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第25話 愛しのレストランテ『ナポリの黄昏』
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私は久しぶりに『ナポリの黄昏』にやって来た。
高島の作るお気に入りのヒラメのカルパッチョを肴にビールを飲んでいた。
「どうしたんですか? 今日の遥さん、元気がないみたい」
カメリエーラの加奈子が言った。
「私ね、家を追い出されちゃった」
「えっ、どうしたんですか? 何があったんですか?」
私は残ったビールを飲み干した。
「原因はね、私の浮気・・・。
加奈ちゃん、ビールお替り」
「大丈夫ですか? もう7杯目ですよ?」
「もうじゃなくて「まだ」7杯目よ、大丈夫、私、ビールじゃ酔えないから。
こんなのただの麦ジュースよ」
すると小室がブラッディオレンジジュースを私の前に置いた。
それは紅葉が好きだったジュースだ。
私は紅葉を思い出して泣いた。
「紅葉・・・」
小室が加奈子に言った。
「今日はお客さんもいないし、少し早いけど加奈子、閉店だ、看板を仕舞って来てくれ」
「わかりました」
加奈子は店仕舞いを始めた。
「さあ、今日は遥さんの貸し切りだ! みんなで飲もう、そして食べようじゃないか!」
オーナーの小室がチンザーノのボトルを開け、私とみんなのグラスにそれを注いだ。
「じゃあ乾杯だ! 遥さんの新しい人生の門出に、Saluti!」
「Saluti!」
「オーナー、Cincinじゃないんですか?」
「何それ高島さん、下ネタ?」
加奈子が笑った、私も笑った。
「やだなー、知らないのー? イタリアでは乾杯する時、チンチンって言うんだよ」
「中国語の「さあどうぞ」を、「請請」と言うところから来ているという説もある。
本当かどうかは俺も知らないけどな?」
「じゃあ俺、何か作って来ますね?」
「飛び切り旨いのを頼むぞ、遥さんのためにな?」
「俺の作る料理はみんな最高ですよ!」
「料理はな?」
「あはははは」
高島はギャレーに入って料理に取り掛かった。
「私、ある人と不倫していたんです。本気でした。
でも、その人にも家庭があって、私のことで奥さんが自殺を図ったんです、未遂でしたけど」
「それは厳しいね?」
「結局、別れることにしました。
その人は家族を連れて海外に転勤してしまったんです」
高島はフライパンを煽りながら言った。
「俺にはそんな経験ないからわからないけど、それだけ遥さんを夢中にさせたその男性には興味があるなー。
おそらくそういう人は男にもモテるんだろうなー」
高島はフライパンにブランデーを注ぎ、フランベした。
上がった炎がとても美しかった。
「すごく素敵な人でした・・・」
「Love is the blindかあ。でもそれは恋だよ、愛じゃない。少なくとも今回はね」
小室はハモンセラーノを私に勧めてくれた。
「恋と愛は違うんですか?」
加奈子が小室に訊ねた。
「それは違うよ、恋は憧れであり、相手に求めるものだ。でも愛は違う。
愛は自分を捧げること。愛は give and give なんだよ、与えて与えて与え尽くすこと、それが愛だ。
その人は奥さんが自殺をしようとして、遥さんを捨てた。
それは愛じゃない、それは恋だ。
すべてを捨て、他人の不幸を犠牲にしてでも貫くのが真実の愛だ。
たとえ地獄の業火に身を焼かれようとも。
まあそんな男は人間としては最低だけどな? 本当の恋愛とは、明日のない命懸けの物だよ。
それに、そう考えれば諦めもつくだろう?」
「経験者は語るですか?」
加奈子は笑った。
「さあな、でも理想ではあるよ、そんな恋愛がしてみたいとね?」
「私には無理だなあ、人のしあわせを踏み躙ってまでしあわせになりたいなんて度胸、私にはありません。
人の不幸を土台にして、幸福のお城は出来ないもの。
あっ、ごめんなさい、遥さんのことじゃないですよ」
加奈子はそう打ち消すとした。それは加奈子も私と同じ、道ならぬ恋に苦しんだ過去があるからだった。
「しあわせになんかなろうと思わなかったわ。なりたいとも思わなかった。
私は意気地がなかったのよ、私も彼もそれで目が覚めただけ・・・。
でもね、夫はそれに気付いていたの。でも見て見ぬフリをしていた。家族を守るために。
だからバチが当たったのね? 同時にふたつの幸せを失ったわ、それからもう1つも・・・」
「まだあるんですか?」
「加奈ちゃんも知っているでしょう? 前の婚約者の聡。
彼がこの前突然現れて、奥さんと離婚したから私とやり直したいって言われたの。
でもダメだった、そこに愛は感じなかった。
あんなに好きだったのに、全然ときめかないのよ、不思議よね?」
小室が言った。
「それも本物の愛ではなかったということだよ。いいじゃないかな? それで。
遥さんにとって、すべては人生の厳しいリハーサルだったんだから。
唐辛子の入っていないペペロンチーノはペペロンチーノじゃないだろう?
