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第1話 クルマはいらない

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 仕事をリタイヤしたら免許は返納しなくてもいいが、クルマは処分した方がいい。
 免許証は身分証明証にもなるし、どうしても一時的にクルマを運転しなければならない時には有効な場合もあるからだ。


 目が不自由になった私は、58歳で運転免許を返納した。
 最初はすごく悩んだ。「クルマの運転が出来なくなったらどうしよう」と。
 現実的に信号もよく認識出来ず、道路標識も見えなくなって来てしまってもいた。
 コンビニの駐車場に入ろうとして中央分離帯が見えず、乗り上げてしまったこともあった。
 その一方で「視力検査が通ったら、そのまま免許は更新しておこうかなあ」とも考えたりもした。

 検査の日、検査官の美熟女は何度も検査をしてくれたが、結果的に眼鏡使用で片目0.7をクリアすることが出来ず、免許更新は断念せざるをえなくなってしまった。


 近くの警察署に免許を返納しに行った日、ぶっきらぼうな若い女性事務員さんから「感謝状が出ますからお待ち下さい」と言われ、面倒臭そうに汚い字で私の名前が書かれた、警察署長発行の感謝状が渡された。

 内容的には、


    今まで運転、お疲れ様でした


 みたいな物だった。何も賞状にしなくてもいいのに。


 愛車のフォルクスワーゲンを処分した時は泣けた。
 まるで自分の愛犬と別れたような気分だった。
 

    新しいご主人と達者でな


 そして私は埃を被っていたママチャリをきれいにして、久しぶりのサイクリングに出掛けてみることにした。
 初秋の風が気持ち良かった。
 いつもクルマで通っていた道をママチャリでサイクリングしていると、色んな発見があった。
 お昼ごはんを作っている音や匂いや庭先の花の香り、そして小さなお店があることにも気づかされた。


 「こんなところに寿司屋があったんだ」とか。



 私はリュックを背負っている男が嫌いだった。
 
 「ハイキングに行くわけでもあるまいに、ビジネス戦士がリュックサックだと?
 男ならアタッシュケースかダレスバッグに決まってんだろう? 普通。
 そして休日には財布だけをポケットに入れて手ぶらで外出だろ?
 男のオフは手ぶらなの!」

 ましてや背中に背負うべきリュックを胸の前にしているなど以ての外だと思っていた。
 そんな私がリュックを買った。
 これが中々考えられた便利な代物で、外出する時はこれがないと困る(笑)



 最初は違和感があった自転車も段々快適になり、またクルマを運転したいという気持ちもなくなった。
 シニアになったら行動範囲は狭くなってもいいと私は思う。
 
 クルマの購入費、ガソリン代、車検に自動車税。タイヤ等の維持費などは大変な出費になる。
 タクシー代に換算すると、寧ろタクシーの方が安いのではないだろうか?
 そしてそのカネで美味しい物を食べたり旅行をしたり、キャバクラにも行けるし私の本も買える(笑)

 実際にクルマは通勤や買物には便利だが、なければないであまり不便を感じなくなる。
 雨の日には外出は控えればいいし、『ココドコ』などで余計な物を大量に買わなくても済む。
 何より歩きや自転車は、健康にすこぶる良い。
 私はクルマを運転することを辞めて、腰痛や膝の痛みもなくなった。
 やはり歩くことはいいのだろう。

 それに事故を起こす心配もない。
 店に突っ込むことも逆走することも、通学途中の子供たちをなぎ倒すこともないのだ。
 そして心無い、あの「あおり運転」をされることもない。
 栃木県のドライバーの運転マナーの悪さは日本一である。私は身障者マークを貼っ付けていても煽られた。
 あやうくクルマを停め、トランクから木刀を持ってそのドライバーさんを成敗するところだった。
 おそらく翌日のゴミ・テレビでは、


     高齢者ドライバーが、あおり運転をしたヤンキーを
     木刀でボコボコにして「あおり運転がえし」をして
     駆けつけた警察官に現行犯逮捕された模様です
     なお、逮捕された容疑者は「韓国統一教会に質問ば
     っかりしてんじゃねえぞ! このクズが!」と 訳
     のわからないことを叫んでいたそうです

 
 なんてことになっていたかもしれない。
     
 
 電気自動車や自動運転もいいが、まだ価格が高すぎる。
 電気自動車はエコだというが、果たしてそうだろうか? ソーラー自動車でもない限り、現段階では発電所からの電気の供給は必要なのだ。
 節電? 原発反対? やってることは同じことじゃねえの? 電気がないと走れないんだから。
 それなら水素エンジンの方がいいんじゃないの? 
 でも排気ガスは減るか?


 トロタクの宣伝する電気自動車に乗るより、公共機関を利用した方が余程エコなのではないだろうか?
 電車やバスの移動も慣れれば楽しい。
 特に私のような障碍者手帳のある者には親切な制度がある。
 JRさんでは100km以上の乗車距離になると乗車賃を半額にしてくれるし、バスも半額にしてくれる。
 タクシーは10%の割引があるようだが、タクシーは申し訳なくて使ったことがない。
 タクシーは余程体調の悪い時にしか使わない。


 クルマを乗らなくなって思うのは、意外と無駄にクルマを運転していたことに気付く。
 すぐそこのコンビニにまで行くのに、クルマを使うのはラクのし過ぎだ。

 クルマを諦めて私の寿命は延びたと思う。
 そしてクルマを運転することを辞めて浮いたお金を無駄遣いせず、かわいい孫や子供、そして配偶者にそのお金をあげれば「感謝され、愛されるシニアになれる」のだ。

 たとえ僻地に住んでいても、仕事のないシニアにクルマはいらない。
 
 
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