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第3話

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 寺田は桃子をクルマに乗せ、坂巻社長の待っている、鉄板焼きのあるホテルへとやって来た。

 「さあてと、松坂牛でも食べて来るかあー。
 ありがとう寺田、気を付けて帰るのよ」
 「お帰りには迎えに来ましょうか?」
 「小学生じゃないんだからさあ。大丈夫、タクシーで帰るから」
 「そうですか? では桃子先輩もお気を付けて」
 「私は大丈夫、こう見えてタフだから」

 寺田は名残惜しそうにクルマを発進させた。




 「おう、こっちこっち」

 約束の5分前に店に着いたが、坂巻はすでに鉄板の前のカウンターに陣取り、ビールを飲んでいた。

 「すみません、お待たせしてしまって」
 「いやいや、歳寄りはせっかちでいかんよ。
 美女とのディナーだと、つい、うれしくなって早く着いてしまった。
 悪いが先にやっていたよ。
 霧島君も最初はビールでいいかね?」
 「はい、ありがとうございます。
 では、遠慮なくいただきます」
 「君、すまんがこの人にもビールを」
 「かしこまりました」
 「それじゃあ始めてくれ」
 「はい、かしこまりました。
 坂巻社長、焼かせていただく順番はいつもの通りでよろしいですか?」
 「ああ、いつもの通りで頼むよ、まずは松坂からな」
 「かしこまりました」
 「坂巻社長はここのご常連さんなんですね?
 こんな高級なお店、私には一生無縁ですよ。凄いですねー」
 「旨い物を食って、美女と一緒に酒を飲んで、ゴルフに海外旅行。
 会社はアイツらに任せておけば、俺の仕事は霧島君のような美人と肉を食うことだよ。わっはっはっ」
 「美人だなんて、社長は本当に褒め上手なんですからもうー。
 そうして何人もの女性を口説いていらっしゃるんでしょう?」
 「まあね? それなりにだよ」

 桃子はこの赤ら顔のハゲ社長が大嫌いだった。
 だがこれも仕事だと割り切っていた。

 手際の良いシェフの肉を焼く姿に桃子は見惚れていた。
 仕上げにブランデーでフランベをすると、美しい青い炎が上がった。


 「どうぞ、お召し上がり下さい」

 コック帽の似合う長身の精悍なシェフは、一口大に食べやすく切った肉を皿に取り分けてくれた。


 「さあ熱いうちに食べよう。
 そして熱くなった口を冷たいビールで潤そうじゃないか」
 「うわー! 美味しそう! では、いただきまーす!」
 「どうだ? 旨いだろう?」
 「お口の中でお肉がとろけちゃいます!
 松坂牛なんて初めて食べました! 感激です! お肉じゃないみたい!」

 桃子はウソを吐いた。
 昨日も接待で松坂牛のシャブシャブだったのだ。
 正直なところ、今夜はお寿司の気分だった。


 食事も終わりかけた頃、案の定、ホテルのBARに誘われた。

 「このホテルの最上階に、夜景のきれいなBARがあるんだが、どうかね?」
 「はい、もちろんお供します!」



 坂巻は桃子という獲物を射程距離内に捉えにかかった。

 「何を飲む?」
 「では、私はミモザを」
 「俺はロイヤル・サルートをロックで頼む」
 「かしこまりました」
 「すみません、社長。ちょっとお手洗いに」
 「ああ、行っておいで」

 坂巻はなぜかほくそ笑んでいた。
 桃子がトイレに立っていた間に、ミモザが運ばれて来た。
 坂巻は周囲に気付かれぬよう、ミモザに液体の睡眠薬を入れた。


 桃子が戻って来た。

 「では改めて乾杯しよう。このプロジェクトの成功と、俺たちのこれからの忘れられぬ思い出のために、乾杯!」
 「乾杯。でも何ですか? 私たちの忘れられぬ思い出って?」
 「まあとにかく飲もうじゃないか? 今日は最高の夜だからね?」

 桃子はミモザを口にした。睡眠薬の入った酒だとも知らずに。


 「霧島君、ジャンケンをしよう。
 負けた方がこのグラスを一気に飲み干す。どうだ?」
 「いいですよ社長、私、こう見えてもお酒は結構強いですよ。
 私を酔わせてどうかしちゃおうなんて思わないで下さいね?」
 「おお、それじゃあ飲み比べだな? 俺も負けんぞ。
 最初はグー、ジャンケンポン!」

 桃子の負けだった。

 「さあ霧島君。飲みなさい、一気に!」
 「ではいきますよー、坂巻社長!」

 桃子はグラスを一気に空けた。

 「さすがは酒豪、いい飲みっぷりだ」
 「恐れ入ります。今度は勝ちますよー」
 「では、最初はグー、ジャンケン・・・」

 坂巻が3杯、桃子が4杯飲んだ頃、急に桃子は激しい睡魔に襲われた。

 「社長、すみま、せん。今日は体調が悪い、のか、酔いが早く回った、ようです。
 すみません、が、今日のところは、これで、失礼いた・・・」
 
 (いくらお前が酒に強くても、この中国産の睡眠薬には敵わないようだな?)

 「夜景のきれいな部屋で少し休むといい。そこでじっくりと介抱してあげるよ。
 勘定を頼む」
 「かしこまりました」
 「それから悪いが連れが酔ってしまってね、一緒に部屋まで送ってくれんかね?
 私ではちょっと抱えきれんからな?」
 「それでは今、係りの者を呼んでまいります」
 「ああ、頼む」


 桃子が社長と客室係に体を支えられて廊下をフラフラと歩いていると、後ろから声を掛ける男がいた。
 寺田だった。

 「霧島主任! あーあー、こんなに酔っ払っちゃって、坂巻社長の大事な接待なのに」

 寺田は桃子のことが心配で、ずっと隠れて観察していたのだった。


 「坂巻社長、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!
 せっかくお招きいただいたのに、こんなに酔ってしまって。だらしないなあ、主任は。
 すみません、主任のお父さんが病院に救急車で搬送されたようで、これから霧島を病院へ連れて行きます。
 本日はご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした」
 「そ、そうだったのか? それは大変だ、私のことはいいからすぐにお父上のところへ行きなさい。
 だいぶ酔っているようだったから、少し部屋で休ませた方がいいかと思ってね?」
 「ご配慮、感謝いたします。では後は私が。
 もう、何をやっているんですか? こんな時に坂巻社長にまでこんなご迷惑を掛けて。
 部長に言い付けますからね? 絶対に「さいたま」に飛ばされますからね! きっと!
 ああ良かった、これでボクもいじめられなくて済みますから。ラッキー!」

 寺田は桃子を軽々とおんぶして、坂巻に礼を述べた。

 「本当にすみませんでした。大切なクライアント様にこのような大失態を。
 後日、改めてお詫びに伺いますので、今日はこれで失礼いたします」
 「ああ、き、気を付けてな?
 大丈夫、俺は気にしておらんから」
 「流石は坂巻社長、我々下級平民とは格が違います。
 では失礼します。
 すみません、こんなポンコツ上司で。
 さあ帰りますよ、お父さんの待っている病院へ。
 もうー、しっかりして下さい! ホント重いんだから、もー!」

 坂巻は折角の獲物を逃してしまい、呆然ぼうぜんとしていた。

 
 寺田は普段はだらしない青年だが、いざという時には使える男だった。
 しかも万一の保険として、ホテルの部屋に連れ込もうとしているところをちゃんと動画撮影もしていたのである。

 やるな? 寺田。

 
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