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第1章 出会いを求めて

第1話 

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 3年前、私は実家を出て一人暮らしを始めた。
 理由は男が出来たからだった。
 その男性は同じ銀行に勤める上司で、いわゆる不倫だった。
 許されない恋と頭ではわかっていても、その関係を絶つことが出来ず、ダラダラとその背徳の泥濘の中を彷徨っていた。

 そんなある日のこと、彼に次長の内示があった。
 いつものように私のベッドでコトを終えた後、彼が言った。

 
 「ゆかり、今度俺、上尾支店の次長になることが決まったんだ」
 「そう、それは良かったわね。
 あなたは随分がんばってきたもの。遅いくらいだわ、おめでとう」

 私はまどろみの中で彼に甘えた。

 だが次の彼の言葉で、私はどん底へと叩き落とされた。


 「そろそろ潮時だと思うんだ。俺たち・・・」

 私は一瞬言葉を失った。
 それは当然の成り行きだったからだ。
 今までのような支店長代理とは違い、銀行内での権限も格段に強くなる。
 過激な支店長の椅子取りゲームが始まったというわけだった。
 
 もし万が一、自分たちの関係が銀行にバレた場合、私は自主退職を迫られ、彼は余程の後ろ盾がない限り、出向は免れないだろう。

 別れたくは無かった。
 たとえ明日のない恋でも、私には彼とのこの時間が唯一の安らぎだったからだ。

 「好きになった相手にたまたま奥さんと子供がいただけ・・・」

 今まではそう考えるようにしてきた。
 それにより罪悪感を払拭しようとした。

 だが彼のこれからのバンカーとしての将来を思えば、別れる理由としてはそれが一番自分を納得させることができる理由だった。


 「そう、私もそれがいいと思う。
 あなたの家庭を滅茶苦茶にしてまであなたを奪いたいなんて私はそんな強い女じゃないから。
 でももう少し、一緒にいたかったかな?
 いいよ、それで・・・」
 「ごめん、縁」
 「ただ約束してね? もう二度と会わないって。
 そうじゃないと私、今度こそ本当に自分を抑える自信がないから。
 あなたの奥さんからあなたを奪う、絶対に」

 私はベッドから起き上がると、右手の薬指から彼に貰ったルビーのリングを外し、彼に返そうとした。

 「これは縁にあげたものだ。持っていて欲しい」
 「ありがとう。ここの鍵は置いていってね?」


 白いワイシャツを着てネクタイを締める彼の後ろ姿を私は裸のままぼんやりと眺めていた。
 不思議と涙は出なかった。
 それが彼に対する本当の気持ちだったのかもしれない。
 私は恋に恋していただけだったのだとその時気付いた。


 彼は合鍵を下駄箱の上に置き、何も言わずに部屋を出て行った。

 私の3年間の恋が終わった。

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