上 下
6 / 13

第6話

しおりを挟む
 私は2日間、梨奈に連絡をしなかった。
 そして3日目に梨奈からLINEが届いた。


     体調でも悪いの?


 既読になっても返事がないことをいぶかって、梨奈はまたLINEをして来た。


     どうしちゃったの?


 それでも私は返信をしなかった。
 すると今度は、


     バカ! もう知らない!


 私は思わず笑ってしまった。
 梨奈は遂に痺れを切らし、電話を掛けて来た。
 一度目の電話には出なかった。
 すぐにまた梨奈は電話を掛けて来た。
 私は仕方なく電話に出た。

 「もしもし」
 「どうして連絡してくれないのよお! 既読スルーにして!」
 「もう、会うのは辞めにしようと思うんだ」
 「どうして? もう私に飽きたの? 愛してないの!」
 「君とのことはいい思い出にして置きたいんだ」
 「わけワカメなんだけど。これから会いに行ってもいい?」
 「ダメだ」
 「会いたいの、今すぐ!」
 「俺は梨奈をしあわせにすることが出来ない」
 「あなたにしあわせになんかしてもらわなくてもいい、私があなたをしあわせにしてあげる!」
 「ありがとう、初恋が叶ってすごくうれしかったよ。もう連絡はしないでくれ。それじゃおやすみ」
 「ちょっと待ってよ! もしもし?・・・」

 私はスマホの電源を切った。

 「これで良かったんだ」

 私は梨奈とのことは夢だったと思うことにした。



 金曜日、突然梨奈が会社にやって来た。

 「上村部長、福邦銀行の大谷次長様がおみえです」
 「わかった、すぐ行く」

 
 応接室に行くと梨奈が鋭い視線を私に向けた。
 ゾクッとするほどいい女だと思った。
 

 「上村部長、アポイントメントも取らずに突然すみません、本日は資料をお届けにあがりました。
 どうぞ御査収下さい」

 そのA4の書類にはこう書かれてあった。


              

     上村部長様


                             大谷梨奈


           『映画の夕べ』へのお誘い


     本日、19時より、スカラ座にて映画鑑賞会が開催されます。
     付きましてはご参加の確認に◯をお願いします。
     尚、時間厳守でお願いいたします。


             
           参加する ・ 参加する


    
      ※不参加は許さないから! 洋三のバカ!



 私は笑って「参加する」を丸で囲った。
 梨奈はうれしそうに書類を鞄の中に仕舞った。

 「それではお忙しいところ、申し訳有りませんでした。
 重要なお知らせでしたので直接お会いしてお渡しさせていただきました。
 ではこれで失礼いたします」

 梨奈が席を立とうとした時、梢がお茶を持って入って来た。

 「あらもうお帰りですか?」
 「ええ、緊急の連絡書類があったものですから」
 「そうですか」
 「お茶を淹れていただいたんですね?」
 「はい」

 すると梨奈はお盆のお茶を取ると再び椅子に座った。

 「せっかくなので、お茶をいただいてから失礼します。
 凄く美味しいお茶ですね? このお茶が御社の業績を反映しているようですわ。
 御社には優秀で素敵な社員さんがいてよかったですね? 御社は安泰ですね? 上村部長」
 「彼女の淹れるお茶には定評があるんですよ」
 「母が静岡の出身なもので、お茶の淹れ方にうるさいんですよ」
 「とてもいい香りがします。温度も丁度いいわ。ありがとうございます」

 お茶を飲み終えると梨奈は席を立った。

 「本当はお替りをしたいところなんですけど、今度また美味しいお茶をご馳走して下さいね?」
 「よろこんで!」

 梨奈は満足げに応接室を出て行った。





 仕方なく、私は梨奈と映画に付き合うことにした。
 それは潰れると噂のある古い映画館だった。
 映画は『ソフィーの選択』だった。
 主演はメリル・ストリープ。
 アメリカ南部に住む作家志望の青年は「スティンゴ」と渾名されていた。
 スティンゴは自分探しのためにニューヨークで暮らし始める。
 そこでメリル・ストリープ演じるソフィーと出会い恋に落ちるというストーリーだった。
 そして最後は・・・。

 梨奈は私の隣で何度もハンカチで涙をぬぐっていた。
 そして私の手を握って私に寄り添った。



 映画館を出ると、梨奈が言った。

 「いっぱい泣いたらお腹空いちゃった。ご飯食べに行こうよ」
 
 梨奈は私と腕を組んで歩き出した。
 女とは泣いたり笑ったり、つくづく忙しい生き物だと思った。


 私たちは映画館の近くにある町中華の店に入ることにした。

 「とりあえずビールと餃子を下さい」
 「かしこまりました」

 小太りの割烹着を着て三角巾をした女将さんらしい人が注文を取った。
 梨奈はメニューを眺めていた。
 美しい女だと思った。さっき見たメリル・ストリープが目の前にいるように私は感じていた。
 
 (別れられない、梨奈と別れたくない)

 私はそう考えてしまっていた。
 私の決心はもろくも崩れた。

 「ねえ何が食べたい?」
 「君の好きな物でいいです」
 「どうして敬語なのよ?」
 「今夜は弊社の大切なメインバンクの方の接待だからです」
 「ぶつわよ、しまいには」
 「梨奈の好きな物でいいよ」
 「それじゃあねえ、酢豚と海老チャーハン、それから春巻とトンポーロー麺でいい?
 それをふたりでシェアしようよ」

