10 / 11
第10話
しおりを挟む
「わあ、どうしたの? シャインマスカットじゃないの? 私の大好物!」
「それ、銀次が持って来てくれたんだ」
「銀次がここへ来たの?」
「ああ」
「何か言ってた?」
「シャインマスカットだけ置いてすぐに帰って行った」
「・・・そう」
俺は嘘を吐いた。
銀次がシャインマスカットを持って来た理由がわかった。
そして俺は確信した。順子が銀次をまだ愛していることを。そして銀次もまた、順子が好きなことも。
銀次は銀行へやって来た。海外でも使えるようにと、銀次から貰った数馬名義の口座に800万円を振り込んだのだ。
銀行の窓口の女性銀行員が声を掛けた。
「まとまったお金でしたら投資信託などはいかがでしょうか?」
「何だそれ? 俺には必要ねえよ」
「失礼いたしました」
数馬から海外で多額の現金を持ち歩くのは危険だと言われ、
「俺の口座を使え。暗証番号は順子の誕生日にしてある。「1009」だ」
「色々とすまねえな、兄弟」
「これも同じ女に惚れた腐れ縁だ。同じ富山商船の同窓生だしな?」
「俺は中退だけどな?」
「あはははは。銀次、必ず生きて船まで来いよ」
「ああ、殺られてたまるかよ。俺はそんなに間抜けじゃねえ」
「そうだな? お前は間抜けじゃねえ。それじゃあ当日、船で待ってる」
「大丈夫だ、俺ひとりで行けるよ」
「お前、英語が出来るのか?」
「関西弁なら話せるぜ。気にするな、何とかなるよ」
「無理はするな。俺がちゃんと船に乗せてやるから」
「気持ちはうれしいが遠慮しておくよ。別れが辛くなるからな?」
「ガラにもねえことは言うな」
「あはははは。こう見えても俺はセンチメンタルなんだぜ?」
銀次の気持ちはわかっていた。これ以上俺を巻き込みたくはなかったのだ。
土曜日、俺は少し早く『海猫』にいた。
「コーラをくれ」
「今日は飲んでいないから私が運転して行くわ、たまにはお店で飲んだら?」
「そうか? じゃあいつもの」
「はーい」
順子は酒の用意を始めた。
閉店10分前だったので、客はみな帰った後だった。
「それじゃあ私も飲もうかなあ」
「ママは梅酒のロックだよね?」
「今日は数馬君と同じ物にしようかなあ。何だか今夜はそんな気分なの。
アンタのお母さんも好きだった。サントリー・ロイヤル」
「仲のいい姉妹だもんね?」
「姉妹?」
「うん。実はね、雪江ママは私の叔母なの。母の妹。
小さい時から私の面倒を見てくれていてね、大学も雪江叔母さんに出してもらったのよ」
「そうだったのか?」
「別に隠していたわけじゃないんだけどね? なんとなく言いそびれちゃって」
「美人姉妹だったんですね?」
「昔はね? 今はだいぶ熟した「美熟女」だけどね? あはははは」
なんとなくそんな気がしていた。
どことなく順子は亡くなったここのママに面影があったからだ。
「もうすぐ休暇も終わっちゃうわね?」
「そうだな? あっと言う間の2ヶ月だった」
「お船に戻るの?」
「もう船は降りようと思うんだ。船会社は休職して、商船高専の派遣教官になるつもりだ。
お前とここで暮らすために」
「新湊で?」
「ああ。ダメか?」
「それはダメよ、あなたは船長になるのが夢でしょう? 私なら大丈夫、船乗りの女房で数馬を待っているから」
「仕方がないな。船乗りの女房にしてやるよ」
「それじゃああなたをスナックの女の亭主にしてあげる」
「ありがとう」
「今日はタクシーで帰ろうか?」
「今夜は乾杯ね? 婚約祝い」
その日俺たちは朝まで飲んだ。
ママが帰った後、俺と順子は酔いを冷ますため、手を繋いで夜明け前の浜辺を散歩した。
明けの明星とフルムーンが輝いていた。
俺たちは立ち止まり、口づけを交わした。
「しあわせ過ぎて怖いくらい・・・」
「俺もだ。まだ次の船が決まってはいないが、今度の船は日本に寄港するかどうかわからない。
それでも俺を待っていられるか?」
「もちろん! いつまでも数馬を待っているわ」
「浮気もせずにか?」
「当たり前でしょう? 私、貞淑な妻だもん。でもあなたはいいわよ。その女を愛さなければ」
「愛する女はお前だけだ」
「うれしい」
俺たちは砂浜に寝転んで、抱き合いキスをした。
浜辺に打ち寄せる、波音を聴きながら。
「それ、銀次が持って来てくれたんだ」
「銀次がここへ来たの?」
「ああ」
「何か言ってた?」
「シャインマスカットだけ置いてすぐに帰って行った」
「・・・そう」
俺は嘘を吐いた。
銀次がシャインマスカットを持って来た理由がわかった。
そして俺は確信した。順子が銀次をまだ愛していることを。そして銀次もまた、順子が好きなことも。
銀次は銀行へやって来た。海外でも使えるようにと、銀次から貰った数馬名義の口座に800万円を振り込んだのだ。
銀行の窓口の女性銀行員が声を掛けた。
「まとまったお金でしたら投資信託などはいかがでしょうか?」
