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「土井垣さん」
「んっ なんだ?」
「協力してくれませんか?」
「協力ってまさか?」
「はい、今日、大将に告白することにします」
「いくら樹利亜ちゃんでも無理だと思うぜ。
この前も言っただろう? 親方には・・・」
「もちろん分かっています。でももう限界なんです。
どうしてもダメだったら私、お店を辞めます」
「おいおい、樹利亜ちゃんに辞められたら俺も親方も困っちまうよ」
「私だって辞めたくなんかありませんよ。だからこれは真剣勝負なんです!」
「だけど、親方は一途な男だからなあ。そう簡単には・・・」
「土井垣さん、お願いです。
今日は少しだけ早く上がっていただけませんか?
私、大将とじっくり話がしたいんです」
「それはいいけど、親方をどうやって説得するんだ?」
「それは考えていません」
「考えてない?」
「はい。何も考えずに本心をぶつけるつもりです。
何もせずにこのままズルズルはもうイヤなんです。
クラブ『楓』の輝子さんにも言われたんです。「モタモタしてたらアンタの大将、誰かに盗られちゃうわよ」って。
そんなの絶対にイヤなんです!」
「そうか、がんばりな。
でももしダメでも店は辞めるなよ。お客さんが減るから」
「ありがとうございます。土井垣さん。
私、がんばります!」
土井垣はてきぱきと後片付けをして、店を少し早く出ようとした。
後は明日少し早めに出て来て、仕込みをやるつもりだった。
「親方、今日はどうも腰の調子が悪いので、先に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫か? 明日、医者に診てもらえよ。腰はつれえからな?」
「はい、すみません。それではお先です」
「ああ、気をつけてな?」
(親方、すみません。樹利亜ちゃんの想い、どうか親方に届きますように)
店の後片付けも終わり、野島が樹利亜に声をかけた。
「ごくろうさん。もう帰っていいぞ」
樹利亜はついに野島に告白をした。
「大将。私、大将が好きです!」
「俺も好きだよ。うちの仲居としてだけどな?」
「仲居じゃなくて、女として私を見て下さい!」
「それは出来ない」
「どうしてですか?」
「俺は樹利亜のご両親と同じ歳だ。親子ほども歳が離れているんだぞ。冗談はよせ」
「歳なんて関係ありません!」
「関係あるよ。お父さんお母さんはそれを望んではいないはずだ」
「望んでますよ! ウチの家族は全員、大将が大好きですから!」
「もっとまともな恋愛をしろ。お前はやさしくて気が利く、そして美人だ」
「だったら大将が私を貰って下さいよ!」
「だからそれは出来ないんだって!」
「どうしてですか!」
「俺には忘れられない女がいるんだ」
「だったら忘れなくてもいいじゃないですか! 私は寧ろその人を忘れて欲しくはありません。
大将が好きになった人だから!」
「樹利亜」
「私、大将以外、誰も好きになることは出来ないんです!
大将、好きになっちゃダメですか?」
「ダメだ。お前にはもっと相応しい男がいる。
俺は怖いんだ、もうこれ以上愛する女を失うことが」
「私は大将より先に死にません! 絶対に!」
「そんな保証はどこにもない!」
「人間はいつかは死ぬものです。大将が愛したその女の人も、神様がお決めになった寿命が来たから亡くなったんです。
私も大将も土井垣さんも、そして輝子さんも相沢社長さんもみんないつかは死ぬんです!
だからこそ私は後悔したくないんです! 大将は私のことが嫌いなの? 私、女として魅力がないですか!」
「やめろ! これ以上俺を苦しめるな! それ以上言うならお前をクビにするしかない!」
「大将が好き! 大将のことが大好きなの!」
その時勝手口が開き、樹利亜の弟の修斗と、娘の花音が入って来た。
「野島さん、姉貴は本気です、本気なんです。姉貴は絶対にいい嫁になります。
弟の俺が保証します! どうか姉貴を嫁さんにしてやって下さい、お願いします!」
修斗は深々と野島に頭を下げた。
花音が野島の足に抱きついた。
「野島のおじちゃん、ママをお嫁さんにしてあげて。おねがい」
「花音ちゃん・・・」
「ママがキライなの? それじゃあ花音が野島のおじちゃんのお嫁さんになってあげるから」
「花音、修斗・・・」
「お願いします野島さん、俺の兄貴になって下さい! そして俺たちと家族になって下さい!」
野島は花音を抱き上げた。
「俺は今48だ。花音ちゃんが二十歳になったら俺は65なんだぞ。
だから結婚は出来ない。樹利亜が50になれば俺は70だ。冷静になれ、樹利亜」
「だからこそ私は大将と一緒にいたいの! あなたの側にいてあなたを支えたい!