 私はそれに同意した。
 瓶ビールとお通しのザーサイが運ばれて来た。グラスは2つ。
 梨奈は三ツ矢サイダーのコップにビールをいでくれた。
 乾杯をした。

 「あー、美味しい! やっぱり町中華にはこのコップで「633」だよね?」
 「633?」
 「瓶ビールの大瓶って633ミリリットルでしょう? だから町中華の常連はそう言うんだって」
 「なるほど」

 私は一息でビールを呷った。
 梨奈はうれしそうに私のコップにビールをそそぐと、さっき観た映画の話を熱く語り始めた。
 餃子と他の料理も運ばれて来て、俺たちのテーブルは一気に華やいだ。

 「私ね? 夢だったんだあ、映画を観た帰りにね? こうして好きな人とビールと餃子でさっき観た映画の話をするのが」
 
 洋子ともよく映画を見に行ったが、帰りはいつも洋食屋が多かった。
 
 「ねえ、聞いてる?」
 「もちろん聞いているよ、それで?」
 「それでって、全然聞いてないじゃないのよお、まったく!」
 「ごめんごめん、梨奈のことばかり見ていたからつい」
 「私、絶対に別れないから」

 そして梨奈は酢豚を食べ、海老チャーハンを頬張った。
 私はそんな梨奈を見て微笑んだ。

 (守りたい、この女を守りたい)

 私はビールを飲み、トンポーロー麺を啜った。

 「それ、美味しい?」
 「ああ、豚バラの角煮が柔らかくて美味いよ、八角が効いているしな? ちゃんと毛を剃って表皮も残してあるし」

 梨奈がそれに箸を伸ばした。

 「うん、ほっぺが落ちちゃいそう!」
 
 私は梨奈の前にトンポーロー麺を置いた。

 「海老チャーハンも食べてみなよ」

 私たちはそうして料理を交換しながら食べた。

 「いちいち小皿になんか取らなくてもさあ、こうして食べる方が美味しいよね?
 だって私たち、もう付き合っているんだから。間接キッス? あはは」

 そういって笑う梨奈を、私はとても眩しく感じた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

★【完結】ポワゾンと呼ばれた女(作品231110)

菊池昭仁
恋愛
香水『poison(毒)』はそれを着けるに相応しい女を選ぶ。

★【完結】ペーパームーンの夜に抱かれて(作品240607)

菊池昭仁
恋愛
社内不倫がバレて会社を依願退職させられてしまう結城達也。 それにより家族も崩壊させてしまい、結城は東京を捨て、実家のある福島市に帰ることにした。 実家に帰ったある日のこと、結城は中学時代に憧れていた同級生、井坂洋子と偶然街で再会をする。 懐かしさからふたりは居酒屋で酒を飲み、昔話に花を咲かせる。だがその食事の席で洋子は異常なほど達也との距離を保とうとしていた。そしてそれをふざけ半分に問い詰める達也に洋子は言った。「私に近づかないで、お願い」初恋の洋子の告白に衝撃を受ける達也。混迷を続ける現代社会の中で、真実の愛はすべてを超越することが出来るのだろうか?

★【完結】寒椿(作品240421)

菊池昭仁
恋愛
流しの演歌歌手、椿と元ヤクザ、大森との純愛。 それは恋を越えた壮絶な愛だった。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

★【完結】ダブルファミリー(作品230717)

菊池昭仁
恋愛
結婚とはなんだろう? 生涯1人の女を愛し、ひとつの家族を大切にすることが人間としてのあるべき姿なのだろうか? 手を差し伸べてはいけないのか? 好きになっては、愛してはいけないのか? 結婚と恋愛。恋愛と形骸化した生活。 結婚している者が配偶者以外の人間を愛することを「倫理に非ず」不倫という。 男女の恋愛の意義とは?

★【完結】ガールフレンド(作品231127)

菊池昭仁
恋愛
住宅会社を経営する草野陽一と、広告代理店の営業課長、矢作悦子は仲の良い仕事仲間で、男女の関係はなかった。悦子は二年前に結婚したばかりの新婚で、子供はいなかった。 ある日、陽一は悦子に「イタリアを見て来ようと思うんだ、新しいコンセプトの住宅を計画するために」と打ち明けると「私も同行させて下さい」と悦子が言った。陽一は悦子の冗談だと思い、気にも留めなかったが、悦子は本気だった。 イタリアを旅しながら、深まりゆくふたりの愛。男女の友情は果たして成立するのだろうか?

★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁
恋愛
余命宣告された男の生き様と 女たちの想い

★【完結】アルゼンチンタンゴを踊らせて(作品231123)

菊池昭仁
恋愛
町田希美は元彼の幻影に悩まされていた。 その寂しさを埋めるために、無難な浩紀と結婚し、征也が生まれた。 夫の浩紀はもう一人、女の子を望んでいたが、希美はそれに躊躇していた。 ある日、希美は会社の飲み会の帰りに寄ったスペインバルで、森田礼次郎という男性と出会う。 自分の父親ほど歳の離れた森田ではあるが、不思議な大人の包容力に満ちていた。 希美はまるで自白剤を打たれたかのように、自分の苦悩を話してしまう。それは危険な恋の始まりだった。

処理中です...