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第18話 紫陽花の雨

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 如月組の屋敷の周りは沢山の警察車両で埋め尽くされていた。

 応接間には小次郎と佐伯、そして県警の捜査一課長、松田がいた。
 松田はポケットからセブンスターを取り出し、火を点けた。

 「小次郎、10年前のヤマは証拠不十分でお手上げだったよ。
 東大法学部出身のヤクザなんて、面倒臭せえ奴が相手だったからな?
 おかげで俺は今でも課長止まりだ。
 だが今度こそ、そのインテリヤクザをムショにぶち込んでやる。
 いいか小次郎、余計なことはするなよ。
 これ以上、俺の仕事を増やさないでくれ」
 
 小次郎は映画『ゴッドファーザーⅡ』のアル・パチーノのように、ハイバックの革椅子に足を組んで座り、両手を胸の前で組んでいた。
 
 「松田さん、あなたが課長止まりなのは私のせいではなく、あなたが上に忖度出来ない人だからですよ。
 あなたは有能な警察官です」

 松田はゆっくりと煙を吐いてニヤリと笑った。
 
 「小次郎、お前の言う通りだよ、俺ももっと賢い人間だと良かった。
 そしてもっと勉強すれば良かったと後悔しているよ。
 そうすればあんなアホな連中の下で、ヤクザ相手に仕事なんてしなくて済んだからな。
 今頃、社長(警視総監)にでもなって、この日本からお前らみたいなダニを消し去ることも出来たっていうのによお、なあ小次郎?」
 「それは無理ですよ。
 いくらあなたが警視総監になったところで、私たちの仕事はなくなりません。
 需要があるからです、この仕事には。
 自分の手は汚したくはない、だからいつまでたってもこういう組織は都合がいいんです。
 だって警視総監のその上の方からのご依頼があるわけですから。
 日本は明治になって近代国家になり、ある程度の自由が与えられるようになりました。
 だがその裏では、自分たちの既得権益を守るために、欧米のようにあからさまではない階級社会、ヒエラルキーが生まれた。
 松田さん、知らないとは言わせませんよ。
 嫌な仕事はみんな私たち「闇の清掃会社」に丸投げですからね?」
 「お前はヤクザにしておくには勿体ない男だよ。
 今度、生まれて来る時は、この国を変えるような大物政治家になってこの腐りきった日本を立て直してくれ。
 期待してるぜ。
 お前らゴキブリがドンパチやって殺し合うのは別にかまわねえんだ。
 これは録音からカットしろよ。
 だがな、善良な国民、罪のない人たちを巻き込むわけにはいかねえ。
 当分の間、お前の周りはガードしてやる。くれぐれも仇討ちなんて変な真似はするなよ、いいな?
 この紅茶、旨いな? また来るからご馳走してくれ」
 「いいワインもありますよ」
 「それは俺が退官するまで取っておいてくれ、あと2年で天下りだから」

 松田が席を立つと、佐伯が封筒を松田に渡そうとした。

 「お車代です、お納め下さい」

 松田は受け取ろうとはしなかった。

 「ありがとな、気持ちだけもらっておくよ。他のデコ助は知らねえが、俺にはそんな気遣いはいらなえ。
 そんなの貰っちまうと、自由に仕事が出来なくなるからな?」

 松田はそう言い残して応接間を出て行った。


 小次郎は携帯を取り、佐竹に電話を掛けた。

 「佐竹さんですか? 如月の小次郎です。
 どうです? 一度会って話しませんか? 今後のお互いの未来について」
 「久しぶりだな? 小次郎。
 いいだろう、だが面倒な仕掛けはなしだぜ。
 いきなりズドンじゃ洒落になんねえからな?」
 「そちらこそお願いしますよ。
 じゃあ明日の15時、場所はその時連絡します」

 小次郎はそう言って電話を切った。

 「若、今、佐竹に会うのは危険ですぜ」
 「いずれ会うことになるんだ、その前に挨拶だけはしておかないとな? 任侠としての仁義は通さないといけない」


 庭の紫陽花が五月雨さみだれに濡れていた。

 「佐伯、梅雨はイヤだな?」

 石綿のような雨雲が、街全体を呑み込んでいた。
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