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第10話

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 「わあ、どうしたの? シャインマスカットじゃないの? 私の大好物!」
 「それ、銀次が持って来てくれたんだ」
 「銀次がここへ来たの?」
 「ああ」
 「何か言ってた?」
 「シャインマスカットだけ置いてすぐに帰って行った」
 「・・・そう」

 俺は嘘を吐いた。
 銀次がシャインマスカットを持って来た理由がわかった。
 そして俺は確信した。順子が銀次をまだ愛していることを。そして銀次もまた、順子が好きなことも。



 銀次は銀行へやって来た。海外でも使えるようにと、銀次から貰った数馬名義の口座に800万円を振り込んだのだ。
 銀行の窓口の女性銀行員が声を掛けた。

 「まとまったお金でしたら投資信託などはいかがでしょうか?」
 「何だそれ? 俺には必要ねえよ」
 「失礼いたしました」


 数馬から海外で多額の現金を持ち歩くのは危険だと言われ、

 「俺の口座を使え。暗証番号は順子の誕生日にしてある。「1009」だ」
 「色々とすまねえな、兄弟」
 「これも同じ女に惚れた腐れ縁だ。同じ富山商船の同窓生だしな?」
 「俺は中退だけどな?」
 「あはははは。銀次、必ず生きて船まで来いよ」
 「ああ、殺られてたまるかよ。俺はそんなに間抜けじゃねえ」
 「そうだな? お前は間抜けじゃねえ。それじゃあ当日、船で待ってる」
 「大丈夫だ、俺ひとりで行けるよ」
 「お前、英語が出来るのか?」
 「関西弁なら話せるぜ。気にするな、何とかなるよ」
 「無理はするな。俺がちゃんと船に乗せてやるから」
 「気持ちはうれしいが遠慮しておくよ。別れが辛くなるからな?」
 「ガラにもねえことは言うな」
 「あはははは。こう見えても俺はセンチメンタルなんだぜ?」

 銀次の気持ちはわかっていた。これ以上俺を巻き込みたくはなかったのだ。



 土曜日、俺は少し早く『海猫』にいた。

 「コーラをくれ」
 「今日は飲んでいないから私が運転して行くわ、たまにはお店で飲んだら?」
 「そうか? じゃあいつもの」
 「はーい」

 順子は酒の用意を始めた。
 閉店10分前だったので、客はみな帰った後だった。

 「それじゃあ私も飲もうかなあ」
 「ママは梅酒のロックだよね?」
 「今日は数馬君と同じ物にしようかなあ。何だか今夜はそんな気分なの。
 アンタのお母さんも好きだった。サントリー・ロイヤル」
 「仲のいい姉妹だもんね?」
 「姉妹?」
 「うん。実はね、雪江ママは私の叔母なの。母の妹。
 小さい時から私の面倒を見てくれていてね、大学も雪江叔母さんに出してもらったのよ」
 「そうだったのか?」
 「別に隠していたわけじゃないんだけどね? なんとなく言いそびれちゃって」
 「美人姉妹だったんですね?」
 「昔はね? 今はだいぶ「美熟女」だけどね? あはははは」
 
 なんとなくそんな気がしていた。
 どことなく順子は亡くなったここのママに面影があったからだ。

 「もうすぐ休暇も終わっちゃうわね?」
 「そうだな? あっと言う間の2ヶ月だった」
 「お船に戻るの?」
 「もう船は降りようと思うんだ。船会社は休職して、商船高専の派遣教官になるつもりだ。
 お前とここで暮らすために」
 「新湊で?」
 「ああ。ダメか?」
 「それはダメよ、あなたは船長になるのが夢でしょう? 私なら大丈夫、船乗りの女房で数馬を待っているから」
 「仕方がないな。船乗りの女房にしてやるよ」
 「それじゃああなたをスナックの女の亭主にしてあげる」
 「ありがとう」
 「今日はタクシーで帰ろうか?」
 「今夜は乾杯ね? 婚約祝い」
 
 その日俺たちは朝まで飲んだ。
 ママが帰った後、俺と順子は酔いを冷ますため、手を繋いで夜明け前の浜辺を散歩した。
 明けの明星みょうじょうとフルムーンが輝いていた。
 俺たちは立ち止まり、口づけを交わした。

 「しあわせ過ぎて怖いくらい・・・」
 「俺もだ。まだ次の船が決まってはいないが、今度の船は日本に寄港するかどうかわからない。
 それでも俺を待っていられるか?」
 「もちろん! いつまでも数馬を待っているわ」
 「浮気もせずにか?」
 「当たり前でしょう? 私、貞淑な妻だもん。でもあなたはいいわよ。その女を愛さなければ」
 「愛する女はお前だけだ」
 「うれしい」

 俺たちは砂浜に寝転んで、抱き合いキスをした。
 浜辺に打ち寄せる、波音を聴きながら。

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