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吟遊詩人をご存知ありませんか?

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 凍り付いた心 錆び付いた心臓 小さな翼

 「吟遊詩人は不幸じゃなきゃいけない」

 そんな吟遊詩人をご存知ありませんか?


 吟遊詩人はしあわせになってはいけない

 愛する人と幸福に暮らす毎日

 そんな吟遊詩人に 詩は降りて来ない

 吟遊詩人は死んでしまう


 恋愛か? 孤独か?

 安定か? 放浪か?


 スナフキンは果たして しあわせだったのだろうか?

 すべて帳消しにすればいい なかったことにすればいいのだ

 出会ったことも 別れたことも

 すべて 忘れてしまえばいい

 みんなただの幻だったと 初めから何も存在しなかったのだと

 そんな吟遊詩人を ご存知ありませんか?

              
 ショパンが幻想即興曲を書き ベルリオーズが幻想交響曲を書いたように

 私はシェイクスピアの『夏の夜の夢』にこそ生きている

 受け取った不幸 通り過ぎて行ったしあわせ

 苦しみも 怒りも 哀しみも 歓びも

 すべての苦悩は私の詩として変換されてゆく

 滅びの中にこそ 真実の美は存在するのだ


 暖かな陽だまりの中で 穏やかに暮らす怠惰な日々

 そこで詩人は暮らせない だって詩人だから

 吟遊詩人は旅の中にいる

 そんな吟遊詩人を ご存知ありませんか?

             
 他人のしあわせを 横目で見ながら 詩人は独り 歩いてゆく

 人生の川を小舟に乗って 逆らうことなく流れにまかせ 下ってゆく 

 やがて大海原へと そして言葉の銀河の渦に巻き込まれ 昇華する


 私の人生は喜劇だ

 笑うがいい 思い切り笑え 私の人生を

 もう 涙も枯れた

 私は一本の「考えないあし」である もう何も考えない

 頼りなく風に揺れ 雨の中に立ち竦む一本の葦なのだ

             
 有り余る情熱と苦悩

 それが詩となり 唄になる


 さよならは 言わない

 さよならは 言えない


 「またね」と笑おう お互いに

 君へ渡せなかった 最期の手紙

 吟遊詩人から 君に愛を込めて

 そんな吟遊詩人を ご存知ありませんか?

 嵐の中で微笑む ひとりの吟遊詩人を


                        
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