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第2話

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 私は駅へ続く道を歩きながら、ふるさと富山を思い出していた。

 立山連峰は手編みのセーターのような紅葉を纏い、富山の冬が躊躇いがちに足音を忍ばせ近づいて来る、そんな晩秋の日のことを。
 そこで高校三年生だった私は進学も就職も考えず、喫茶『都』でのバイトに明け暮れていた。

 私の通っていた高校は、地元では名の知れた進学校だったので、同級生たちは少しでも偏差値の高い大学に入たるため、血眼になって受験勉強に励んでいた。
 だが、私にはそれが理解出来なかった。
 いい大学に入って、医者や弁護士、安定した公務員や大手企業に就職し、モデルのように美しい女性と結婚してしあわせな家庭を築く。
 それが「幸福な人生」だと人は言う。
 でも私はまだ、人生の目的が定まってはいなかった。
 人は何のために生きるのだろうか?
 親友の黒田は言った。

 「緒方、おまえは成績がいいんだからさあ。取り敢えず東京の有名大学に入って、それから将来のことをじっくり考えればいいんじゃねえか?
 いっしょに行こうぜ、東京に」

 黒田以外、私を心配してくれる奴はいなかった。
 競争相手が少しでも減ることは、寧ろ彼らにとっては都合が良かった。


      「バカなヤツ」


 私は陰でそう囁かれていた。
 幸福に生きるということは、安心して生きるということなのだろうか?
 カネがあれば人生の成功者なのだろうか? 人の評価はどれだけカネを持っているかで決まるものなのか?

 私はそんなことをぼんやり考えてばかりいる、青臭いガキだった。

 父はそのお手本のような人生を送って来た人だった。
 日本の最高学府を出て、大手都市銀行に就職し、才色兼備の母と結婚し、そして私が生まれた。
 平和で安定した暮らしが続いていた。

 ところが、その順風満帆の父の人生が大きく狂い始めた。
 それは私が中学2年生の時だった。その日はめずらしく、父はかなり酒に酔って帰宅した。


 「来週から富山に転勤だから準備しておいてくれ」

 母は聡明な人だった。

 「あら素敵、北陸って一度は住んでみたかったのよ。
 お魚も美味しいし、美味しいお店もたくさんあるんでしょう?
 楽しみだわ」
 「単身赴任でいいよ、潤のこともあるし。お前たちはこのまま東京で暮らせばいい」
 「そうはいかないわよ、あなたばっかりズルいじゃないの? そうはさせませんからね? うふふ」
 「都落ちだぞ?」
 「そんなの考え方次第よ。出世だけが人生じゃないわ」

 そして私たち家族は富山へやって来たのだった。

 銀行の派閥抗争に敗れた父は、報復人事を受たのだった。
 最初は酷く落ち込んでいた父だったが、ついに富山に家まで建ててしまった。
 それは東京へ戻ることも、海外赴任の道も諦めたということを意味していた。

 母はいつも楽しそうだった。
 庭には野菜や花、果物を育て、父とふたりで石窯まで作り、休日にはパンやピザを焼いてくれた。

 「潤、ほら見てごらんなさいよ、このトマト。このいい匂いは東京のスーパーじゃ味わえないわ」

 母はそう言って、私にもぎたてのトマトを手渡してくれた。

 「食べてごらんなさい、甘くておいしいから」
 「このままで?」
 「もちろんそのままでよ」

 私はガブリと艶やかなトマトを丸齧りをした。
 口いっぱいに広がるトマトの甘酸っぱさは鮮烈だった。

 「ねっ? 美味しいでしょう? 来年はトウモロコシも植えちゃおうかしら?」

 私たち家族はこの北陸の地方都市をすっかり気に入ってしまった。


 「いいか潤、目的もないまま大学に入って就職してもこんなもんだ。
 人生は勝ち負けじゃない、いかにしあわせを感じる心を持つかなんだ。
 所詮、偏差値なんて100個の計算問題を82問正解する奴と、62問正解する奴の違いしかない。
 そんなに大差はないんだよ、人の一生なんてものはな?
 焦ることはない、大切なのは後悔しない人生を生きることだ。
 人生は短いというが、青春は長い。それはこれからの人生に飛び出すために「屈む時期」だからだ。
 大きく飛ぶためにはなるべく小さく「屈む」必要がある。
 潤の納得できる人生を歩めばそれでいい。親のスネなら多いに齧れ。あはははは」
 「そうよ潤。青春を楽しまなくっちゃ。お勉強はいつでも出来るわ。
 先の事はゆっくり考えればいいのよ。
 本をたくさん読んで、いろんな人とお友達になりなさい。
 いい本と素敵な人との出会いは、人生を豊かにしてくれるわ」

 私はこの両親の子供に生まれて、本当に良かったと思った。
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