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第12話 やっちゃえオッサン

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 野々山君は広告代理店、白鴎堂の営業マンだ。
 
 「どうしたの? 野々山さん、さっきから溜息ばっかり吐いて?
 もう、お店に来てから8回目だよ」
 「俺、もう会社辞めようかなあ・・・」
 「えー、もったいないよ! 白鴎堂って言ったら、お嫁さんになりたいランキング第6位のスーパーエリートじゃない? 一体何があったの? 辞めたいだなんて?」
 「もうイヤなんだ、あんなくだらない、下劣なCMを売るのが」
 「酷いよな? 最近のテレビコマーシャルって。なんでもありだもんな?」
 「そうなんですよマスター。俺、あんなCM、放映したくないです。
 あの名作、『フランダースの犬』のネロとパトラッシュがカップラーメン食べたり、ハイジとクララとお爺さんが学習塾のパロディにされたり、そして挙句の果ては「やっちゃえ、オッサン」ですよ? もう限界」
 「あの国民的アイドルグループだった奴のあれか? あれは俺もイヤだな?」
 「そうかしら? 私は好きだけど、「やっちゃえ、オッサン」いいんじゃないの、別に?」
 「ショコタンはあのタレントが好きだからそう言うけどさ、同じメンバーだった草錆が酒に酔って、公園で裸だった時にあれほど犯罪者扱いしてたくせにだぜ? 自分は2回もスピード違反で捕まってんのに謝罪会見もしない。
 クルマのCMに出ているのにだよ?
 スピード違反は偶発事故じゃなくて、スピードを出そうとしての故意の違反だろ?
 おまけにオッサンの前に、あんなに世話になったトトナを裏切って、ライバル会社のオッサンのCMに涼しい顔して出ているのが許せないよ」
 「俺はあのオッサンが気に食わねえよ。
 あの有能な経営者のカルロス・トシキを追い出して株価はダダ下がり、おまけに今度のチャイナウイルスに便乗して、国からの融資、1,200億円をちゃっかりもらっちゃたも同然なんだからな?
 もちろんオッサンの社員は悪くない、悪いのはあの自己中な役員たちだ。
 自分たちの保身のために会社を台無しにした責任は重い。
 そういえばトシキ主演の映画、日本で上映しないのかな?」
 「俺、もうイヤなんです、自分たちの利益のためのなんでもありのCMを売り歩くのが。
 だってそうでしょう? CMって、あの15秒の中で表現するドラマじゃないですか? それなのに・・・」
 「俺たちの若い頃はいいCMが沢山あった。
 メッセージ性もあったよ」
 「例えばどんなCM?」
 「昔のやつだからショコタンは知らないだろうけど、あの明石家さば男がやっていたポン酢のコマーシャル。「しあわせーって何だっけ? 何だあっけ?♪」って、さば男が歌うんだよ鍋の前で。
 それはな? 「鍋を囲める家族がいることがしあわせなんですよ」っていう主題がそこにあったんだ。
 そのポン酢で鍋を家族で楽しんで下さいってな?
 今の受け狙いの安っぽいドラマ仕立てのCMより、はるかに良かった。
 でも大変だよな? 野々山君も。
 そりゃ落ち込むのもわかるよ」
 「会社だから儲けないといけないし、ライバル会社の通電にも負けたくないし。
 でも俺はCMで日本を元気にしたいんです!」
 「だったら君が偉くなれよ。
 売って売って売りまくれ、そして課長、部長、役員、野々山君が社長になって会社を変えればいいじゃないか?
 辞めるのはいつでも出来る、君が辞めても会社は痛くも痒くもない。
 会社なんて、代わりはいくらでもいるからな?」
 「そうだ! 俺が偉くなればいいんだ!
 そうすれば沢尻エリカや明菜ちゃんもCMにバンバン起用出来る!
 マスター、俺、やってみます!」
 「がんばれ、野々山君」
 「やる気になったら腹減ったなあー、マスター、『思い出のビーフストロガノフみたいなやつ』を下さい」
 「あいよ」


 本来のビーフストロガノフではないが、簡単に作れて美味しいのがこれだ。

 牛肉と玉ねぎ、そしてシメジを塩コショウ、焼肉のたれ、ワイン、バターで良く炒め、そこにグリーンピースとお湯、固形コンソメ、月桂樹の葉を入れてコトコトと煮込む。
 そしてそこに市販のハヤシライスのルーを入れ、それをご飯の上に掛けたら生クリームを一周させて完成だ。
 牛肉は出来れば脛肉やテールがいいが、しゃぶしゃぶ用の肉でもいい。
 
 
 「ハイ、おまちどうさま」
 「旨そう! でもどうして「思い出の」なんですか?」
 「俺がコックの見習いをしていた時に作らされた「まかない飯」だからさ。
 これを作ると、あの時の辛い修業時代を思い出すんだよ」
 「この音楽は?」
 「Eric Carmen の『All by myself』、いい曲だろう?」
 「そうですね、この歌詞のように、すべてを自分でやることは辛いことですもんね?」
 「マスター、私も食べたーい! ビーフストロガノフ!」
 「ショコタンは大盛な? ほら食えよ、ウマいぞお」
 「ありがとう! マスター大好きー!」

 たまにはビーフストロガノフもいいもんだ。
 本物は食べたことはないけど。
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