「何だそれ? 俺には必要ねえよ」
「失礼いたしました」
数馬から海外で多額の現金を持ち歩くのは危険だと言われ、
「俺の口座を使え。暗証番号は順子の誕生日にしてある。「1009」だ」
「色々とすまねえな、兄弟」
「これも同じ女に惚れた腐れ縁だ。同じ富山商船の同窓生だしな?」
「俺は中退だけどな?」
「あはははは。銀次、必ず生きて船まで来いよ」
「ああ、殺られてたまるかよ。俺はそんなに間抜けじゃねえ」
「そうだな? お前は間抜けじゃねえ。それじゃあ当日、船で待ってる」
「大丈夫だ、俺ひとりで行けるよ」
「お前、英語が出来るのか?」
「関西弁なら話せるぜ。気にするな、何とかなるよ」
「無理はするな。俺がちゃんと船に乗せてやるから」
「気持ちはうれしいが遠慮しておくよ。別れが辛くなるからな?」
「ガラにもねえことは言うな」
「あはははは。こう見えても俺はセンチメンタルなんだぜ?」
銀次の気持ちはわかっていた。これ以上俺を巻き込みたくはなかったのだ。
土曜日、俺は少し早く『海猫』にいた。
「コーラをくれ」
「今日は飲んでいないから私が運転して行くわ、たまにはお店で飲んだら?」
「そうか? じゃあいつもの」
「はーい」
順子は酒の用意を始めた。
閉店10分前だったので、客はみな帰った後だった。
「それじゃあ私も飲もうかなあ」
「ママは梅酒のロックだよね?」
「今日は数馬君と同じ物にしようかなあ。何だか今夜はそんな気分なの。
アンタのお母さんも好きだった。サントリー・ロイヤル」
「仲のいい姉妹だもんね?」
「姉妹?」
「うん。実はね、雪江ママは私の叔母なの。母の妹。
小さい時から私の面倒を見てくれていてね、大学も雪江叔母さんに出してもらったのよ」
「そうだったのか?」
「別に隠していたわけじゃないんだけどね? なんとなく言いそびれちゃって」
「美人姉妹だったんですね?」
「昔はね? 今はだいぶ熟した「美熟女」だけどね? あはははは」
なんとなくそんな気がしていた。
どことなく順子は亡くなったここのママに面影があったからだ。
「もうすぐ休暇も終わっちゃうわね?」
「そうだな? あっと言う間の2ヶ月だった」
「お船に戻るの?」
「もう船は降りようと思うんだ。船会社は休職して、商船高専の派遣教官になるつもりだ。
お前とここで暮らすために」
「新湊で?」
「ああ。ダメか?」
「それはダメよ、あなたは船長になるのが夢でしょう? 私なら大丈夫、船乗りの女房で数馬を待っているから」
「仕方がないな。船乗りの女房にしてやるよ」
「それじゃああなたをスナックの女の亭主にしてあげる」
「ありがとう」
「今日はタクシーで帰ろうか?」
「今夜は乾杯ね? 婚約祝い」
その日俺たちは朝まで飲んだ。
ママが帰った後、俺と順子は酔いを冷ますため、手を繋いで夜明け前の浜辺を散歩した。
明けの明星とフルムーンが輝いていた。
俺たちは立ち止まり、口づけを交わした。
「しあわせ過ぎて怖いくらい・・・」
「俺もだ。まだ次の船が決まってはいないが、今度の船は日本に寄港するかどうかわからない。
それでも俺を待っていられるか?」
「もちろん! いつまでも数馬を待っているわ」
「浮気もせずにか?」
「当たり前でしょう? 私、貞淑な妻だもん。でもあなたはいいわよ。その女を愛さなければ」
「愛する女はお前だけだ」
「うれしい」
俺たちは砂浜に寝転んで、抱き合いキスをした。
浜辺に打ち寄せる、波音を聴きながら。
10
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
★【完結】冬の線香花火(作品230620)
菊池昭仁
恋愛
国際航路のコンテナ船の二等航海士、堂免寛之は船長になることが子供の頃からの夢だった。
そんなある日、妻の華絵が病に倒れる。妻の看病のために堂免は船を降りる決意をする。
夫婦愛の物語です。
★【完結】ストロベリーチョコレート(作品231203)
菊池昭仁
恋愛
同居人としての夫婦関係 それでも満足している精神を病んでいる夫と 人生のリノベーションを決意する妻
大人の恋はストロベリーチョコレートのように甘いのか?
★【完結】アルゼンチンタンゴを踊らせて(作品231123)
菊池昭仁
恋愛
町田希美は元彼の幻影に悩まされていた。
その寂しさを埋めるために、無難な浩紀と結婚し、征也が生まれた。
夫の浩紀はもう一人、女の子を望んでいたが、希美はそれに躊躇していた。
ある日、希美は会社の飲み会の帰りに寄ったスペインバルで、森田礼次郎という男性と出会う。
自分の父親ほど歳の離れた森田ではあるが、不思議な大人の包容力に満ちていた。
希美はまるで自白剤を打たれたかのように、自分の苦悩を話してしまう。それは危険な恋の始まりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる