女癖が悪かった。
 大工としての腕はいいが飲む、打つ、買うの三拍子。家にもあまり寄り付かなかったそうである。
 奥さんは5年前に他界し、今は長男夫婦と高校生の孫娘、さやかとの4人暮らしだった。
 毎日やることもなく、すっかりヒマを持て余していた。
 趣味は将棋とパチンコ、そしてカラオケ。北島三郎の曲ばっかり歌っていた。
 それ以外はここに入り浸っていた。


 「そうなんですよねー。私、どうも役人時代の偉そうな態度が抜けなくって、いつもウチの家内からも言われるんですよ。「どうしてあなたはいつも上から目線なの? もうあなたはただのお爺ちゃんなのよ」ってね?
 やはりそうゆうところありますか? 私」
 「あるよあるある、アルキメデスだよ。将棋でも負けてくれねえしよお。偉そうに講釈たれるし。
 でもまあ他の天下りの官僚連中とは違って、その金融なんとか財団の理事長も辞めて、こうして俺たちと遊んでんだからそんなアンタ、俺は好きだぜ」
 「ありがとうございます。みなさんおっしゃるんですよ、「いいよなー、官僚は天下りが出来て。仕事もしないで金だけ貰って、あっちこっちと天下り先を渡り歩いて退職金をガバガバ貰い続けていればいいんだから」とね?
 でもね? それはそれで結構辛いものなんですよ。仕事しちゃダメなんですから。
 誰からも必要とされず、ただ毎日9時から17時までずっと椅子に座って判子を押しているだけの毎日。これは拷問です。いや~、一日の長いこと長いこと。
 役所にいた時は上司から無理難題を押し付けられ、危うく東京地検特捜部に逮捕、送検されそうになった事もあります。公務員は辞めてからも守秘義務がありますから、これ以上は言えませんが大変でした。
 毎日機密文書に黒マジックで黒塗りをするのが私の仕事でした。
 公務員も色々ですよ、定時で上がれて有給休暇も取れる人たちばかりではありません。
 私は1週間の内の半分は、役所に泊り込みで仕事をしていました。風呂も3日に1度でした。
 妻とはその間、二年以上もセックスレスでした。
 娘の授業参観はおろか、入学式や卒業式にも出たことがありません。
 でも今はしあわせです。こうして山田さんと「ヘボ将棋」をしながらの楽しい毎日ですから。あはははは」
 「悪かったな? ヘボ将棋で。まあ一杯やんなよ」

 そう言って山田棟梁は源次郎のコップにビールを注いだ。

 「どうもありがとうございます。昼間から山田さんと飲むビールは格別ですな?」
 「道子さんが茹でてくれたトウモロコシもあるぜ、ほら」

 山田棟梁はトウモロコシのいっぱい入ったザルを、源次郎に差し出した。

 「ああ、とてもいい香りですねー? 夏の香りがします。
 ありがとうございます、寺門さん」
 「うちは実家が農家でしょう? だから実家からお野菜とか貰っても、私ひとりだから食べ切れないのよー。どんどん食べてね? たくさん茹でたから」

 道子さんは元中学校の英語教師だった。定年退職をしてもう5年になる。現在65歳。
 昨年ご主人を亡くされたばかりの未亡人で、とても65歳には見えない、色気たっぷりの美熟女未亡人であった。
 美熟女物のAVではダントツ一番の人気になりそうな未亡人である。彼女には未亡人という愛称がぴったりだった。エロ過ぎて鼻血ブーである。ご主人の仏壇の前であんなことやそんなことをしているような元英語教師だった。
 昔はかなり美人教師だったようで、こっそり教え子の「筆おろし」などもしていたようである。
 不倫も相当経験したらしく、道子は不倫専門の恋愛アドバイザーだった。
 いつも上品に口元を手で隠して笑っている、まるで鳳仙花ほうせんかがはじけるようにコロコロと笑う女性だった。道子のアドバイザーとしての人気は高い。
 ゆえに親身になってアドバイスをしているうちに、相談者とそういう関係になってしまうことも屡々しばしばであった。
 ダメである。アドバイザーがそんなことしては。


 突然、事務所の電話が鳴った。
 事務所に緊張が走り、みんな固唾を飲んで聞き耳を立てている。


 「はい、シルバー恋愛センターです」
 「あのねー、カレシ(シは語尾を上げる。カレシ⤴である)の事で相談があるんだけどお? 相談に乗ってくんないかなぴょん? クチャクチャ(グミを食べている音)」
 「ハイ、ではまずお客様のご相談内容をお伺いしてもよろしいでしょうか? 
 まずはお名前とご年齢をお願いします。なお18才未満の方のご相談はお受け出来ません。エッチなご相談も含まれますので」
 「川村明美。明日で19才。ホントだよ。
 ねえ、誕生日だから何かくれない?」
 「何もあげられません。それから高校生ではありませんよね? ダブりとか?」
 「高校は1年でクビになっちゃったぴょーん。ひどくね? 酒飲んでタバコ吸ってパパ活しようとしただけなんだよ? マジ最悪」
 「それでは川村様に一番適した優秀なベテラン恋愛マイスターをご紹介させていただきます」
 「そうなんだ~? 実は川村、付き合っているカレシがさー、どうしょうもないポンコツでロクデナシなんだわあ。それでね? 何じゃらがかんじゃらで、関ジャニ∞なわけ~、それでさあ~、・・・というワケなんだわ」
 「なるほど、それはかなりのロクデナシ、ゲス、クズ、バカ、アホ、ヘンタイのゴミ野郎ですね?」
 「そこまでは言ってねえけどよ、川村」

 どうもこの女の子は元FKBの女の子のように、自分のことを苗字で呼ぶ癖があるようだった。
 サブリミナル効果は熟知しているようだった。「村重はねえ」とか言うようにである。
 職員の美紀はヒアリングをしながら、詳細にメモを取っていた。


 「わかりました。それはかなり深刻な問題ですね? それでは明日10時、ご都合はいかがですか?」
 「大丈夫で~す! デスマスク!」
 「では明日の10時にお待ちしています。当センターの場所はご存知ですか?」
 「スマホのナビで調べっから、大丈ブイ!」
 「そうですか? ではお気をつけておいでください」
 「よろチクビ!」

 受付担当の美紀が、深い溜息を吐いて受話器を置くと、橋田所長に言った。
 所長の橋田は42才の厄年。所ジョージに似ていた。

 「所長、お酒、ギャンブル、浮気、DVという4大疾病しっぺいの彼氏さんの事でのご相談です。
 依頼主はかなりのおバカ女子です。これは誰に担当してもらいましょうか?」

 橋田所長はデスクに『ピザ帽子』の折り込み広告を広げ、机に足をあげ、足爪を切っていた。

 「山田さーん、アンタ昔はその四拍子だったよね? どう? この案件やってみる?」
 「やるやる! 俺がやる!」
 「所長、ホントに山田さんで大丈夫ですか? なんだかクライアントさんに手を出しそうで心配なんですけど」
 「それなら大丈夫、山田さんのアレはいつも「ごめんなさい」してるから」

 橋田所長は人差し指を曲げて美紀に見せた。

 「なら安心かあ」
 「バカ野郎! 俺はまだ現役だぞ! 朝だってバイアグラ飲んでビンビンなんだ!」
 「それでは私ではいかがでしょう? 私ならそんな下品なことはいたしません。ところでそのお嬢さんはダラスで暗殺されたジョン・F・ケネディではありませんよね?」
 「女子高校生かと言うことですか? JKではありません、その子は事情があって1年で退学になったそうです。 ちなみに女子大生はJDです」
 「では熟女は「JJ」ですな?」
 「確かに磯山さんならいいかもな? 上から目線で話をするから、アバズレには丁度いいかもしれん」
 「でもその彼氏さん、チンピラ・ホストらしいんですよ」
 「それでは私はご遠慮いたします」
 「となるとやはり、山田さんですか?」
 「いや、反社なら北大路さんがいいんじゃないか? 元コレだし」

 橋田所長は右手の人差し指を右の頬に宛て、それを口元へと滑らせた。

 「大丈夫ですか? 北大路さんで?」
 「いいんじゃないの? 彼で。
 ロクデナシの気持ちはロクデナシの方が良く分かるだろうから。
 あの人、元コレだし」

 橋田所長はまた同じ動作をしてみせた。

 「知りませんよ、トラブルになっても」
 「その時はその時だよ」

 美紀は仕方なく、北大路を探しに行った。



 「北大路さーん! お仕事ですよー!」


 北大路は庭の桜の木の下でタバコを吸っていた。

 「はあはあ 北大路さん、お仕事です。
 明日の10時、お願い出来ますか?
 詳細はこちらに書いてありますからよろしくお願いします」

 北大路は咥えタバコで美紀から書類を受け取ると、サッとそれに目を通した。
 そして鋭い眼光を美紀に向けると、北大路は黙って頷いた。
 
 「ポンコツのロクデナシか? 俺と同じだな?」
 「じゃあお願いしますね?」
 「ああ、わかった」
 
 桜の木にとどまっていた1匹の蝉が、羽根を震わせて青空に吸い込まれて行った。

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