上 下
9 / 9

最終話

しおりを挟む
 「土井垣さん」
 「んっ なんだ?」
 「協力してくれませんか?」
 「協力ってまさか?」
 「はい、今日、大将に告白することにします」
 「いくら樹利亜ちゃんでも無理だと思うぜ。
 この前も言っただろう? 親方には・・・」
 「もちろん分かっています。でももう限界なんです。
 どうしてもダメだったら私、お店を辞めます」
 「おいおい、樹利亜ちゃんに辞められたら俺も親方も困っちまうよ」
 「私だって辞めたくなんかありませんよ。だからこれは真剣勝負なんです!」
 「だけど、親方は一途な男だからなあ。そう簡単には・・・」
 「土井垣さん、お願いです。
 今日は少しだけ早く上がっていただけませんか?
 私、大将とじっくり話がしたいんです」
 「それはいいけど、親方をどうやって説得するんだ?」
 「それは考えていません」
 「考えてない?」
 「はい。何も考えずに本心をぶつけるつもりです。
 何もせずにこのままズルズルはもうイヤなんです。
 クラブ『楓』の輝子さんにも言われたんです。「モタモタしてたらアンタの大将、誰かに盗られちゃうわよ」って。
 そんなの絶対にイヤなんです!」
 「そうか、がんばりな。
 でももしダメでも店は辞めるなよ。お客さんが減るから」
 「ありがとうございます。土井垣さん。
 私、がんばります!」



 土井垣はてきぱきと後片付けをして、店を少し早く出ようとした。
 後は明日少し早めに出て来て、仕込みをやるつもりだった。

 「親方、今日はどうも腰の調子が悪いので、先に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
 「大丈夫か? 明日、医者に診てもらえよ。腰はつれえからな?」
 「はい、すみません。それではお先です」
 「ああ、気をつけてな?」

 (親方、すみません。樹利亜ちゃんの想い、どうか親方に届きますように)



 店の後片付けも終わり、野島が樹利亜に声をかけた。

 「ごくろうさん。もう帰っていいぞ」

 樹利亜はついに野島に告白をした。

 「大将。私、大将が好きです!」
 「俺も好きだよ。うちの仲居としてだけどな?」
 「仲居じゃなくて、女として私を見て下さい!」
 「それは出来ない」
 「どうしてですか?」
 「俺は樹利亜のご両親と同じ歳だ。親子ほども歳が離れているんだぞ。冗談はよせ」
 「歳なんて関係ありません!」
 「関係あるよ。お父さんお母さんはそれを望んではいないはずだ」
 「望んでますよ! ウチの家族は全員、大将が大好きですから!」
 「もっとまともな恋愛をしろ。お前はやさしくて気が利く、そして美人だ」
 「だったら大将が私を貰って下さいよ!」
 「だからそれは出来ないんだって!」
 「どうしてですか!」
 「俺には忘れられない女がいるんだ」
 「だったら忘れなくてもいいじゃないですか! 私は寧ろむしろその人を忘れて欲しくはありません。
 大将が好きになった人だから!」
 「樹利亜」
 「私、大将以外、誰も好きになることは出来ないんです!
 大将、好きになっちゃダメですか?」
 「ダメだ。お前にはもっと相応ふさわしい男がいる。
 俺は怖いんだ、もうこれ以上愛する女を失うことが」
 「私は大将より先に死にません! 絶対に!」
 「そんな保証はどこにもない!」
 「人間はいつかは死ぬものです。大将が愛したその女の人も、神様がお決めになった寿命が来たから亡くなったんです。
 私も大将も土井垣さんも、そして輝子さんも相沢社長さんもみんないつかは死ぬんです!
 だからこそ私は後悔したくないんです! 大将は私のことが嫌いなの? 私、女として魅力がないですか!」
 「やめろ! これ以上俺を苦しめるな! それ以上言うならお前をクビにするしかない!」
 「大将が好き! 大将のことが大好きなの!」

 その時勝手口が開き、樹利亜の弟の修斗と、娘の花音が入って来た。

 「野島さん、姉貴は本気です、本気なんです。姉貴は絶対にいい嫁になります。
 弟の俺が保証します! どうか姉貴を嫁さんにしてやって下さい、お願いします!」

 修斗は深々と野島に頭を下げた。
 花音が野島の足に抱きついた。

 「野島のおじちゃん、ママをお嫁さんにしてあげて。おねがい」
 「花音ちゃん・・・」
 「ママがキライなの? それじゃあ花音が野島のおじちゃんのお嫁さんになってあげるから」
 「花音、修斗・・・」
 「お願いします野島さん、俺の兄貴になって下さい! そして俺たちと家族になって下さい!」
 