もし大将が車椅子になったら私が押してあげる! オムツだって交換してあげる!
愛しているの! 大将を! 理屈じゃないの! 人を好きになるということは!
私は一度結婚に失敗している。だからわかるの! 結婚はいいことばかりじゃない、結婚することは覚悟だと!
私にはその覚悟があるわ!」
「俺と結婚すれば苦労することになるんだぞ」
「しあわせになろうなんて思わない! あなたのために私は生きたいの!」
「花音ちゃん、ママはお馬鹿さんだな?」
「ママはおバカじゃないよ。花音ちゃん、ママが大好きだもん」
「おじさんもママが好きだ。そして花音ちゃんも修斗君もな?
花音、おじさんをパパと呼んでくれるか?」
「うん、パパ」
「兄貴、野島の兄貴!」
「修斗、今日からお前は俺の弟だ、いいな?」
「ハイ、よろこんで! ううううう 姉ちゃん、良かったなあ?」
「うん、うん。ありがとう修斗」
それから1年が過ぎた。
「おい修斗、米は研ぐんじゃなくて洗うんだって何度言ったらわかるんだ!」
「すいやせん、土井垣さん」
「すいやせんじゃねえ、「すみません」だ! 職人言葉で話せ!」
「すみません、土井垣さん」
修斗はバンドを解散し、コンビニのバイトを辞め、野島に弟子入りした。
「大将、クラブ『楓』さんから特上握り、10人前だそうです」
「修斗、出前の準備だ」
「へい!」
「女将、北村さんに生ビールと奥さんにウーロン茶だ」
「はーい」
北村は同じ検察事務官の塔子と結婚していた。
「女将さん、出産はいつですか?」
「10月なんです。塔子さんは?」
「私は11月なんです。それじゃあこの子たち、同級生ですね?」
「そうね?」
樹利亜と塔子は自分のお腹をしあわせそうに擦った。
樹利亜は野島と結婚し、『野島』の女将になっていた。
「おかみさーん、お酒、おかわりー!」
「はーい、ただいまー!」
『大将! 好きになっちゃダメですか?』完
「んっ なんだ?」
「協力してくれませんか?」
「協力ってまさか?」
「はい、今日、大将に告白することにします」
「いくら樹利亜ちゃんでも無理だと思うぜ。
この前も言っただろう? 親方には・・・」
「もちろん分かっています。でももう限界なんです。
どうしてもダメだったら私、お店を辞めます」
「おいおい、樹利亜ちゃんに辞められたら俺も親方も困っちまうよ」
「私だって辞めたくなんかありませんよ。だからこれは真剣勝負なんです!」
「だけど、親方は一途な男だからなあ。そう簡単には・・・」
「土井垣さん、お願いです。
今日は少しだけ早く上がっていただけませんか?
私、大将とじっくり話がしたいんです」
「それはいいけど、親方をどうやって説得するんだ?」
「それは考えていません」
「考えてない?」
「はい。何も考えずに本心をぶつけるつもりです。
何もせずにこのままズルズルはもうイヤなんです。
クラブ『楓』の輝子さんにも言われたんです。「モタモタしてたらアンタの大将、誰かに盗られちゃうわよ」って。
そんなの絶対にイヤなんです!」
「そうか、がんばりな。
でももしダメでも店は辞めるなよ。お客さんが減るから」
「ありがとうございます。土井垣さん。
私、がんばります!」
土井垣はてきぱきと後片付けをして、店を少し早く出ようとした。
後は明日少し早めに出て来て、仕込みをやるつもりだった。
「親方、今日はどうも腰の調子が悪いので、先に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫か? 明日、医者に診てもらえよ。腰はつれえからな?」
「はい、すみません。それではお先です」
「ああ、気をつけてな?」
(親方、すみません。樹利亜ちゃんの想い、どうか親方に届きますように)
店の後片付けも終わり、野島が樹利亜に声をかけた。
「ごくろうさん。もう帰っていいぞ」
樹利亜はついに野島に告白をした。
「大将。私、大将が好きです!」
「俺も好きだよ。うちの仲居としてだけどな?」
「仲居じゃなくて、女として私を見て下さい!」
「それは出来ない」
「どうしてですか?」
「俺は樹利亜のご両親と同じ歳だ。親子ほども歳が離れているんだぞ。冗談はよせ」
「歳なんて関係ありません!」
「関係あるよ。お父さんお母さんはそれを望んではいないはずだ」
「望んでますよ! ウチの家族は全員、大将が大好きですから!」
「もっとまともな恋愛をしろ。お前はやさしくて気が利く、そして美人だ」
「だったら大将が私を貰って下さいよ!」
「だからそれは出来ないんだって!」
「どうしてですか!」
「俺には忘れられない女がいるんだ」
「だったら忘れなくてもいいじゃないですか! 私は寧ろその人を忘れて欲しくはありません。
大将が好きになった人だから!」
「樹利亜」
「私、大将以外、誰も好きになることは出来ないんです!
