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第19話
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警察の事情聴取も終わり、碧は徐々に平穏な生活を取り戻していった。
幸いなことに、霧島の傷は急所を外れており、順調に快方へと向かっていた。
後になって冷静に考えると、空手二段の霧島が早川の攻撃を躱すのは容易なはずであり、どうやら太腿への傷もそこへ早川のナイフを誘導したかのようにも思えた。
つまり霧島は、あの時の状況を瞬時に冷静に判断し、最善の方策を取ったと言える。
正当防衛は敢えて行わず、状況証拠からも殺意があったことは検察によって立証されるからだ。
碧は強姦罪も主張することが出来たがそれはしなかった。
それは智樹への配慮と、早川家に対する碧の最後のやさしさでもあった。
思えば早川家は可哀そうな家族だったからだ。
ピアニストの夢を絶たれ、夫からも愛されず、そして早川もあんな大人になってしまった。
社会的制裁は計り知れないものがあり、それ以上の罪を与えることを碧は躊躇った。
病院のベッドで霧島は笑っていた。
「殺されるかと思ったよ」
「ごめんなさいね、私を庇ってくれたばっかりに。
まだ痛いでしょ?」
「平気平気、あと三日程度で退院出来るそうだ。
碧も色々と大変だったろうが、すべては終わったことだ。
僕のところに来週にも引っ越してくればいい」
「そうさせてもらうわ。
あのマンションは私名義だから、賃貸に出すことにしたの」
「それがいい。
それから役所は辞めて、僕の専業主婦をしてくれると助かるんだけど、どう? 給料は払うから。あはははは」
碧は今回の事件で役所を依願退職するつもりだった。
見世物になるは嫌だったからだ。
霧島のやさしさが身に沁みた。
碧と智樹は三軒茶屋の霧島の屋敷を訪れて驚いた。
その屋敷は高い塀で囲まれた薔薇の庭があり、気品に満ちたアンティークな邸宅だったからだ。
「すごいお屋敷ね? 悟さんはこんな大きなお屋敷にたったひとりで住んでいたの?」
「祖父の代からの家でね? 僕は結構気に入っているんだ。
さあ中へどうぞ」
屋敷の中は絵画や骨董、多くの美術品が飾られていた。
智樹が叫んだ。
「うわあ、バアバのピアノと同じピアノがある!」
智樹は真っ先にリビングの中央に置かれたグランドピアノに走り寄った。
「智樹君、弾いてごらんよ」
「弾いてもいいの? 霧島さん」
「もちろん」
智樹はベートーベンの『テンペスト』を弾き始めた。
とても6歳の子供の演奏とは思えなかった。
智樹はさらにピアノの腕を上げていた。
義母の麗子に感謝するべきだと碧は思った。
「霧島さんもピアノ、弾くの?」
演奏を終えた智樹が霧島に尋ねた。
「昔、ちょっとね? でも凄いな、智樹君のピアノは。
君は才能があるよ、本当に嵐の海にいるようだった。
シェイクスピアもベートーベンも喜んでいると思うよ」
「ありがとうございます、褒めてくれて」
「よかったわね? 智樹」
「うん!」
すると霧島はタバコに火を点け、咥えタバコでピアノの前に座った。
霧島がピアノに手を置いた。
すると霧島はあの超絶技巧の代名詞とも言える、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を弾き始めた。
智樹は目を皿のようにして霧島のピアノ演奏をじっと見ていた。
演奏が終わると智樹は興奮して叫んだ。
「霧島さん! すごい! すごいよ!」
「僕のはピアノは自己流だけどね? いつでも自由に弾いていいからね?
知り合いに藝大の教授がいるから今度、紹介してあげるよ」
「ありがとう霧島さん。ボク、もっとピアノを上手くなりたい! 霧島さんみたいに!」
「よかったわね? 智樹」
碧は智樹を強く抱き締めた。
3人の親子の新しい生活が始まった。
幸いなことに、霧島の傷は急所を外れており、順調に快方へと向かっていた。
後になって冷静に考えると、空手二段の霧島が早川の攻撃を躱すのは容易なはずであり、どうやら太腿への傷もそこへ早川のナイフを誘導したかのようにも思えた。
つまり霧島は、あの時の状況を瞬時に冷静に判断し、最善の方策を取ったと言える。
正当防衛は敢えて行わず、状況証拠からも殺意があったことは検察によって立証されるからだ。
碧は強姦罪も主張することが出来たがそれはしなかった。
それは智樹への配慮と、早川家に対する碧の最後のやさしさでもあった。
思えば早川家は可哀そうな家族だったからだ。
ピアニストの夢を絶たれ、夫からも愛されず、そして早川もあんな大人になってしまった。
社会的制裁は計り知れないものがあり、それ以上の罪を与えることを碧は躊躇った。
病院のベッドで霧島は笑っていた。
「殺されるかと思ったよ」
「ごめんなさいね、私を庇ってくれたばっかりに。
まだ痛いでしょ?」
「平気平気、あと三日程度で退院出来るそうだ。
碧も色々と大変だったろうが、すべては終わったことだ。
僕のところに来週にも引っ越してくればいい」
「そうさせてもらうわ。
あのマンションは私名義だから、賃貸に出すことにしたの」
「それがいい。
それから役所は辞めて、僕の専業主婦をしてくれると助かるんだけど、どう? 給料は払うから。あはははは」
碧は今回の事件で役所を依願退職するつもりだった。
見世物になるは嫌だったからだ。
霧島のやさしさが身に沁みた。
碧と智樹は三軒茶屋の霧島の屋敷を訪れて驚いた。
その屋敷は高い塀で囲まれた薔薇の庭があり、気品に満ちたアンティークな邸宅だったからだ。
「すごいお屋敷ね? 悟さんはこんな大きなお屋敷にたったひとりで住んでいたの?」
「祖父の代からの家でね? 僕は結構気に入っているんだ。
さあ中へどうぞ」
屋敷の中は絵画や骨董、多くの美術品が飾られていた。
智樹が叫んだ。
「うわあ、バアバのピアノと同じピアノがある!」
智樹は真っ先にリビングの中央に置かれたグランドピアノに走り寄った。
「智樹君、弾いてごらんよ」
「弾いてもいいの? 霧島さん」
「もちろん」
智樹はベートーベンの『テンペスト』を弾き始めた。
とても6歳の子供の演奏とは思えなかった。
智樹はさらにピアノの腕を上げていた。
義母の麗子に感謝するべきだと碧は思った。
「霧島さんもピアノ、弾くの?」
演奏を終えた智樹が霧島に尋ねた。
「昔、ちょっとね? でも凄いな、智樹君のピアノは。
君は才能があるよ、本当に嵐の海にいるようだった。
シェイクスピアもベートーベンも喜んでいると思うよ」
「ありがとうございます、褒めてくれて」
「よかったわね? 智樹」
「うん!」
すると霧島はタバコに火を点け、咥えタバコでピアノの前に座った。
霧島がピアノに手を置いた。
すると霧島はあの超絶技巧の代名詞とも言える、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を弾き始めた。
智樹は目を皿のようにして霧島のピアノ演奏をじっと見ていた。
演奏が終わると智樹は興奮して叫んだ。
「霧島さん! すごい! すごいよ!」
「僕のはピアノは自己流だけどね? いつでも自由に弾いていいからね?
知り合いに藝大の教授がいるから今度、紹介してあげるよ」
「ありがとう霧島さん。ボク、もっとピアノを上手くなりたい! 霧島さんみたいに!」
「よかったわね? 智樹」
碧は智樹を強く抱き締めた。
3人の親子の新しい生活が始まった。
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