 野島は花音を抱き上げた。

 「俺は今48だ。花音ちゃんが二十歳はたちになったら俺は65なんだぞ。
 だから結婚は出来ない。樹利亜が50になれば俺は70だ。冷静になれ、樹利亜」
 「だからこそ私は大将と一緒にいたいの! あなたの側にいてあなたを支えたい!
 もし大将が車椅子になったら私が押してあげる! オムツだって交換してあげる!
 愛しているの! 大将を! 理屈じゃないの! 人を好きになるということは!
 私は一度結婚に失敗している。だからわかるの! 結婚はいいことばかりじゃない、結婚することは覚悟だと!
 私にはその覚悟があるわ!」
 「俺と結婚すれば苦労することになるんだぞ」
 「しあわせになろうなんて思わない! あなたのために私は生きたいの!」
 「花音ちゃん、ママはお馬鹿さんだな?」
 「ママはおバカじゃないよ。花音ちゃん、ママが大好きだもん」
 「おじさんもママが好きだ。そして花音ちゃんも修斗君もな?
 花音、おじさんをパパと呼んでくれるか?」
 「うん、パパ」
 「兄貴、野島の兄貴!」
 「修斗、今日からお前は俺の弟だ、いいな?」
 「ハイ、よろこんで! ううううう 姉ちゃん、良かったなあ?」
 「うん、うん。ありがとう修斗」



 それから1年が過ぎた。
 
 「おい修斗、米は研ぐんじゃなくて洗うんだって何度言ったらわかるんだ!」
 「すいやせん、土井垣さん」
 「すいやせんじゃねえ、「すみません」だ! 職人言葉で話せ!」
 「すみません、土井垣さん」

 修斗はバンドを解散し、コンビニのバイトを辞め、野島に弟子入りした。

 「大将、クラブ『楓』さんから特上握り、10人前だそうです」 
 「修斗、出前の準備だ」
 「へい!」
 「女将、北村さんに生ビールと奥さんにウーロン茶だ」
 「はーい」

 北村は同じ検察事務官の塔子と結婚していた。

 「女将さん、出産はいつですか?」
 「10月なんです。塔子さんは?」
 「私は11月なんです。それじゃあこの子たち、同級生ですね?」
 「そうね?」

 樹利亜と塔子は自分のお腹をしあわせそうに擦った。
 樹利亜は野島と結婚し、『野島』の女将になっていた。

 「おかみさーん、お酒、おかわりー!」
 「はーい、ただいまー!」


         『大将! 好きになっちゃダメですか?』完
 
 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

四季
2024.02.23 四季

プロローグ感が良いですね!(*´▽`*)

菊池昭仁
2024.02.25 菊池昭仁

四季様 これも下書きなんですよ。
ちゃんと書きますね?
校閲もまだなので、誤字脱字などご容赦下さい。
お読み下さり、ありがとうございますm(_ _)m

解除

あなたにおすすめの小説

★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁
恋愛
余命宣告された男の生き様と 女たちの想い

★【完結】パパじゃないけどパパが好き!(作品240604)

菊池昭仁
恋愛
奈々は医学部受験を控えた高校3年生。母親を3年前にガンで亡くし、今は4年前に母親が再婚した相手、つまり義父とふたりで暮らしていた。 義父といっても40才。死んだ母親よりも3才年下だった。 そんな見習パパの清彦と、義理の娘、奈々との心温まるヒューマン・コメディーです。 家族とは何か? 一緒に考えてみませんか?

★【完結】歌姫(前編)作品230427

菊池昭仁
恋愛
マリア・カラスの再来と言われた歌姫、海音寺琴子。 彼女は夫との結婚生活に疲れ、一人、傷心旅行にパリを訪れる。 そこで琴子は絶望の詩人、星野銀河と出会い、恋に落ちる。 燃え上がる人妻の歌姫と詩人の恋。冬のパリを舞台に繰り広げられる禁断の恋。 真実の愛を問う物語です。

★【完結】恋愛方程式(作品231118)

菊池昭仁
恋愛
恋愛の方程式は証明出来ない 恋愛に答えなどなく 永遠に解くことのできない難問だからだ 

★【完結】樹氷(作品240107)

菊池昭仁
恋愛
凍結されていた愛が今、燃え上がる。 20年前、傷心旅行で訪れたパリで、奈緒は留学生の画家、西山伊作と恋をした。 そして20年後、ふたりは偶然東京で再会する。 忘れかけていた愛が目の前に現れた時、ふたりの取った行動とは?

★【完結】曼殊沙華(作品240212)

菊池昭仁
恋愛
夫を失った高岡千雪は悲しみのあまり毎日のように酒を飲み、夜の街を彷徨っていた。 いつもの行きつけのバーで酔い潰れていると、そこに偶然、小説家の三島慶がやって来る。 人生に絶望し、亡き夫との思い出を引き摺り生きる千雪と、そんな千雪を再び笑顔にしたいと願う三島。 交錯するふたりの想い。 そして明かされていく三島の過去。 それでも人は愛さずにはいられない。

★【完結】冬の線香花火(作品230620)

菊池昭仁
恋愛
国際航路のコンテナ船の二等航海士、堂免寛之は船長になることが子供の頃からの夢だった。 そんなある日、妻の華絵が病に倒れる。妻の看病のために堂免は船を降りる決意をする。 夫婦愛の物語です。

★【完結】家族レシピ 素敵な家族の作り方(作品240504)

菊池昭仁
恋愛
玩具メーカーに勤める田所雄一郎は、家族の中で孤立していた。 妻の岬はパート先のファミレスの店長と不倫中、娘の渚は雄一郎を無視。愛犬の柴犬、パトラッシュだけがたった一匹の相棒だった。 そんなある日、中学の時に蒸発した父親、榮太郎の遺産相続の話が舞い込んで来る。亡父の残してくれた都心にある豪邸でシェアハウスを始める雄一郎とその家族たち。「他人のような家族」と「家族のような他人」。家族のあり方を考える、泣けるシリアス・コメディです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。