大将、好きになっちゃダメですか?」
「ダメだ。お前にはもっと相応しい男がいる。
俺は怖いんだ、もうこれ以上愛する女を失うことが」
「私は大将より先に死にません! 絶対に!」
「そんな保証はどこにもない!」
「人間はいつかは死ぬものです。大将が愛したその女の人も、神様がお決めになった寿命が来たから亡くなったんです。
私も大将も土井垣さんも、そして輝子さんも相沢社長さんもみんないつかは死ぬんです!
だからこそ私は後悔したくないんです! 大将は私のことが嫌いなの? 私、女として魅力がないですか!」
「やめろ! これ以上俺を苦しめるな! それ以上言うならお前をクビにするしかない!」
「大将が好き! 大将のことが大好きなの!」
その時勝手口が開き、樹利亜の弟の修斗と、娘の花音が入って来た。
「野島さん、姉貴は本気です、本気なんです。姉貴は絶対にいい嫁になります。
弟の俺が保証します! どうか姉貴を嫁さんにしてやって下さい、お願いします!」
修斗は深々と野島に頭を下げた。
花音が野島の足に抱きついた。
「野島のおじちゃん、ママをお嫁さんにしてあげて。おねがい」
「花音ちゃん・・・」
「ママがキライなの? それじゃあ花音が野島のおじちゃんのお嫁さんになってあげるから」
「花音、修斗・・・」
「お願いします野島さん、俺の兄貴になって下さい! そして俺たちと家族になって下さい!」
野島は花音を抱き上げた。
「俺は今48だ。花音ちゃんが二十歳になったら俺は65なんだぞ。
だから結婚は出来ない。樹利亜が50になれば俺は70だ。冷静になれ、樹利亜」
「だからこそ私は大将と一緒にいたいの! あなたの側にいてあなたを支えたい!
もし大将が車椅子になったら私が押してあげる! オムツだって交換してあげる!
愛しているの! 大将を! 理屈じゃないの! 人を好きになるということは!
私は一度結婚に失敗している。だからわかるの! 結婚はいいことばかりじゃない、結婚することは覚悟だと!
私にはその覚悟があるわ!」
「俺と結婚すれば苦労することになるんだぞ」
「しあわせになろうなんて思わない! あなたのために私は生きたいの!」
「花音ちゃん、ママはお馬鹿さんだな?」
「ママはおバカじゃないよ。花音ちゃん、ママが大好きだもん」
「おじさんもママが好きだ。そして花音ちゃんも修斗君もな?
花音、おじさんをパパと呼んでくれるか?」
「うん、パパ」
「兄貴、野島の兄貴!」
「修斗、今日からお前は俺の弟だ、いいな?」
「ハイ、よろこんで! ううううう 姉ちゃん、良かったなあ?」
「うん、うん。ありがとう修斗」
それから1年が過ぎた。
「おい修斗、米は研ぐんじゃなくて洗うんだって何度言ったらわかるんだ!」
「すいやせん、土井垣さん」
「すいやせんじゃねえ、「すみません」だ! 職人言葉で話せ!」
「すみません、土井垣さん」
修斗はバンドを解散し、コンビニのバイトを辞め、野島に弟子入りした。
「大将、クラブ『楓』さんから特上握り、10人前だそうです」
「修斗、出前の準備だ」
「へい!」
「女将、北村さんに生ビールと奥さんにウーロン茶だ」
「はーい」
北村は同じ検察事務官の塔子と結婚していた。
「女将さん、出産はいつですか?」
「10月なんです。塔子さんは?」
「私は11月なんです。それじゃあこの子たち、同級生ですね?」
「そうね?」
樹利亜と塔子は自分のお腹をしあわせそうに擦った。
樹利亜は野島と結婚し、『野島』の女将になっていた。
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