人生に辛さは必要だよ、それが人生を美味しく味付けしてくれる」
「人生のリハーサル?」
「そう、これからが本番。
遥さんの本当の人生はこれからが幕開けだよ。
すべては終わったこと。過去の事だ。人生は遣り直せないが、辛い過去は忘れることは出来る。
人はしあわせになるために生まれたんだからね。
ではもう一度、遥さんのこれからのしあわせな人生に、乾杯!」
遥たちは再びグラスを合わせた。
これからの遥の人生の船出に。
高島の作るお気に入りのヒラメのカルパッチョを肴にビールを飲んでいた。
「どうしたんですか? 今日の遥さん、元気がないみたい」
カメリエーラの加奈子が言った。
「私ね、家を追い出されちゃった」
「えっ、どうしたんですか? 何があったんですか?」
私は残ったビールを飲み干した。
「原因はね、私の浮気・・・。
加奈ちゃん、ビールお替り」
「大丈夫ですか? もう7杯目ですよ?」
「もうじゃなくて「まだ」7杯目よ、大丈夫、私、ビールじゃ酔えないから。
こんなのただの麦ジュースよ」
すると小室がブラッディオレンジジュースを私の前に置いた。
それは紅葉が好きだったジュースだ。
私は紅葉を思い出して泣いた。
「紅葉・・・」
小室が加奈子に言った。
「今日はお客さんもいないし、少し早いけど加奈子、閉店だ、看板を仕舞って来てくれ」
「わかりました」
加奈子は店仕舞いを始めた。
「さあ、今日は遥さんの貸し切りだ! みんなで飲もう、そして食べようじゃないか!」
オーナーの小室がチンザーノのボトルを開け、私とみんなのグラスにそれを注いだ。
「じゃあ乾杯だ! 遥さんの新しい人生の門出に、Saluti!」
「Saluti!」
「オーナー、Cincinじゃないんですか?」
「何それ高島さん、下ネタ?」
加奈子が笑った、私も笑った。
「やだなー、知らないのー? イタリアでは乾杯する時、チンチンって言うんだよ」
「中国語の「さあどうぞ」を、「請請」と言うところから来ているという説もある。
本当かどうかは俺も知らないけどな?」
「じゃあ俺、何か作って来ますね?」
「飛び切り旨いのを頼むぞ、遥さんのためにな?」
「俺の作る料理はみんな最高ですよ!」
「料理はな?」
「あはははは」
高島はギャレーに入って料理に取り掛かった。
「私、ある人と不倫していたんです。本気でした。
でも、その人にも家庭があって、私のことで奥さんが自殺を図ったんです、未遂でしたけど」
「それは厳しいね?」
「結局、別れることにしました。
その人は家族を連れて海外に転勤してしまったんです」
高島はフライパンを煽りながら言った。
「俺にはそんな経験ないからわからないけど、それだけ遥さんを夢中にさせたその男性には興味があるなー。
おそらくそういう人は男にもモテるんだろうなー」
高島はフライパンにブランデーを注ぎ、フランベした。
上がった炎がとても美しかった。
「すごく素敵な人でした・・・」
「Love is the blindかあ。でもそれは恋だよ、愛じゃない。少なくとも今回はね」
小室はハモンセラーノを私に勧めてくれた。
「恋と愛は違うんですか?」
加奈子が小室に訊ねた。
「それは違うよ、恋は憧れであり、相手に求めるものだ。でも愛は違う。
愛は自分を捧げること。愛は give and give なんだよ、与えて与えて与え尽くすこと、それが愛だ。
その人は奥さんが自殺をしようとして、遥さんを捨てた。
それは愛じゃない、それは恋だ。
すべてを捨て、他人の不幸を犠牲にしてでも貫くのが真実の愛だ。
たとえ地獄の業火に身を焼かれようとも。
まあそんな男は人間としては最低だけどな? 本当の恋愛とは、明日のない命懸けの物だよ。
それに、そう考えれば諦めもつくだろう?」
「経験者は語るですか?」
加奈子は笑った。
「さあな、でも理想ではあるよ、そんな恋愛がしてみたいとね?」
「私には無理だなあ、人のしあわせを踏み躙ってまでしあわせになりたいなんて度胸、私にはありません。
人の不幸を土台にして、幸福のお城は出来ないもの。
あっ、ごめんなさい、遥さんのことじゃないですよ」
加奈子はそう打ち消すとした。それは加奈子も私と同じ、道ならぬ恋に苦しんだ過去があるからだった。
「しあわせになんかなろうと思わなかったわ。なりたいとも思わなかった。
私は意気地がなかったのよ、私も彼もそれで目が覚めただけ・・・。
でもね、夫はそれに気付いていたの。でも見て見ぬフリをしていた。家族を守るために。
だからバチが当たったのね? 同時にふたつの幸せを失ったわ、それからもう1つも・・・」
「まだあるんですか?」
「加奈ちゃんも知っているでしょう? 前の婚約者の聡。
彼がこの前突然現れて、奥さんと離婚したから私とやり直したいって言われたの。
でもダメだった、そこに愛は感じなかった。
あんなに好きだったのに、全然ときめかないのよ、不思議よね?」
小室が言った。
「それも本物の愛ではなかったということだよ。いいじゃないかな? それで。
遥さんにとって、すべては人生の厳しいリハーサルだったんだから。
唐辛子の入っていないペペロンチーノはペペロンチーノじゃないだろう?
人生に辛さは必要だよ、それが人生を美味しく味付けしてくれる」
「人生のリハーサル?」
「そう、これからが本番。
遥さんの本当の人生はこれからが幕開けだよ。
すべては終わったこと。過去の事だ。人生は遣り直せないが、辛い過去は忘れることは出来る。
人はしあわせになるために生まれたんだからね。
ではもう一度、遥さんのこれからのしあわせな人生に、乾杯!」
遥たちは再びグラスを合わせた。
これからの遥の人生の船出に。
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