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第10話

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 『チョコミント・アイスクリーム』は復活した。

 誠二はあの後すぐに葵と別れたらしい。

 「葵ちゃんとは別れたんや」
 「そうか」
 「ホンマにごめんな、山ちゃん」
 「もう終わったことだ」

 誠二はコンビを解消した後も芸を磨いていたようで、滑舌がより良くなり、声量も大きくなっていた。
 ツッコミのタイミングも絶妙に進化していた。

 「なあ山ちゃん、路上ライブをやってみてはどないやろう?」
 「路上ライブかあ? いいかもしれんなあ、度胸も尽くしな? それに養成所ではなく、一般の人の生の感触も掴めるしな?」
 「路上で人が集まらへんかったら俺たちは売れへん訳やからな?」


 俺たちは早速路上ライブを始めた。
 YouTubeでの路上ライブ配信の効果もあり、5人、10人、50人と観客は増え、今では300人を越えていた。
 俺たちはウケていた。

 その聴衆の中に、いつも笑わずに俺たちのコントを一番前でじっと見ている50代位の男がいた。
 雨の日も風の日も、その年配の男性は私たちを観察しているようだった。
 
 2週間が過ぎた頃、声を掛けられた。

 「君たちのお笑いはいいねえ。テンポも発声もいいしキャラも立っている。
 関西弁と東京言葉の掛け合いも斬新だ。
 ネタも面白い。ただしこのままでは「一発屋」で終わる、今のままではな?」
 「アンタ誰や? 業界の人かいな?」
 
 するとその男は俺に名刺を出した。

 「芸能評論家、西島周次郎? あなたが?」
 「エラい有名な人やんか! 西島先生に認められたら不動の人気になる言うさかい」
 「ギャグ・コントには社会風刺がなければならない。君たちのお笑いには風刺がない。
 社会に対する反骨心がない。お笑いは時代を映す鏡であり、メッセージ性がなければすぐに飽きられてしまう。
 ドリフやコント55号のようにだ」
 「風刺ですか?」
 「そうだ、それが表現出来たら君たちは伝説になれるかもしれん。
 関西の企業に所属しているんだよな? 困ったらいつでも訪ねて来なさい」

 西島先生はその後も殆ど毎日のように俺たちの路上ライブを見に来てくれた。



 俺はネタを見直すことにした。
 
 「風刺かあ・・・」

 政治、経済、芸能、スポーツなどのスキャンダル・・・。
 そもそも風刺とは何だ?
 英語でsatire。社会や人物の罪や欠点などを間接的に批判することだ。
 だがそれを芸として表現するには高度なセンスが要求される。
 ネタ作りは難航していた。



 めぐみのうつ病は安定期に入ったようで、焼肉屋での食事以来、食欲も出て来たようで食べては寝て、寝ては食べているようだった。
 
 うつ病の定義は別として、人間は基本的にうつは備わっていると思う。
 そして落ち込んだり悲しんだりすることで精神は成長するのである。
 悩みのない人間などいないのだ。
 うつ病には初期、急性期、回復期、再発予防期の4つのサイクルが繰り返される症状である。
 急性期にはがっくりと落ち込んでしまい、自己否定感が強くなってしまう。


      自分はいなくてもいい人間だ


 そう考え込んでしまい、自分の殻に閉じ籠もってしまうのだ。
 うつ病は寛解することはない。約半分はこの症状を繰り返すのである。
 うつ病のメカニズムは未だに解明されてはいない。
 脳内神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの減少を抑制するのが抗うつ剤だ。
 SSRI   NSSA   SNRI等を処方することにより、急性期の落ち込み落差を小さくしたり、その期間を短くしたり、再発予防期間を長くする効果が見込めることもある。

 人間の素晴らしい能力のひとつに、「忘却」がある。
 人間は忘れることで救われるのだ。

 ソファでうたた寝をしているめぐみのあどけない寝顔を見ていると、俺の心は和んだ。

 (めぐみを大声で笑わせてやりたい)

 俺はネタを考えるため、夜の散歩に出掛けることにした。

 
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